第六十四話「死の女神」
アンガー南部リヴル村、死の女神教の洞窟教会。
洞窟の中を進んでいく。
定期的に松明と照明用の魔石が施してあり、視界は悪くない。
視界が悪い場所はLv1の明かりを使うか、魔力と内力で判断する。
並びは先頭からミルド、モロー、カーシャ、ミリア、俺の順だ。
先導はミルド。
タンク兼アタッカー。
元冒険者だけあってダンジョンの経験が豊富だ。
グラマラスで女性的な見た目に反し、魔族ゆえか魔力や内力によらない素のフィジカルが一番強い。
多少無茶しても死にそうにない。
上伝から奥伝相当の武術に独自魔法もある。
モローはアタッカー。
上伝から奥伝相当の武術。
喧嘩慣れしていて、こと戦闘に関してのセンスはいい。
カーシャはアタッカー兼魔法補助。
万能型の上級者。
破壊魔法が得意で火属性魔法だけは無詠唱。
補助回復魔法も使えて経験値が高い。
ミリアはヒーラー。
回復補助に特化した上級者。
回復補助魔法は精度が高く、ハイエルフ独自の特殊効果もある。
ただし幼く経験も浅いので、立ち回りは俺の指示次第。
俺はアタッカー兼クラウドコントロール。
最上級者。
標的を管理し指示を出しながら臨機応変に対応。
過剰気味な火力と精神感応をどう扱うか。
出くわした魔術師を数人ずつ確実に撃破していく。
死ななかった敵には点穴を衝いて動きを封じておいた。
魔術師ゆえか点穴法や内功の素人が多く、これだけで数時間から半日は行動を封じられる。
奥伝以上の使い手でも来ない限り解除は難しいだろう。
一〇分ほど進んだ時、少し開けた場所に出た。
「罠だよ!」
ミルドが叫んだあと、地面が碧く瞬きはじめた。
ずん、と体が重くなる。
他の四人は身動きとれず、カーシャとミリアはペタン座りで固まっている。
「ふむ、やはりこれが普通だよね」
奥から、剣士一人と魔術師が八人現れる。
魔術師の一人は暗い深紅のローブを纏っていた。
「自慢じゃないが、僕の封印術は魔王や竜の動きも封じられるんだよ」
「ちょっと前の女の子は動いてたけど」
「あれは想定外」
「……その女の子についてくわしく」
「おや、喋れるのか。もう自信なくしちゃうな」
魔力増幅は一〇回詠唱している。
これでわりと動きが封じられているので、優秀な封印術だとは思う。
大賢者サムタヴネリの封印術にかなり似ていると思った。
術式はそっくりだ。
「……解呪」
俺がそう唱えた瞬間、封印術が色を失って解ける。
その瞬間カーシャのLv2火球が数発、死の女神教信者たちに命中。
「莫迦な、家伝の封印術なのに!?」
「慈悲無き闇刃!」
封印術師を無視するように信者たちが斬撃魔法を撃ってくる。
「させない!」
ミリアの水色の魔法障壁が、洞窟内で敵味方を隔てるように斬撃魔法を受け止めた。
魔法障壁の解除と同時にミルドとモローが飛びかかり、封印術師以外を斃す。
剣士は当たり所が悪く即死していた。
俺は狼狽えていた封印術師を捕まえた。
「あなたは誰ですか?」
「うう、僕の封印術が解除されるとは……」
「たまたま術式を理解できたんですよ」
「術式を理解? 嘘をつけ、家伝で禁術だ! Lv4の解呪で解除されるはずはない!」
こいつも埒があかんやつだな。
精神感応で読もう。
耐性が強い人間に対して無理やり不可視の体に触れることは、精神的ダメージを負わせることになる。
こちらも一定の精神疲労を負う。
できればやりたくないが、こいつは入口にいた武術家リヴェラの記憶の中で、クケイとやり取りをしていたやつだ。
封印術師の頭を掴んだ。
「うわああああッ!」
ショタ・ヴァフシュティ=イシドール。
大賢者サムタヴネリを始祖とするスヴァルガの名家、イシドール家出身の没落貴族。
魔術師としては上級者で、あの封印術は家伝のもののようだ。
死の女神教の信者ではなくリヴェラと同じで雇われ。
ショタという名前だが、三十路で人族。
この封印術で、洞窟に忍び込んだクケイを罠にはめた。
もっとも、直接的な原因は封印術ではなく、あくまで会話によるものだ。
この洞窟の中のどこかに、死の女神の憑代候補の女性が一〇人ほど捕えられている。
リヴェラとショタの人質交渉の口車に乗ってしまったのだ。
精神感応の行使が終わると、しんみり泣いていた。
辱められたあとみたいな、そんな佇まい。
無理にやれば誰しもここまで精神的ダメージを負うことになる。
情報は得られたので、動きを封じこのまま放置して先へ進むことにした。
奥からクケイの内功を感じる。
ここからはもう襲われなかった。
洞窟の最深部。
かなり開けた場所に出た。
柩が十九基。
大きな二枚のタペストリーには、魔術的な方法で満月が二つ映し出されている。
上座の大きな台座に、黒髪の少女が寝ていた。
そばには黒のローブの女性魔術師。
ブルースの報告書そのままの、儀式をするために造られた神殿。
台座に寝ているのは内功からしてクケイだ。
憑代に選ばれたようだが、よかった生きている。
意識はないようだ。
「あらリョーリ様、こんなところまでお疲れさまです」
「ブレシカ……?」
「名前をご存じなのですね。ですが私はブレシカではありません」
「……もしかしてお前はアキノか」
「ご名答。さすが聡明で在らせられますね」
口調と雰囲気で察した。
見た目は初老の女性司書ブレシカに間違いない。
ブレシカはアキノだったのか?
乗り移ったか転生したか。
「なんでもいいから俺の侍女を返せ」
「お断りいたします。光栄にも女神様の憑代に選ばれたのですよ?」
『控えよ』
神代語。
台座からクケイが起き上がり、降りる。
黒いドレスを瞬時に形成して纏った。
クケイではない。
ガワは彼女だが、佇まいや表情は全く違う。
あんな悪い顔はしない。
だけど正直かわいい、と思ってしまう自分を叱咤する。
「もうお動きになれるのですか!」
『人の子にしては驚異的な回復力とチカラ。アキノよ、兄とともに我の憑代にふさわしい肉体をよく探したな』
「おお、主よ……」
『そこの貴様、ただの子供ではないな。器はラルクソーンの血族、魂はなんだ、ごちゃごちゃしていて気持ち悪い。地獄か緋界のやつらにでも呪われているのか?』
『どうでもいい、クケイを返せ』
『……ほう、古き魔族でもあるまいに、神代語を話すか。そしてそこにいるのはミルドレッドじゃないか。裏切り者め、貴様まだこの世界にいたのか』
『クケイちゃんじゃないね。あんた誰だい。あれ? なんであたし言葉が……』
『己を忘じたのか? それはいい、ようやく状況がつかめてきた。貴様はいつだって勇者が好きだ。此度はこの可愛らしい呪い子か』
ミルドの来歴については今考えることではない。
女神の禍々しい魔力に、クケイの莫大な内功。
魔力はこの神殿を介して外側から与えられていて、内からのものではない。
察するに、女神はまだクケイの不可視の体を支配しきれていない。
支配しているのは肉体とその鋳型ともいえる形成力体の一部までだ。
これは儀式がまだ途中であるのと、クケイ自身が内功を習得していく過程で、感情体と精神体を鍛えてきたからだろう。
喚起で魔剣善女を取り出す。
「(クケイ、聞こえますか)」
『貴様、心も読めるのか』
「(……リョウ様、このようなことになり申し訳ありません)」
「(いいんですよ。今助けますからね)」
「(そこまでは望んでおりません。邪神の動きはできる限り私が封じておきます。その隙に善女と破壊魔法で私の肉体ごとお滅ぼしください)」
『この期に及んでまだ我の支配を拒むとは忌々しい小娘よ』
この降神術の術式。
・九十六年に一度の降臨日に行う
・台座と柩と祭具を決められた通りに配置
・現在の月を映し出したタペストリーを向い合せて二点配置
・台座には憑代となる生きた女性、柩には大神官以下十九人の敬虔な死の女神教信者の遺体を置く
・独自の斬撃魔法、慈悲無き闇刃で大神官以下十九人は自決する必要がある
・降誕日の正午までに以上を満たせば、その空間は神殿として機能する
・十二時間やり通すことで儀式は完成
ブルースの報告書によれば、少なくともこの千年間は、憑代が女神の魔力に耐えきれず死んだり、あるいは誰かに殺されることで儀式は失敗してきたと書かれていた。
今回はクケイの肉体が強力なこともあり、おそらく死ぬことはない。
ゆえに肉体ごと滅ぼすべきという判断は間違いではない。
しかし、俺は別の可能性を考えていた。
女神の憑依を中継、魔力を供給している元を断てば、クケイは支配から解放されるはず。
何より、エルフ少女ミリアとの邂逅であの破滅的結末をみたということは、ここでクケイが死ぬわけがない。
そう考えた。
『人の子にしては強きチカラを持ち合わせているようだが、どうして神である我が魔力とこの優れた肉体を滅ぼすことができようか?』
『……俺にクケイは殺せない』
『そうか、お優しいな。我は貴様に興味がある、僕となれば十九日の間は、素晴らしき祝福をみせてやるが?』
『断る』
四人に念話を送る。
「(事前に取り決めたとおりに。わかってると思いますが、あの女神に生半可な攻撃は効かないので、無闇に攻撃しないでください)」
飛翔せよで中空に浮き上がり、善女を正眼に構えた。
『我とやるつもりか呪い子よ』
「……、」
一振り。
斬撃の衝撃波で台座は二つに割れた。
女神は余裕綽々で往なしている。
アキノが余波でぶっ飛んだのを確認してから、さらに攻撃を開始した。
魔法の応酬。
女神は、信者たちとはけた違いな威力の慈悲無き闇刃と、合間に黒い雷や火炎を放射してくる。
総じて闇属性が含まれているように感じる。
俺はそれを魔法障壁で受けつつ、複数の破壊魔法を絶え間なく連続詠唱。
青白い雷、白や黒の魔力の塊、氷の刃などが次々に女神を襲う。
空間は衝撃音に包まれて、大きく揺れた。
ミリアは地上で水色の魔法障壁をドーム状に展開し、攻撃の余波から三人を守護。
「(整いました。リョウ様、今です)」
クケイが内部から女神を硬直させた。
『おのれ小娘ェ!』
俺の魔法が一方的に降り注ぎ、女神は守勢に回る。
地上では水色の魔法障壁を解除。
一斉に四人が動き出した。
ミルドが瞬間移動してぶっ飛んだアキノを拘束。
モローは拳風で柩をひっくり返し、各種祭具を破壊。
カーシャとミリアはタペストリーを燃やした。
『くっ……魔力の供給が途絶えたか』
攻撃を中断。
己の魔法の威力が大きすぎて神殿の祭具を破壊してしまう。
圧倒的な気配を湛えておきながら、攻撃に積極的でなかったのはこれが理由だ。
極力戦闘に及びたくなかったのだ。
『しかし、冥界とはまだ繋がっている。貴様は我を殺せないし、ここから連れ出したとて繋がりは途絶えない』
「(リョウ様、もうそろそろ限界です。どうか慈悲などかけず、ひと思いに)」
まだこの空間は辛うじて神殿の体を保っている。
「……、」
『おや、殺す気になったか?』
善女の剣先に、魔力を集中させた。
地上では四人とアキノが水色の魔法障壁に隠れている。
Lv4神指。
白く眩い光線を発動した。
そのまま善女を振り回し、神殿内の岩壁を削り取っていく。
次に、善女の天候操作で竜巻を二つ引き起こし、Lv4暴風を発動。
魔力をさらに高め、ヴァトファーシオで傷だらけの岩壁を引っ張った。
『なっ!? それ以上やるとここが崩落する!』
ぐらぐらと空間が揺れて崩落し始め、岩石が降り注ぐ。
と同時に、俺は台座に居る女神のもとへと突っ込んだ。
落石から庇うように押し倒し、魔法障壁を展開。
二分くらい経ってやっと崩落が収まった。
『よもやここまで神殿を破壊するとは』
『降参か?』
『……降参するしかあるまい。もはや儀式は継続できぬ。好きにしろ』
纏っていた黒色のドレスが灰になって消えていく。
『我は死の女神メラ……貴様の名を教えてくれぬか』
『……リョーリだ。慢心しすぎたな』
『それが神々の振る舞いというもの。呪い子リョーリ、貴様が我が子であったなら、どんなに頼もしく祝福を蒔き散らせたことだろうか。我はまた九十六年待たねばならぬ』
「……、」
そっと、俺の頬に触れてきた。
女神の悪い表情から、徐々にいつものクケイの表情へ変わっていく。
『我を斃した褒美に教えてやる。我が消えれば、この小娘に十九人分の慈悲無き闇刃が降りかかり、聖痕となるであろう。小娘を救いたくば、解呪せよ。儀式用の捨て身の呪いゆえ、生半可な術では治せぬぞ。治さぬまま神域から出ると――――』
『おい、どういうことだ』
言い終らないうちに、女神は消えていった。
「リョウ様……」
「おかえりなさい」
「くっ……!?」
安堵するまもなく、クケイの全身に、斬撃魔法でつけられたような傷が突然出現する。
その数十九ヶ所。
Lv3ささやかなる癒し、Lv4大いなる癒しどれをかけても、瞬時に元通りに切創が開く。
治して元に戻るたび、軽く目を顰める。
「儀式にあたり、私を弱らせるためか大量に瀉血させられました」
血が少なすぎて鎮痛の点穴は使えない。
内功も一時的に減少し回復力も低下している。
魔力増幅一〇回状態の解呪でも呪いは解けない。
女神の言う通りになってしまった。
少し考え込んでいるうちに、ミルドの声がする。
「そっちに行っていいかい」
「ええ、女神は消え去りました」
岩石を退けてお互いの状況を確認。
四人とも無事だ。
「モローは周囲の警戒とアキノをお願いします」
「おう」
「ミリア、あなたの魔法に何かありませんか」
「キミの解呪や大いなる癒しで治せないのなら、私のでも無理だよ。聖国に戻れば……」
一番近い人の多い領地はカレリューモアかグノーヴァーだが、きっとこれを治せる医者や治癒術師はいないだろう。
急げばティンバラ、あるいはディヒャスヴァル聖国までは持つ。
そも、含みを持たせて冥界に帰ってくれたのが気になる。
神域とやらはどこまでなんだろうか。
「あんたがいつもやってる唄の中に治せるやつがあるんじゃないかい」
知識と奥義の書、『第十章 状態回復・除呪』。
状態回復という恒常詠唱魔術である。
魔力増幅と同様に、何百何千と詠唱して習得していく詠唱魔術。
一応覚えてるけど実用段階に至ってない。
なんでミルドが知ってんだよ、というのはいつものことだ。
ミリアに術式についてを話してみると、
「その魔術は知らないけど、試しにやってみたらどうかな。リョーリに私があわせるからカーシャもついてきて。増幅させる時のやつってわかるよね?」
「ハイエルフの方々がやるアレですね。私はレッドエルフなのでできるかはわかりませんが……」
「きっと大丈夫だよ。お姉さんも治る」
小さな二人のエルフは手を繋ぎ、俺の背中に片手を添える。
俺はクケイの額に手を当て、詠唱を始めた。
『終わりの大地 心域に至り また始まる
我れ世界樹を支えし 大いなる神々を讃えん
祈りで 呪いを除け 健全な肉体へと戻し給え
大いなる神々の叡智で呪いを除け戻し給え』
カーシャとミリアも合わせて唱えている。
どうやら俺だけ魔力を消費しているようだ。
五〇回を超えたあたりから唄として成立するようになり、魔力消費がグンと上がった。
鼻血が出たので、ミルドが心配そうに拭いてくれる。
一〇〇回を超えたあたりのこと。
十九ヶ所の切創から黒い瘴気が天井へ立ち上り、一ヶ所に集まる。
グネグネ蠢いてから、シャン、と綺麗な音を立てて散った。
「もう傷口は開かない。お疲れさま、頑張りましたね」
「……かんしゃ、いたします」
無事、聖痕の解呪完了。
俺は深呼吸したあと、仰向けに寝そべるクケイを抱きしめ、頭を撫でた。




