第七十七話「淑女たちとの応酬」
収穫祭の準備で忙しい今日この頃。
唐突に宰相イーラムのご夫人から会見の申し入れがあった。
この前起きた子供たちの不始末についてお詫びしたいとのこと。
大ごとにはしないつもりだったのに、あの子らは親に報告したのだろうか。
しかも城主のヒミカをすっ飛ばして、直接俺にである。
少し引っかかるが断る理由もないので受けることにした。
山巓の間に案内。
我がグェムリッド宮殿の最上階にある会食堂だ。
面子は宰相夫人とその息子のロバート、メラントン子爵夫人と先日俺が脅して泣かせた子ウェルイン。
厳つめの使用人を引き連れていた。
やはり、別の目的があるのかもしれない。
本題に入る前にお茶を振る舞う。
「威容はさすがだけど、ユーゼン家ともあろう名家が、下流貴族のように異邦人や亜人を使用人とするのは体裁が悪いわ。リョーリ様はそういうのがお好みなのかしら?」
「案内したあのショウ国人の少女はここのメイド長とのこと」
「みたことのある顔ね。品はあるようだけど、ちゃんとヴェーアなの?」
二人のご夫人は好き放題に話している。
一方でロバートは踏ん反り返り、泣かせた子は沈んだ表情をしていた。
まだ自制できてるが、発言次第でさすがの俺もどこかでプッツンしちゃうかもしれん。
「……どのようなご用件でしょうか?」
「まず、先日愚息がリョーリ様と弟君に無礼を働いたこと、お詫びいたしますわ」
「子供のすることですし、お互いさまです。気にしてませんよ」
「寛大なご処置、感謝に堪えません」
慇懃な言葉遣いなのに、なぜか棘を感じる。
「久しぶりね、アビー」
「あら、この蛮族の小娘は教育がなっていないようですわね」
「この宮殿の家政婦長ですよ。非礼はお詫びします」
「妾身の顔を忘れたの?」
「まさかマーグラ、様!? それにしてはあまりにも……」
「城主様もお人が悪い。化粧も薄く、そのようにお若くなられていては、古いつきあいでも見誤ります」
「妾身はもう城主じゃないのよ」
「そんな、いじわるをなさらないで」
「クスィも元気そうでなによりね」
アビゲイルとクスウィン。
俺はマーグラの記憶を通して、この二人を知っている。
社交界で何度か顔も合わせている。
アビゲイルは宰相イーラムの第二夫人。
第一夫人は亡くなっているため実質的な正室で、重臣グノーヴァー卿の実妹でもある。
イーラムがアンガー入りした際に政略結婚したのだ。
長年我が母ヒミカとイーラムの関係に疑いを持ち、当時側室のマーグラを介し口撃させたりと、文句なしの小悪党である。
クスウィンはメラントン子爵夫人。
メラントン卿はイーラムの同僚で、軍閥内では『従事』と呼ばれる大臣クラスの職に就いている。
アビゲイルとは親友。
実家と嫁ぎ先、どちらも皇族の遠縁で鼻にかけている節があるが、基本的に控えめだ。
二人はハールマ城主時代のマーグラの女官である。
諸事情あり、所属派閥をコロコロ変えている。
俺と長男レイスとの一件から、一度も顔を合わせていないので気付かなかったのだろう。
「その、城主様、席についてはいかがかしら」
「妾身はリョーリ様の召使いなのよ。許可なく着席などできません」
「その若返りようから察しますに、相当可愛がられてらっしゃいますのね」
「ええ、よく面倒をみていただいています」
マーグラへ着席するよう目配せする。
もちろん許可なんぞいらない。
俺のために駆け引きしてくれているのだ。
席についてからは再び舌戦、もとい昔話がはじまった。
公式の場ではなく、お互い手の内も知っているので好き勝手な応酬をしている。
俺の仕事は、この罵詈雑言の中から客人たちの真意を見極めること。
単に謝罪しにきただけではあるまい。
ちょうど息子たちは母親の舌戦に気をとられている。
この隙に少しばかり彼らの頭の中を精神感応で探ってみることにした。
「―――-クスィが妾身の女官長になり損ねたのもその時ね」
「城主様、私は気にしておりませんわ」
「元はといえばレイス様の教育―――-」
「当時アキノを評価していたのはアビーでしょう?」
「ぐっ……」
「言い返さないの? こう口汚くなったのも貴女のお蔭、感謝しているのよ」
ご夫人たちの皮肉を交えた舌戦は終わる気配がない。
呆気にとられていたロバートとウェルインも、今はうんざりしている。
北区で出会った時と比べて隙だらけだ。
もう少しだけロバートの不可視の体の深い部分を――――
!?
未来視……?
いつものようにズキンとくる衝撃はない。
破滅へと至るビジョンと、別のビジョンがみえた。
俺のではなくロバートの将来、運命だ。
「――――ッ!!! こいつやっぱおかしいっ」
突然ロバートが目を見開いて立ち上がり、俺を指差す。
「何を騒いでいるのです。無作法な振る舞いはよしなさい」
「……この時間はうちの家臣たちが調練をやっているので、二人とも見学していってはどうでしょうか」
「えっらそうに!」
「ロバート!」
「だって、でもっ……」
「だってもでももありません! 大人の話がそんなに退屈なら、ご提案に甘えなさい」
「ロバートさん、いうこときいといたほうがいいって」
隣のウェルインに袖を引かれ窘められたあと、部屋を見渡して、
「くそっ、なんなんだよ。俺は悪くないのに」
少々悪態をつきながら、案内されていった。
気づかれたのは彼の不可視の体を深くまで探りすぎたからだ。
きっと今も、得も言われぬ不快感を感じていることだろう。
見事に前より増して嫌われた。
「お二方、先日の謝罪ついでに我が家政婦長との旧交を温めにきたわけではないんでしょう?」
「まあ、子供たちに席を外させたのも本題に入らせるつもりで……お若いのに抜かりがないお方」
「お前たち」
アビゲイルの使用人が机の上に木箱を置き、開けてみせた。
龍の舌を模した金の延べ棒が10本。
龍舌丁金と呼ばれる秤量貨幣だ。
1本あたりスヴァルガ金貨100枚分だから、つまり金貨1000枚分。
日本円的な感覚でいえば4億円くらい。
「その黄金は?」
「単刀直入に申しますと、そこの獣人ミールの身柄を渡して欲しいのです」
獣人一人分にしては法外だし、金の出所も怪しい。
軽率すぎてイーラムの指図ではないのは明らかだ。
俺はミールに目配せしてから、
「お断りします」
「事情も聞かず即答とは、現物がお気に召さない、もし足りないようなら手形などでなんなりと――――」
「お断りします。ミールはユーゼン家の大切な家臣です。どんな事情があれ汲むつもりはありません」
「聡明な方だとお見受けしましたのに、見当違いでしたのね」
「ご実家のためのように見せかけて、別の意図があるのでは? イーラムさんが知れば気分を害されると思いますが」
「ッ!?」
鎌をかけただけなのだが、じつに不愉快そうな表情をしてくれる。
図星だろう。
いまさらグノーヴァー卿がミールをどうこうするとは考えにくい。
実家のためというのは建前で、個人的な感情によるもの、おそらくライアンが関係している。
いまだミールに気があるのかもしれない。
アビゲイルは歳の近い甥のライアンを弟同然に可愛がっていた。
それに対し亭主のイーラムは、軍閥に対する忠誠心が低く野心の大きなライアンを警戒している。
今や社交界でも周知の事実だ。
反応からして預け先のルヴァ教の教会となんらかの交流でもあるのだろうか。
「……この件は聞かなかったことにしてくださいまし」
「わかりました」
「で、では、これはあなた様へのお近づきの印としてお納めください」
「いただくと清貧と謳われるイーラムさんの名声を汚しかねません。お気持ちだけ頂戴します。次の案件に移りましょう」
「……、」
しばしの、ぎこちない沈黙。
二人の淑女は、立つ瀬がないといった感じで俺の顔を見ようとしない。
深く呼吸し、内息を整えながら部屋を見渡す。
一部の使用人が睨みあっていた。
当のミールは内心ドキドキしつつも、信じていた通りになって一安心。
今は我関せずとばかりにお姉さまの傍でぼおっとしている。
敵愾心を抱かせないよう意図的にそうしているようだ。
俺はできるかぎり優しい口調で再度問いかけてみた。
「僕は別件にその時の感情を持ち込みはしませんから、ご安心ください」
「その肯綮に中ったお取り計らい、閣下がお若き頃より明敏ですわね。感服いたしました」
「もし、ヒミカ様のように私どもの心の裡を全てご存知なのでは?」
「人の心なんて読めませんし、母上のアレはただの噂ですよ。しかし察するに、近く創設予定の騎士団についてですよね?」
収穫祭後に、また新たに騎士団の創設が予定されている。
表向きの目的はユーゼン家の守護と軍閥内で行われる十大神教の祭祀。
内実は王国化に向けた方策の一つである。
ティンバラスール城に出入りを許されている貴族の子女を中心に構成される予定だ。
また、軍閥内から将来有望な子供を小姓ないし従士として引き抜きも検討されている。
息子たちをこの騎士団に入団させたいのだ。
しかし正直言って能力が水準に達していない。
南部で活躍中の我が兄レイス擁する従士団群にすら、小姓として入れるか怪しい。
そもアレは問題児の矯正施設的な役割もあるので、風評を気にして入団させるつもりは毛ほどもないようだが。
「イーラムさんとメラントン卿は、ご自身の立場を使って息子さんたちをどうこうする気はない。かといって貴女方は我が母とは疎遠でいらっしゃる」
「……、」
「そこでリョーリ様というわけ、さすがの風見鶏っぷりね」
「城主様、どうか誤解なさらないで。やはりこの件もなかったことに」
久しぶりに口を開いたマーグラからの追い撃ちに、肩を落とし悄然としている。
ムチは十分、ここらでアメを与えてみよう。
「収穫祭が終わったあと、ロバート君とウェルイン君次第で前向きに考えておきましょう」
「「!?」」
「せっかくのご縁なのに何も差し上げないままというのは、ユーゼン家の名が廃りますからね」
「……私どもが施しを受ける立場にあるというのは心得ました。では、このご恩にどう報いればよいのでしょう?」
「時流を読んで渡り歩くのは構いませんが、軍閥内だけにしてください。外と結ぶようなら取り返しはつきませんよ」
「……、」
「アビー、ちゃんと聞いているの!?」
「えっ、ええ、肝に銘じておきますわ……」
件の騎士団は、青少年の模範になるようなエリート組織として創設される。
性質上、単純にコネだけというのはよろしくない。
創って早々腐らせるさせるわけにはいかない。
彼らが己を合格水準にまで高める必要がある。
うちの使用人たちの調練を見学するよう仕向けたのは、それを見極めるためだ。
少しでもやる気があるなら、先の未来視をみるかぎり今後に繋がると思った。
会談が終わったあと不良少年たちと会う機会はなかった。
警備局長曰く、激しいどつきあいをみて随分と興奮していたそうだ。
「(クスィはともかく、アビーを信用してはいけません)」
会談が終わったあとの、マーグラからの一言。
収穫祭直前、政情の変化を敏感に捉えて訪問してきている。
形勢をみて有利な方に付こうとする気満々である。
特にアビゲイルは長期的なビジョンもなく、今までそうやって亭主イーラムの立場を悪くさせてきた。
当然信用なんてものは皆無に等しい。
アビゲイルの心を気取られず読むのは困難を極めた。
何かやましいことを沢山抱えていて、他者を強く拒絶している。
個人的には彼女の人となりは好ましくない。
マーグラの出自を見下しながら散々利用してきた女だ。
どうなろうとも興味はなかった。
だが、息子のロバートの運命をみてからはどうも気にかかり始めた。
近いうちロバートは周囲を巻き込みながら破滅する可能性がある。
それは俺の将来にとってよくない気がしてならないのだ。




