第六十三話「リヴル村と邪教」
銀髪のエルフ少女、ミリアとの邂逅。
俺はリヴル村に到着するまで、魔力増幅を唱えて、意図的に少しの間寝ていた。
脳と体を休ませて、魔力の回復に専念させるためである。
おかげで先ほどの魔物退治で消費したぶんは回復。
目を開けて飛び込んだのは、ミリアの顔だった。
不思議そうな表情で俺を見下ろしている。
俺はソファシートで横になっていたはず。
だのにどうやら、彼女の膝を枕にしている。
「嫌な気持ちにさせちゃったのかな? カーシャとミルドがこうしたらキミの魔力回復が捗って喜ぶって教えてくれたんだけど」
「……寝起きはとってもいいですよ、魔力も十全です」
「よかったぁ」
安堵した表情のあとに、チラっと視線が右に泳ぐのを見逃さない。
下腹部の感覚。
女の子から男の子へ変わっていることに気付く。
これは朝のじゃなくて、疲れからくるやつだ。
幸い、これがどういったモノかよくわかってないようだ。
でも恥ずかしいので、横へ寝返って誤魔化してから起き上がった。
「キミの車すごいねー。故郷から聖国に来るとき一度だけ大きな魔導艇に乗せてもらったけど、こんな豪華なつくりじゃなかったよ。もしかしてすごい大金持ちさんなのかな?」
「そんなところです。あなたもただのルヴァ教シスターじゃなさそうですが」
「うん……」
この幼さで上級者。
俺がいえたことじゃないが、この少女も何か隠してそうだ。
「リョーリ様、もうすぐリヴル村です」
着いたのは午後三時。
魔導艇は村の外れの目立たない場所に駐めた。
念のため、隠れよをかけておく。
リヴル村。
アンガー南部の領境の山岳部に位置し、西に山を越えればベオバ騎士爵領、南下すればシゲファース辺境伯領へ至る。
人口一二〇〇人ほどの寒村。
その八割が奴隷ないしは卑民で構成されている。
年中寒く土地は貧しいので開墾には適さず、畑からの収穫は微妙。
村民の多くは狩りや山菜採取で自給自足している。
ユーゼン家がアンガーに軍閥を形成する前から、たびたび死の女神教の搾取に悩まされている村だ。
村を牛耳っていた死の女神教の関連結社は、五年前に一度クケイに掃討されている。
ブルースの報告書によれば、去年あたりから再び集結しはじめたようだ。
服飾創造で地味めなローブを三つ作成。
世間擦れしてそうなモローとミルドはともかく、俺とエルフ二人はここでは目立ち過ぎる。
旅芸人を装って村へ入った。
入ってすぐに集会所のような場所がある。
黒いローブを纏った男二人と、貧しそうな若い女性が五人。
女性たちは心底嫌そうな顔をして跪いている。
「どれにしよおかなあ」
「……、」
「今日くらい媚びてくれよ。俺たちゃ残念ながら十九人から漏れたけど、大神官からお許しをもらってるんだぞ」
「一帯はどうせ祝福されるのだろうし、みんな食べちゃっても問題ないのではないか」
「我が一派が選ばれたのは本当に幸運だな、歴史に名を残せる。……なんだ旅人か? いつもなら通行料を取る所だが、今日は忙しいから許してやろう。この村は何もないからさっさと立ち去れよ」
あからさまに怪しい。
男二人は死の女神教の末端信者で、どちらも中級者程度の魔術師。
数ヶ月くらい前から、権力を笠に着て通行税を取り、村の人たちをひどい目に遭わせていたようだ。
そのわりには精神感応への耐性が一般人並みだったので、彼らの不可視の体に触れたついでに強制的に服従させた。
「死の女神教の信者だな。大神官がいるところまで案内しろ」
「はい、喜んでご案内いたします……」
「ご婦人方、なにか恨みがあるなら、一人置いていきましょうか?」
女性たちは必死に首を振って、逃げて行った。
こいつをどうにかしたところで、新たな死の女神教の信者がくるとわかっているのだ。
ほかの村民にも遭遇したが、総じて疲れ切っていて、旅の者だとわかると知らんぷりされた。
「お前のやってるそれ、俺の昔の悪友にやったやつか」
「アレは言葉と身振りを使った軽いやつです。これはもっと強力なやつですね」
四人はゾッとした顔をしていた。
そらそうだろう。
自分が意のままに操られたらと思うと、恐ろしいものだ。
俺もその恐ろしさを知っているから、普段は極力使わないよう心掛けている。
案内させながら、この信者二人が知っている死の女神教の情報、ブルースの報告書、俺の知っている情報から重要事項を頭の中で整理した。
・魔術結社『死を齎す毒蛇』は大神官とやらが神託を受けて去年結成させた
・構成員は現在約七〇人
・用心棒を一〇人以上雇っている
・死の女神教では九十六年に一度女神の降誕日というものがある
・今日がその降誕日
・成功したのは千年以上前
・その時は十九日間にわたって神殿周辺地域に死が齎された
・儀式には憑代が一人、大神官と敬虔な死の女神教信者十九人が必要
・憑代は死の女神教信者でなくともよい
・信者たちが使用する独自の斬撃魔法は本来儀式で使うもの
・儀式には半日かかり、正午からはじまり十二時間で完了
・神託を受けて最近まで憑代を必死に探していた
・神託の内容は「十大神教信者か匂いをつけた者を憑代にせよ」
・クケイをリヴル村に誘導したのは罠
・長男レイスの乳母アキノの遺言はこの儀式を模したものだが、なんのためかは不明
・二人の記憶から初老の女性司書ブレシカをみたが、何者か正体は不明
集落を抜けて山道を歩いていく。
二〇分ほどして、洞窟がみえてきた。
「あれが教会でございます」
「お前たちは村に戻り大人しくしていろ」
「そのようにいたします……」
案内してくれた下っ端二人には更に暗示をかけておいた。
しばらくは人畜無害だ。
入口前には、武術家風の男たちが六人と死の女神教信者が三名。
奥伝ほどの使い手一人と、残りは上伝と中級者程度。
不意にモローが呟く。
「アイツみたことがある。あの一番強そうなやつだよ」
「ほう」
「レディのオジキの弟弟子でリヴェラ、親父の取引相手だった」
人攫いジェニングズ一家は、死の女神教からの依頼を受けて十大神教信者を攫っていた?
「……まず、リヴェラ以外をやりましょう」
「おう」
俺とモローとミルドで急襲し、まず八人を昏倒させる。
リヴェラが洞窟の方へ逃げる――――
「ぐあっ!」
ヴァトファーシオで首根っこを掴み、引き戻した。
「よう、久しぶりだな」
「モローとミルド!? ……ということはそちらのチビは例の女公爵の息子か」
「僕の侍女をご存じないですか?」
「あのバカ強い侍女のことか? へへ、一足遅かったなもう儀式は始まってるぞ」
「どういうことですか?」
「……、」
「おい、どういうことかって訊いてんだよ」
埒があかない。
リヴェラの頭を掴み、不可視の体を強制的に覗き込んだ。
「うがああああああああああ!」
リヴェラが血を吐くような絶叫をあげる。
なかなか耐性が強いが、さらに無理やり押し入る。
一部始終がみえた。
人攫いとの取引、そしてクケイとのやり取り。
「……お前の腕は預かっておく」
「なにす、ッあああああああッ!!」
斬り裂けで両腕を切断し、次元収納に収めた。
点穴を衝いて止血し、魔法障壁で切断面を保護。
「儀式が無事失敗したら腕は返してやる。ただし、俺の侍女になんかあった時は……わかってるな」
「っひぃ……五〇人以上からなる魔術師が、なっ中に、います。いくらあなたが強くても無理――――」
「そんなもんやってみないとわからねーだろ」
仮にもひとかどの武術家だろう男は、地に頭をつけ涙とよだれを垂らしていた。
俺はモローたち四人と顔を合わせてから、魔力増幅を詠唱しながら洞窟へ入った。




