第七十五話「新人メイドさんと失われた魔法」
新しい使用人がグェムリッド宮殿に異動してきた。
これだけなら定期的にある事だ。
なんらかの事情で辞める者が居たり、適性で配置転換されたり。
ティンバラスール城の使用人は人族が極端に多く、亜人族や魔族は少ない。
今回は一気に三人の亜人族の少女がやってきた。
珍事である。
まずスノーエルフの姉妹デイジーとヴァイオレット。
城主ヒミカのお裾持ちで、本人らの希望によりグェムリッドに異動となった。
スノーエルフは煌びやかな明るい銀髪と白い肌を持つエルフ。
閉鎖的な種族で、ヴァラスーナ大陸で見かけることは他のエルフたちより珍しい。
実年齢、見た目は八歳くらい。
まだ幼いながら、ヒミカの側近をやっていただけあって仕事は一通りできる。
もう一人はネズミ耳少女ミール。
熟練した魔術師で中級者。
実年齢は推定二十代後半。
背丈は子供だが、幸が薄そうな物思いに耽っている様が妙に色っぽい。
かと思ったら子供っぽい顔でぼおっとしていたりする。
年齢でいえば婦人や女性と形容すべきだが、少女と呼んでも語弊がない。
「みっみみ、ミールと申します!」
「ミーちゃん緊張し過ぎ? それじゃあミッミミって名前だと思われちゃうわ」
「リョーリ様とランコ様は優しい方。もっと落ち着いて」
「あっ、申し遅れましたデイジーと」
「ヴァイオレットです。気軽にレティとお呼びください」
亜人少女三人組がスカートの裾をつまみ、カーテシーをする。
なんというか、ミールが一番お子様に見えてしまう。
「あう!」
ミールは俺と対面する度、一度固まる。
危機を感じた小動物のように立ち尽くす。
やはり俺を心の底で怖れているのだ。
「教育ついでに、しばらくリョウのお世話係をさせてみたらいいんじゃない?」
「ミールさんが望めばそれでもいいですよ」
「……、」
ミールは控えめに頷く。
「ではその都度、私とマーグラ様で補佐、指導いたします」
「うん、お願いねクケイ」
鸞子の提案で、俺はミールと数日間行動を共にすることにした。
「使えなくなった魔法があるんですよね?」
「破壊魔法などが使えなくなりました……。Lv3の回復魔法は使えるので、採用時には治癒術師として評価をいただきました」
ミールは中級者でLv1から3までの魔法を使える。
不得意のない万能型で練度は高い。
習得ワードも多く、一般的な中級者より確実に器用である。
以前尋問したときはそうだった。
しかし放免されてから、戦闘において重要な魔法を自由に使えなくなっていた。
トラウマからくる、ある種のイップスみたいなものだろうか。
一見した様子は、俺に怯えること以外は問題ない。
精神感応で治せるのなら、ヒミカが最終面接で頭の中を覗いた時にやっているはずだ。
訊いてみると、
「私見なのだけれど、彼女は無数の心の傷を負っているわ。それを無意識の領域に封印しているのよ。無意識に受け入れようとしているのに、受け入れられてない状態ね」
とのこと。
精神感応で無闇に封印されたトラウマを解くと、悪化しかねない。
ゆえに俺は暇をみつけては、ミールの話を聞くことにした。
こういう時は気にしている事柄を自発的に言語化することで、症状が消失する場合がある。
ミールはヴァラスーナ大陸中央部の、鼠系獣人族の隠れ里で生まれた。
父は鼠系獣人、母は鼠系獣人と小人族の混血種。
小人族のクォーターである。
幼い頃から秀才で、たまたま里に滞在していた魔術師に師事し、魔法の基礎を学んだ。
その才能と他とは違う見た目から、里ではいじめられていたようだ。
一〇歳くらいの時、前触れもなく山賊の襲撃を受けて里は滅んだ。
抵抗する者は殺され、降伏する者は奴隷に。
父は抵抗して戦死、母は運悪くひどい目にあい亡くなった。
略奪が目的で、里を維持したまま定期的に徴発するような考えはなかったようだ。
ミールは魔法を使えて従順だったので、丁重に扱われた。
もちろん高値で売り払うため。
簡単な魔法を使える愛玩用の奴隷として、スヴァルガ金貨140枚でスヴァルガ人男性に買われた。
スヴァルガでは普通の獣人族奴隷が金貨10枚くらい。
相当なプレミアがつけられたようだ。
その男はスァースヴァル王国お抱えの魔術師で、魔術師ギルドに所属する上級者。
彼のもとで助手をしていくうちに新たな魔法を覚え、魔術師として熟練していった。
可愛がられてはいたが、環境や扱いはひどかった。
ここでかなりの人生経験を積んだ。
十五歳ごろ、男が緑色竜討伐に失敗して亡くなった。
緑色竜はこの世界の山岳地帯に広く生息する非常に大きな翼竜。
火と耐熱性のある毒液を吐き、個体差で特殊な魔法まで使ってくる難敵である。
得られる素材は高価で、懸賞金と報奨金は高額。
王国の専属契約を解約されて困窮し、魔術師ギルドからの依頼で冒険者パーティに出向したのだ。
必要戦力を見誤り、パーティの編隊ごと全滅した。
ミールは男の家でそのことを知らされた。
男には親戚が居らず、幸いまだ借金もしていない。
つまり自由の身である。
けれどもミールは、魔術師ギルド所属の男の親友に誘われ、二回目の緑色竜討伐に参加していた。
「あの人のことはあまり好きではありませんでした。数えきれないくらいひどい目にあいましたから……」
「弔い合戦をするくらいではあったんですよね?」
「魔法をたくさん教えてもらいました。それにたまに優しくされたことを、なぜかよく覚えているのです。その場の雰囲気に流されたのです」
無事討伐完了。
このクエストにおいて、ミールは中級者とは思えない八面六臂の活躍をした。
使用魔法の数や質は平均以上。
場の空気や状況を把握し、自分が最善の動きをすることで、パーティのポテンシャルを最大限に引き出すことに長けていた。
『パーティの総合力を引き上げる中級者がいる』
この噂は冒険者界隈で広く知れ渡り、ここからミールの冒険者としての人生がはじまる。
スヴァルガ全土を渡り歩いて活躍。
特に編隊を組むような難易度の高い任務で重宝され、いつしか『鼠牙』の二つ名で呼ばれるようになった。
それから一〇年後。
アンガー南部グノーヴァーで仕事をしていた際に、ある貴族の青年に言い寄られた。
ライアン=ヘイヴォード。
アンガーの重臣グノーヴァー伯リチャード=ヘイヴォードの長男坊である。
うちのお家騒動に乗じて造反し、失脚したやつだ。
「当時は仕事が上手くいき過ぎて、少し調子に乗っていました。ライアン様の思惑は透けてみえていましたし、まだ冒険者を続けたくてお断りしちゃったのです」
ライアンは断られたことに怒り、ミールを冤罪に陥れた。
処刑されるか密偵となるかの二択を迫られ、しぶしぶヘイヴォード家の密偵へ。
待遇はよく、ライアンに言い寄られる以外は快適ではあった。
そして例のお家騒動である。
ライアンの指示で、ミールはイアライ宮殿に忍び込んだ。
当時守旧派に担がれていたハールマ城主マーグラを攫うためだ。
ミールは生け捕られて拷問ののち放免。
グノーヴァーでも協議の結果放免され、ティンバラ北区に落ち延びて地域の共有奴隷となった。
その後、噂に導かれた俺と遭遇する。
「冒険者時代から築き上げてきたもの全てが崩れ去りました」
「うちに放免されてから一部の魔法が使えなくなったんですね?」
「はい……しかしなぜ敵だった私をこんなに気にかけてくれるのですか?」
「あなたを放免するように仕向けたのは僕ですし、先日噂に導かれてあなたと出会ったことは何かの縁だと思ったからです」
あとは彼女に対して、ある種の親近感を覚えていた。
ミールは心根が優しく共感力が高い。
冒険者として成り上がったのは、魔法の才能よりもその優しさと共感力によるものが大きい。
波乱万丈で、トラウマに満ち溢れた人生。
改めて少しだけ不可視の体に触れさせてもらった。
彼女の視点でイアライ宮殿侵入から北区に至るまでの一部始終をみた。
魔法が使えなくなったのは、十中八九俺の所偽だろう。
為す術もなく生け捕られ拷問され、魔術師としての自尊心が崩壊した。
北区では恒常的な死の恐怖を紛らわすために無意識に誇張した話を多弁し、鼠系獣人の本能に従い犬猫系獣人に服従したのだ。
「ご主人様とクケイ様。ここに来たばかりは怖かったですけど、今は違います」
「しかし、ミール殿はまだリョウ様をみて固まることがございます」
「魔法も制限されてますしね」
寝室のベッド。
ミールは俺の膝の上に頭を乗せて甘えている。
俺とクケイがあやすと、鼠色の耳と尻尾を動かしながら、幸福感を噛みしめるような表情をする。
彼女が何を欲し、何をすれば解決に近づくと考えているかは知っている。
だがそれはあまりにアレで、俺からは口に出せなかった。
「僕にしてほしいことや、何かやりたいこととかありませんか? 遠慮しなくていいですよ」
「ご主人様とクケイ様の足に口づけをしたいのです」
「……獣人族の風習としてですよね」
「その通りです。心のご主人様とお姉様になっていただきたいのです」
足に限らず体の部位にキスすること自体は、地域の風俗や宗教上の儀式でしばしばみられる。
儀式以外では親愛表現だったり、なんらかの理由で尊敬や服従を示したり。
こと獣人族のコミュニティでは、精神的な儀式がいくつかある。
形式と部位によって意味が変わり、する側の内心次第で儀式の成否が決まる。
ふとももは相手を支配するということ。
すねは相手への服従。
足の甲はさらに強い服従。
足の指先はその相手への尊敬や崇拝。
足の裏は忠誠。
意思が脆弱ないしは、行動が一致しない場合はなんの意味も持たない。
一度でも成功した場合は獣人族の本能に作用し、不可逆で精神的な意味を持つ。
ある種の魔法契約で、書物曰く、一部の亜人はこの儀式で覚醒することがある。
もちろんミールも知っているだろう。
彼女のトラウマは感情体を中心に無意識に封印されている。
肉体→エーテル体→アストラル体。
アストラル体は魔力の生成や行使に一番重要な不可視の体。
雑に精神感応で物理精神両面から記憶を消しても治るとは限らない。
むしろリスキー。
獣人族はヒエラルキーに敏感だ。
自分より優れた個体を上に置くことで、見方やあり方が根本的に変わる。
体質と本能に逆らわず昔から行われてきた儀式なので危険も少ない。
「本当に僕とクケイでいいんですね?」
「あの件はお互い様なので全く恨んではいません。殺さないばかりか、魔術師として終わった私にチャンスをくださり感謝しているのです。研修ではクケイ様にお世話になり、ここに来てからご主人様はよく可愛がってくださいました。儀式が成功した暁には、どうか呼び捨ててください」
「わかりました」
俺たちが鍵である蓋然性は高い。
クケイは気が進まないようだが、
「ミール殿は年上です」
「これは普通の主従契約や義兄弟の契りとは違い、己を縛るだけの独りよがりな儀式なのです」
「リョウ様のおおせと、ミール殿がそのようにしたいのであれば……」
俺も気は乗らない。
さりとて、彼女の無意識に封じられた心の傷を安全に解放できるかもしれない。
望む以上は協力してやりたかった。
俺とクケイは裸足で椅子に座る。
湯で足を洗われ、そのあと香油を揉みこまれた。
「気持ち悪かったらおっしゃってくださいね」
「……、」
我が新メイド長は、前準備が終わるまで終始口元に指を当てていた。
やられたことがないというのもあるだろうが、考えていることは一緒だと思う。
ミールの立ち振る舞いが健気でかわいいのだ。
儀式本番。
ミールは緊張しているのか、耳がピンと立っていた。
「……ありがとうございます。儀式は成功いたしました」
滞りなくスムーズに終わった。
これ以降ミールが無意識に怯えることはなくなり、失われた魔法も徐々に取り戻しはじめた。
むしろ以前より精度と威力が増しているという。
書物にある通り獣人族として覚醒したのかもしれない。
こうしてネズミ耳少女ミールはグェムリッド宮殿の侍女見習いとなった。
☆ステータス☆
名前:ミール
性別:女
種族:鼠系獣人族 小人族が四分の一
出身:ヴァラスーナ大陸中央部
職業:侍女見習い
魔法:中級者
武術:初伝 最低限の歩法




