第七十四話「獣人族の少女と噂」
先日、ケモ耳少女たちに怯えられたことが気になる。
俺は事情通の侍女ミルドと庭師モローに、ティンバラ北区の調査を依頼した。
「最近は獣人族の居住地域で、人の出入りが激しいみたいだね」
「人攫いや奴隷商の取引も活発だったぜ」
獣人族の移民村の出入りが激しい。
これはスヴァルガ北西面で徴兵された兵士と帝都に献上された奴隷の一部が、ティンバラに移送されはじめているからだ。
スヴァルガ北西部セイカイ城奪還戦。
先日、その戦後処理が最終決着した。
戦争賠償、つまり帝国と参加した領邦の取り分の分配に時間がかかった。
親父がなかなかアンガーに帰ってこなかったのは、ここの交渉が難航していたからだ。
帝国側は交易路などの各種利権。
アンガーの取り分は、犬系獣人族の兵士と奴隷と地竜。
このため北区で、一時的に拘置されている奴隷と、兵士の家族、夢をみてやってきた人々が入り混じっているようだ。
獣人族。
この世界にあまたいる、獣の特徴を持つ亜人の総称だ。
犬、猫、猿、牛、馬、豚、爬虫類などさまざまな種族がいる。
種族差と個体差が激しく、見た目が限りなくヒトに近い者もいれば、獣に近い者もいる。
寿命はその多くが人族と変わらないが、長寿な種族もいる。
発情期がある種族は性成熟が早い。
また普段はヒトに近く、任意や一定の条件で獣化する種族もある。
勇者ラルクソーンの血を引く、いわゆるヴェーア系獣人族も極稀に存在する。
どこまでが獣人族で、亜人族または魔族とするかはかなり曖昧だ。
文化圏や思想により変わる。
傾向としては、理知的で人族に親和性が高い種族を亜人族ないしは獣人族。
著しく凶悪だったり、歴史的に魔族側についた種族を魔族とみなしたりする。
犬、猫系は確実に獣人族と断言していい。
ちなみにモローは竜人族だが、単に亜人族とされている。
それはモローの支族の外見がほぼ人族と変わらず、先祖が第二次人魔大戦で人族に与したからだ。
暗黒大陸では、本来の竜人族の特徴を保つ魔族側の支族に疎まれ、対立しているという。
ミルドたちによると、俺のネガティブな噂は邪神関連のものばかり。
獣人族の多くはそれぞれの土地の神を信じているが、決して狂信的ではない。
自然崇拝に近い。
気になるので、結局俺自身が現地調査することにした。
ティンバラ北区の獣人族の居住地域付近。
当然治安は悪い。
とはいえ北区の平均と比べてみるとかなりいい方である。
ご婦人が井戸端会議してたり、子供たちが駆けっているくらいには平和だ。
地味目なローブ。
フードを目深に被り、一人で歩く。
集落に近づくと、路上で子供たちが喧嘩しているのがみえた。
いや、喧嘩ではなく片方が一方的にやられている。
雰囲気的にイジメられている感じ。
「領主の息子のくせになんで奴隷なんかを庇うんだよ」
「うるせー! 弱いやつらを守護るのは当然だろ。お前らだって貴族の息子のくせにそんなこともわからねーのかよ」
どちらも聞いたことのある声だった。
十三、四歳の人族の少年たちと、一〇歳くらいの人族と亜人族の少年少女たち。
前者のリーダー格は宰相イーラムの次男坊ロバート。
以前役宅に行ったとき俺に悪態をついたやつだ。
ガタイのいい貴族の子弟を一〇人引き連れている。
後者のリーダー格はウチの四男ヴェンツェル。
俺のかわいい弟である。
五男ヤスワロフと少年少女五人もコテンパンにやられている。
こいつらだって歳のわりに体格はよく、強い方。
しかし年齢差からいって勝てないのは当然だろう。
重要なのはどうしてこうなったかだ。
フードを取って話しかけた。
「お前らなにやってんの?」
「リョーリがなんでここに!? きちゃだめだ。あっちいってろ」
「お前は……!」
ロバートの顔が強張る。
俺のことを思い出したようだ。
「俺の弟たちは悪くないんだよな?」
「奴隷の獣人可愛がってたら邪魔してきたんだよ。悪いのはそっちだ」
「そっか。イーラムさんにチクらないでおいてやるから、今日はこのくらいにして帰れ」
「うっ……い、嫌だ!」
精神感応と身振りによる心理誘導の効きが悪い。
素の抵抗力が高いわけではなく、集団心理的なものと、殴り合いの喧嘩をして興奮状態にあるからか。
「なら俺と闘るか?」
「ロバートさん、こんなチビすぐ泣かせてや――――」
しゃしゃり出てくる少年の首をヴァトファーシオで掴みあげた。
まるで念動力のように少年の体は浮き上がり、苦しそうにしている。
「あっ、かっ……」
そのまま両掌に二つ、勢いよく燃え上がる炎を発現する。
Lv1の小火精の吐息という魔法。
放射する気は毛頭ない。
しかしその様子をみたロバートたちは、少年を放置してちりぢりに退散した。
少年の拘束を解き、跪かせる。
「一人だけ置いて帰られるなんてかわいそうに」
「ゆ、ゆるして、もうしないので……」
「お前もアンガーの貴族の子なんだろ? 親には報告しないけど、もうこの周辺には来るなよ。来たらどうなるかわかってるよな? これはロバートとツレにも伝えろ」
「はい……」
涙をぼろぼろ零す少年。
頭をぽんと、軽く叩いてから解放した。
弟とその仲間たちの傷をささやかなる癒しで治療。
「……リョーリ、猫を被ってやがったな。守護ってやる必要ないじゃん」
「僕は知ってたよ」
「なら言ってくれよスヴォー!」
「俺のことが嫌いになったか?」
全員が首を横に振る。
俺は弟たちと定期的に遊んでいた。
仲間の子たちも、その多くは見知った子供。
「……カッコよかった」
「そっか、俺はお前らの事がもっと好きになったよ」
みんな恥ずかしそうな表情をしていた。
ヴェンツェル一行は、しばらく連絡の途絶えた獣人族の友達に会いに、北区に渡った。
その道すがら、ロバートたちに嫌がらせを受けていた獣人族の子供たちに遭遇。
助けようとするが、数と実力で負けてしまったのだ。
子供たちだけで危険な北区に来たことや、勝ち目のない戦いを挑んだことを責める気にはなれなかった。
そのイジメられていた獣人族の子供は二人。
猫耳とネズミ耳の幼げな少女。
猫耳の方は怯えていて、ネズミ耳の方は気を失っていた。
天然パーマな鼠色の髪に細長い尻尾。
もちっとした白い肌は触りたくなる。
このネズミ耳少女どこかで……。
そうだ、以前のお家騒動でティンバラスール城に忍び込んできて、放免した女魔術師だ。
グノーヴァー伯爵領ヘイヴォード家の密偵。
気になるが先に猫耳少女に話を訊こう。
「なぜ僕を恐れているのか教えてくれませんか?」
「すげー魔法使うからだろ」
「ヴェンツェル静かに」
幼い猫耳少女の手を取り、上目づかいに尋ねる。
すると恐る恐る仔細を語りはじめた。
「ミールは、みんなにあなたのことをよく話してくれるの。見た目、匂い、恐ろしさ」
放免した女魔術師、もといネズミ耳少女ミール。
彼女は小人族の血が少し入った鼠系獣人。
周辺に住む犬猫系獣人の共有奴隷で、今日はたまたまこの猫耳少女に仕えていた。
鼠系獣人は古来から犬猫系獣人の奴隷種族。
その性質上淘汰されてきたので、鼠系獣人は隠れて暮らすことが多く、ヴァラスーナ大陸では数が少ない。
繁殖力がつよい傾向にある、動物の方のげっ歯類のようにはいかないようだ。
ミールは放免されたあと、北区に落ち延びた。
話を聞く限り魔法を一切使わず、奴隷の奴隷として、本能のまま仕えている。
一方獣人族のコミュニティでは、我がティンバラスール城に仕官する話が最近のトレンドだった。
北西部から移送されきた犬系獣人、夢をみてティンバラにやってきた猫系獣人。
ティンバラスール城の待遇がいいのは以前からの評判だ。
誰だって待遇のいいところへ配属されたい。
獣人たちはこぞって、元貴族の密偵で事情に詳しいミールに話を訊いた。
そこで俺の恐ろしさが広まったようだ。
もちろん俺は、使用人に対して横暴な態度を取ったことはない。
余程のことがない限り、する予定もない。
「いい匂いで、小さく麗しい見た目で、腕利きの達人を多く従え、気にくわない者にはひどい拷問を……」
ええ……。
話には尾ひれがつきまくっていた。
と、ミールの意識が戻った。
「あう!? あの、まさかあなたが、私は、嘘は、言いふらして、ああ……どうか命だけは」
起きた瞬間、ミールは粗相した。
仲間の女の子が咄嗟に、
「男子たちはあっち向く!」
「なんでだよ。リョーリはいいのかよ」
「えっち!」
ヴェンツェルたちはミールを囲うようにそっぽを向く。
女の子の協力を得て、各種魔法で綺麗にしてから、服飾創造で衣服を創りだして着せる。
「別に怒ってません。ですが、誤解は解いてください」
「は、はい」
「(ミルド、いますか)」
何もないところから、黒い瘴気とともに、メイド服を着た灰色肌の女性が現れる。
「このまま集落へ行くので、モローも呼んで弟たちの護衛をお願いします」
「あいよ」
「ひっ、『飛天玄女』! あなたまでこのお方の軍門に……」
「おや、そういうあんたは『鼠牙』じゃないかい。十何年ぶりだね」
「二つ名、飛天玄女と呼ばれてたんですね」
「冒険者と用心棒やってた時にね。前の稼業が軌道に乗ってからはとんと呼ばれなくなったよ」
飛天玄女、そのまま読むと『空を舞う黒い女』という意味だ。
鼠牙はネズミの牙。
ミールには可愛らしい八重歯がある。
二人とも名は体を現した二つ名である。
このまま、犬猫系獣人の居住地域へ。
俺が行くと予想通り怯えられた。
闘志や殺意をむき出しにする人も結構いた。
ミールと猫耳少女に取り次いでもらい、首長たちと面会して無事誤解を解消。
弟のお友達は、ちょっと長い風邪を引いているだけだった。
鍼を打って体力を補う薬を渡しておいた。
「ミールさん。その魔法を使うつもりはないんですか?」
「わ、私は拷問を受けて放免された時点で終わった身……」
少し不可視の体に触れ、心を読んだ。
彼女は放免された後、一連の騒動でトラウマを抱いていた。
城に忍び込む→生け捕り→拷問→治療→ご馳走→放免→グノーヴァー領でも放免。
ウチかグノーヴァーに殺されはしないかと、いつも怯えていた。
ゆえに今まで魔法を使えなかった。
ここでの彼女の扱いはかなり悪い。
置いてもらう代わりに無給で衣食は最低だし、住民に理不尽な要求もされている。
種族的なヒエラルキー。
「もしやる気があるなら、今度面接を受けに来てください。中級者なら資格は十分です。種族間の身分の問題は、首長の方々に話を通しておきます」
「私はあなたの政敵の密偵だったんですよ!? 恨みや二心を抱えてそうな者を採用するはずがありません」
「これ以上特別扱いはしませんし、無理にとはいいません」
「……、」
この後、ミールは他の獣人たちと一緒に、ティンバラスール城の使用人の採用面接を受けに来た。
魔術師として中級者で、経験も豊か。
最大の壁である城主ヒミカの最終面接も無事クリア。
ヒミカが俺に忖度し、グェムリッドへ配属が決まった。




