第四十七話「五人の運命」
ティンバラスール城旧本殿。
ガレジェリは本人の希望でアイザール王サグラのもとへ配属させた。
「予言をいただいたのです」
ガレジェリはヴェーア系の人族で本業は密貿易商。
騎士家の血統で、幼くして家が没落して一家離散し奴隷に落とされた。
その後は北区の高名な占い師に育てられ、さまざまな予言をされたのだという。
本人にも占いの才能があり、歳を経るにつれて己が使命を自覚していった。
「リョーリ様とサグラ様は第一印象が衝撃でした。『この人たちこそ俺のお仕えすべき尊き人なんだ』とね」
「そうなんですか。モローとは昔から?」
「はい。幼い時からの腐れ縁で、商売をはじめたときに義兄弟の契りを結びました」
その尊き人が俺やサグラかはこの際置いておく。
彼はよく仕えており、わりと賢い。
サグラも気に入っているので出世も近いだろう。
「ところで酒場でも拝見しましたが、リョーリ様は幼いのに治癒術に長けておいでですね。私どもがここに来た時の施療だってそうだ。しかも魔法だけはない」
「師匠のおかげです。自分でいうのもなんですが僕は貧弱なので、治療の過程でいろんな事を覚えていったんです。『治癒術に長けてる』とは言えませんよ」
「この城の先生たちは優秀ですからそう思われるのでしょう。そこらの町医者程度からみれば大した技術ですよリョーリ様のソレは」
「そんな褒めても何も出せませんけど」
「私の心に偽りはありません。リョーリ様は褒められることに慣れていらっしゃらないのですか?」
「謙遜するな。そなたの術は余も認めるところに素晴らしい。それでよいではないか」
サグラが横やりを入れてくる。
「……師匠が凄いってことにしといてください」
俺の成果は前世で無駄に蓄えた知識と、龍鯉の持つ秀でた才能と恵まれた環境に支えられているので、なんとなく正当化できないでいる。
努力はしてきたつもりだが、少しだけ後ろめたさがあるのだ。
剣客エドヴルとクールはティンバラスールの衛兵見習いへ。
足りない血や深かった内傷も、時が解決してくれた。
二人ともサビス派の上伝で非ヴェーア系の人族。
剣の腕は確かで、そこらへんの領兵よりは確実に強い。
「サビス派は剣狂流の流れを汲む剣術流派です」
「剣狂流といえばスカイミア王国の有名流派じゃないですか」
「それが我らの師匠は傍流の傍流でして……」
主流から外れた新興流派のようだ。
スカイミア王国はヴェーア系人族が統べる王国。
スヴァルガ、レーモス、ショウ、この三大帝国のあるヴァラスーナ大陸から、海を隔て南西のアンサーラ大陸に割拠している。
剣狂流は八〇〇年くらい前にいた凄腕の剣士、剣狂ノアが創始した流派。
剣狂ノアは魔神を討伐した一〇人の勇者の一人に数えられていて、地域を問わず名前はわりと有名である。
流派としてはスヴァルガやショウの影響下にある地域では、あまりなじみはない。
俺はどこか違和感を感じていた。
「……剣狂流ははじめて拝見しますが、一部の型が少しだけ八監派に似ていますね」
「あ、クケイもそう思いますか」
そういうこともあるだろう、としておいた。
二人ともひとかどの騎士になるのが夢だそう。
将来のため用兵の勉強をしたいとのことなので、お勧めの書物をピックアップすると、大いに喜んでくれた。
「上司の人に訊いてもわからなければ、質問しに来ていいですからね」
「いや、そこまでしていただくわけには」
「どれを学んでいいかすらわからん所に、道筋を指し示していただいただけでも僥倖でございます」
「僕を理由にして、わからないところを放置するのはだめですよ」
「ぐ……しかし特別扱いを受けると、周りの目もあります」
「別に他の使用人たちからも相談を受けること自体はあるし……。わかりました、週に数回グェムリッドの警邏に組み込むよう言っておくので、機会が合えばそれとなく挨拶しに来てください」
「……感謝いたします」
両膝を突いて礼をされた。
スヴァルガにおける正式な騎士の礼である。
最近はルヴァ教の流入に伴い、レーモス式の片膝を突くやり方もたまにみる。
二人は警邏中に会うことがあれば、その都度、一つ二つわからないところを質問してくるようになった。
***
ティンバラスール城本殿、ヒミカの書斎。
五人の状況を把握してしばらく日を置いてから、ヒミカに運命の話を聞きに行った。
「ガレジェリはサグラ様によく仕えるわ。彼には王佐の才があるの。平和な時はその治道をよく補佐し、乱世になれば覇道をよく補佐するのよ」
「殿下は皇帝になるんですか?」
「そういう道もあるってだけね。確定じゃないのよ。サグラ様自身もそうなのだけれど、第一王子をはじめ他のご兄弟も運命が強くて、直前になってみないとわからないわ」
王佐の才。
まず魏の「荀彧」、次に唐の「杜如晦」と「房玄齢」を連想した。
「内部を管理しても、外部を攻撃しても、仕える主君のために一定の成果を挙げられる才能がガレさんにはあって、殿下がその主君ってことですか?」
「そうね、大体合ってるわ。ランはわかった?」
「リョウの解説で理解しましたわ!」
九歳児に「王佐の才」といってわかる方がおかしいのだ。
「モローはユーゼン家に仕えるのだけれど、ウチの家の血筋と相当近しくなるの。誰かはわからない。よく仕え、尽くして寿命を全うする運命にあるのは確かね」
「近しくなる」
「尽くすのはウチに来た以上必然、近しくなるのはあくまで可能性よ。それに決して悪くは転ばないようにみえるから取り敢えずは放置しておいて大丈夫と思うわ」
破滅的結末を避けたことで、本来の運命が正常に働いているということだろうか?
とにかく、ユーゼン家の子女と恋仲ないし婚姻関係に及ぶ可能性がある。
モローの女好きも、人の良さも知っているので複雑な心境。
鸞子はまずあり得ない。
他の姉妹か、まさか……。
「エドヴルとクールもウチに仕える運命にあるわ。もっとも彼らの生きる道は戦場なのだけれど。しばらくは戦死する運命もみえないから、きっとよく仕えて戦果をあげるのかしらね。問題はミルドよ」
「問題とは?」
「彼女は曖昧にしか見えないのよ。あなた達みたいに全く見えないわけじゃなくて、過去から未来まで所々見えないの」
「でも受け入れたということは、悪い人じゃないんでしょう?」
「ユーゼン家に仕える運命にあることは間違いないし、悪い印象は見受けられないわ。彼女の為してきたことは悪事ばかりなのだけれど、心はとても綺麗なのよね。あとは私の直観で判断したわ。もしかしてあなた達と決して悪くない運命的繋がりがあるんじゃないかって」
ユーゼン家に所属することは間違いなく、多角的に調べても決して邪悪ではない。
ヒミカの精神感応の精度は高いし直観と直感は当たる。
信じておこう。
***
グェムリッド宮殿への帰り道。
懐中時計を開くと午後一〇時を回っていた。
当然日は暮れている。
ささやかな灯りの街道を、馬の居ない高級馬車が進む。
本日の帰りは送迎車だった。
見た目は一般的な高級馬車と変わりはない。
違いは動物が曳いておらず、魔術的術式で構築された動力装置を、魔力を燃料にして動かしているという点である。
要するに自動車。
運転席には操舵用の魔石、小さなハンドル、ギアレバー、油圧式ブレーキレバー、車内通信機という簡素な造り。
御者に魔法の素養とセンスがないと運転のできない代物。
その上、本体の値段がやたら高価なのでスヴァルガの富裕層でも所有者は極わずか。
内装は魔術で空間を拡充させていて、外見より五倍ほど広い。
円形の最大八人収容可能な座席に、茶や酒を用意できる程度のキッチンがあり、広々と豪華な造りになっている。
衝撃に干渉されにくくなる術式も組まれているので乗り心地は快適。
窓は中からは景色を確認できるが、外から中の様子は黒塗りでわからない。
文字通り送迎車なのだ。
もっとも動力源の差異さえ除けば、富裕層の扱う高級馬車ではそういった内装は一般的なのだが。
「エレシュとイナンナは元気にしてますか?」
お茶を淹れているクケイに、お礼ついでに話しかける。
「はい。あの二人が何か粗相を?」
「この前はよくやっていただきましたし何より新鮮でした」
クケイは微笑むと、
「もしお気に召しましたのでしたら、今後はグェムリッド中心に配置換えを」
「ウチに来てもらえるんですか!? 母上には……?」
「いつでもよいとお許しはいただいております」
「大歓迎ですよ! ね、姉上?」
「うん! 私もお話したいし」
「感謝いたします」
積極的でないにしろ、前々からそういう方向にことが決まっていたのだろう。
あと一押し、グェムリッド宮殿の主の同意が必要だったのだ。
身の回りに美少女が増えるのは願ったり叶ったりである。
「次のお茶会までにミルドの教育を徹底的にしましょう。彼女の話は面白くていいのだけど、作法の面でお姉様にウチの子が見下されるのは腹立たしいわ」
「畏まりました。マーグラ様にもお伝えしておきます」
鸞子は足を組み、紅茶を一口、窓を覗き遠い目をしていた。
あまり厳しくしてやるなよ……。
ミルドはメンタル強そうだけど、もし何かあったらできる限りフォローしてやろう。




