第七十六話「獣人族と服従の魔法契約」
ネズミ少女ミールは失われた時間を取り戻すように、精力的に活動した。
先日の儀式以降、脅威の如何を問わず犬猫系獣人に隷従するという行動がみられなくなった。
俺とクケイを上位に置くことで、本能的なヒエラルキーが変わったのだ。
他の獣人族の衛兵や使用人とのコミュニケーションで確認済み。
なお、我が母ヒミカなど素でヤバそうな雰囲気を醸す人物には変わらず敏感だったりする。
失われていた魔法を取り戻す過程で、Lv4の新たな魔法も習得開始。
獣人族として覚醒したというのも現実味を帯びてきた。
上級者になる日も近い。
「ご、ご主人様の魔法の発動速度と、お姉様の動きが速すぎて付いていくのがやっとです」
「ミールは相手の隙と弱点を突くのが非常にお上手ですね」
いつもの中庭で、俺とミールで組み、クケイを相手に模擬戦闘をする。
ミール本人の戦闘力は高くない。
しかし平均以上の魔法を操り、獣人族の身体能力と基礎的な歩法でポジショニング。
状況に応じて、してほしいことや最善と思われる行動をしてくれる。
体感いつもより二割ほどやりやすく、確実に破壊魔法の命中率が高まった。
『パーティの総合力を引き上げる中級者』
は伊達ではないようだ。
ミールは部屋で二人きりになると、足にまとわり付くようになった。
隙をみて一日に一回は匂いチェック。
匂いチェックは嗅覚の優れた獣人族に共通する習性だ。
匂いを覚えたり、体調や感情などをみる。
やり終えると、無邪気なえへ顔で見上げてくるのだ。
見た目はただかわいいケモ耳少女なのだが、なんともいえない男たらしな雰囲気を漂わせている。
あざとい、だがこれでいい。
ふと気が向いて、鼠系獣人が犬猫系獣人に隷従する理由を調べてみることにした。
もしかして俺の体の謎を解く鍵にもなることだってある。
乳母ブレシカに頼み、大書庫から『ウルガト神獣学大全』という古書を借用。
作者不明。
出版年は第一次人魔大戦後期の約六千年前で、言語は神代語。
よくわからない動物皮のブックカバーに、数百枚の羊皮紙で製本してある。
「いつも有難うございます」
「なんなりとお申し付けください。ですがこの禁書は……」
「わかってます。僕が読んでるのを公に知られたら問題になりそうですね。軽蔑しますか?」
「いいえ、坊ちゃんのなさること、何か深い意図がおありなのでしょう? たとえばそこの獣の娘のために……」
「そんなところです」
「人の目にお気をつけくださいね」
この書物は、一部現代の常識に反することが書かれている。
保守的なヴェーア諸族出身者には受け入れ難い記述が多い。
たとえば人族亜人族魔族あらゆる知的生命体を、神々と神獣の末裔と定義している。
当時の常識で記述されており、勇者ラルクソーンの系譜に特別な意味を持たせている現代の常識とは異なるのだ。
この世界では真っ当らしい史料批判がなされることは少ない。
内容の確からしさよりも、今の常識との整合性が重要になる。
不都合なことが書かれている怪文書は、民○書房レベルの眉唾モノ扱いだ。
一方で種族の成り立ちを幅広くまとめている。
今まで焚書処分されなかったのは、やはり内容が史料として有用で歴史的価値があるからだろう。
――――曰く、神獣は龍界に住む神に等しい存在である。
古来より世界樹の神々と行動をともにしてきた。
神獣は二十万年以上前にこの世界に移り住み、神獣族と呼ばれた。
この神獣族は、さまざまな種族と交配を繰り返し、あらゆる種族に分かれて進化していった。
読んでいくうちに、お目当ての鼠系獣人の記述に辿りついた。
結論でいえば、犬猫系獣人が鼠系獣人を搾取するという構図は生存競争の結果のようだ。
ただし、本能的に従うようになったのはまた別の理由づけがされていた。
『聖者モエリスの呪い』と『服従の魔法契約』
約一万年前。
人族の聖者モエリスは長年にわたり森の奥深くで厳しい修行していた。
そこにある日、鼠族の美女ナルヴァジャータが通りかかり聖者を誘惑する。
モエリスは誘惑に負け、ナルヴァジャータとの間に子をもうけた。
二人はよく愛し合っていた。
しかし落ち着いてから魔族の差し金と知る。
モエリスは数千年分の修行が台無しになったことを悔いた。
感情の赴くまま鼠族を根絶やしにしようと試みるが、神々の仲裁を受けて断念。
妻は魔族に利用されただけで、愛は本物だったのだ。
だというのに、ついにはナルヴァジャータを石にして、鼠族の妊孕力が制限されるよう呪いをかけた。
これにより、鼠族の出生率は落ち込んだとされている。
性欲は旺盛なのに繁殖力が弱いという鼠系獣人の性質はこの時完成した。
また、出生率の劇的な低下に適応して平均寿命が大幅に伸びた。
どこが聖者なんだ、というのは置いておく。
おそらく人間性などではなく、別の意味で神の域に到達した者を指すのだろう。
「はじめて知りました……」
「似た話とかは?」
「えっと、古の女王の話をママから聞いたことがあります」
当時、鼠系獣人は繁殖力が旺盛で知能が高く、支配者層の人族や魔族に重用されていた。
最盛期には複数の王国を形成したほどで、人口や軍事力において犬猫系獣人族を上回っていた。
ゆえに、亜人族間のヒエラルキーが逆転するという現象が起きた。
当然他の亜人族は面白くない。
そこにモエリスの呪いである。
鼠族の勢力は一気に衰えた。
再び犬族と猫族に征服されるのは時間の問題だった。
時の鼠族の女王ナルネーイーは悩んだ末、犬族と猫族の王に服従し自らの身を捧げた。
女王はこの一連の流れの中、苦痛に耐えながら種の存続を強く願った。
これが現代まで続く強固な魔法契約となり本能と結びついたとされる。
以降の鼠族は犬族と猫族の支配下に置かれ、一部の支族は虐げられるのを避け、隠れて暮らしはじめた。
契約の内容は、
『服従し身を捧げる代わりに、破壊神ウルが現れ世界が終末を迎えるまで種の継承を担保する』
文面どおりに受け止めると、つまりは世界最後の日まで鼠族の血統が途絶えることはない。
現にいつ途絶えてもおかしくない状況なのに、細々と続いている。
スヴァルガが滅ばないのと同じ。
正しい手順と条件が揃った魔法契約は将来の運命にまで影響する、のだろうか。
儀式の種類や細かな手順などは遺伝的に刻みこまれ、本能で再現する。
確かに、記述と現代の獣人族の間で行われている儀式は概ね合致している。
あまりにも差異が少なすぎて、気持ち悪いくらいに。
この古書によると、亜人族の覚醒とは神獣への回帰。
手順は種族によってさまざまだ。
抽象的すぎて実にわかり難い。
いま確実にいえることは、ミールは先の儀式を経て、『服従の魔法契約』の縛りから外れているということだ。
モエリスの呪いはどうなんだろうか。
記述も無ければ、内容が内容だけに実際確認しようも無いが。
「古の女王が二人の王に服従したことは獣人なら誰でも知っていることだと思います。モエリスという神様の呪い、女王の真名、種族間で交わされた魔法契約の仔細は今知りました」
多くの亜人族は口伝を好むので、時が流れて詳しい内容は失われたのだろう。
女王の故事はミールの断片的な記憶をみた限り、よいことには使われてない。
主に自己を正当化するために使っていた。
鼠系獣人は多発情性で年中発情している。
同じく年中発情してる人族よりも性欲は強い。
出生率が低下してからは、より傾向は強まった。
ゆえに上位種から都合よく扱われてきた。
「パパとママも毎日頑張ってましたね。結局弟妹はできませんでしたが……」
もちろんミール自身も性欲はかなり強い。
しかし今まで出産経験はない。
一定の条件が揃った上で、かなり回数をこなさないといけないらしい。
本人が避ける術に長けていたというのもあるだろう。
体が小さいので、相手次第で体を壊さないためにそうする必要があった。
甘え上手でやたら器用なのは、そうならざるを得なかったのだ。
俺やクケイに甘えてくるのも、恭順の表れのほかに、あり余る性欲の証左なのかもしれない。
古書には他にも興味深いことが書かれていた。
確からしさはともかく、亜人族への理解はより深まった。
とはいえ、たびたび足にまとわり付かれたりというのは慣れるものではない。
ミールは今も股下から顔を覗かせている。
俺が机に向かっていると、きまって潜り込んで甘えてくる。
やんわり咎めてみると、
「あう、お嫌ならもういたしません」
「ミールがしたいならそれでいいです。でも時と場所は選んでください」
「畏まりました! ご主人様も遠慮なさらずなんなりとご用命ください♪」
笑顔が眩しすぎる。
この表情の裡には、真心と覚悟が隠れている。
「……あまり僕のアレな願望を汲み取らなくていいですからね」
「この身のすべてはご主人様のものなのですよ?」
「妄想してることは否定しませんが、実際にはやりませんって」
「ご主人様はお優しすぎなのです。もっとたくさん要求されるかと思っていました」
俺が普段やっている妄想を察知して、アプローチを仕掛けてくる。
彼女の甘いささやきと同時に可愛らしい口元をみていると、誘惑に負けそうになる。
特に男の日は情けない姿を晒しかねない。
そういうときは、適当なお菓子を喚起して誤魔化している。
今回は棒付きの小さな飴にしておこう。
「にゅ!?」
「してほしいことは別にあります」
「はんはいほほようめいを(なんなりとご用命を)」
「指導してほしい子たちがいるんですよ」
と、ミールのケモ耳がピンと張った。
すぐ後に、がちゃん、ばたんと扉の開閉音。
鸞子に連れられて、デイジーとレティが入ってきたのだ。
咄嗟に、読んでいた『ウルガト神獣学大全』を次元収納に収めた。
「ミーちゃん何食べてるの?」
「キャンディーね、いいな」
「二人の分もありますよ」
「私の分は?」
「時間的に、さっき王子と一緒におやつ食べたんじゃ?」
「う……ちゃんと歯は磨くわ」
冴えなさそうな顔をされたので、仕方なく三人分を喚起。
「さきほどの件お願いできますか」
「よろこんでいたします。断る理由がないのです」
「なになに?」
「少しずつでいいので、デイジーとレティに魔術師としての立ち回り方を教えてあげて欲しいなと」
「ミールの立ち回りは凄いものね。あんな動き中々真似できないわ」
デイジーとレティは魔術師としては中級者。
種族はスノーエルフで魔法の才能は豊かだが、実戦経験が浅く未熟。
うちの若い使用人にはそういう子たちがそこそこいる。
俺が教えてもいいんだが、流石にすべては手が回らないし、まず一定の実力をつけさせてからだ。
二人に意思を確認すると、飴を舐めながら頷いていた。
彼女の実力はこの数日で周知されている。
魔術師として熟練していて、共感力の高いミールは適任だろう。




