第四十六話「奴隷魔族と亜人奴隷」
五人が奴隷としてティンバラスール城に来てから一週間。
彼らは驚くほど従順に馴染んで行った。
何か覚悟を感じた。
待遇でいえば本当に奴隷のようなひどい扱いを受けるわけではない。
働きによってはユーゼン家の家臣として出世する道だってある。
人攫いの手下をやっている時よりは将来が明るい。
「ここには慣れましたか?」
「お堅い儀礼が多くてしんどいね」
ミルドはグェムリッド宮殿付きの侍女見習いになった。
つまり俺と鸞子の侍女である。
現在はクケイとマーグラの下で教育中。
少々の粗暴さは見た目の麗しさに隠れ、社交性の高さからすぐ馴染んだ。
いかにも魔族の女性っぽい外見がとても艶麗。
マーグラとは周波数が合うのか、すんなり打ち解けた。
どちらも一見気高そうで、気の置けない相手には高慢な態度を取りがち。
しかしマーグラと違い、見た目や振る舞いで本性を隠すそぶりはしない。
何ごとにも自分に素直だ。
趣味は毒物の調合、武術。
もともとA級冒険者で、ある時からジェニングスの下で用心棒をやりはじめ、平時は手下たちの相手をしていた。
ちなみにこの世界にも冒険者ギルドはある。
冒険者は所属する冒険者ギルドの裁量でSを頂点にAからEまでランク付けされている。
「それにしてもランコ様はご気分を壊してないかね。話はウケてたけど、わからないことばかりであたしが粗相しまくったんだよ」
「もう茶会にお呼ばれしたんですね……。仕方のない事ですし、これから勉強していけば問題ないですよ」
彼女の話は面白く、冒険譚から艶話までネタが尽きない。
側室と姉妹たちは彼女を大層気に入ったようだ。
「女性に年齢を聞くのはアレですけど、おいくつなんでしょうか」
「えっと、数えたことがないからね。スヴァルガにはじめて来たのは一二〇年前。スヴァルガの前はショウ国にいて、その前は……うぅん。うろ覚えだけど、むっかし母さんから聞いた話だと、あたしはグラールヴっていう長耳族と魔族を祖に持つ部族出身で人族より随分長生きするって。もう、恥ずかしいから昔の事はあんまり聞かないでちょうだい」
普段から恥ずかしい話ばかりしている彼女なのに、自分の出自のこととなると恥ずかしいらしい。
「グラールヴとやらはダークエルフ的な何かですか?」
「どうなんだろうね。そんな風に呼ばれてるのかもしれない?」
曖昧な返事である。
肌はグレーで、髪色はダークブラウン。
白目が黒く、瞳はギラギラしたワインレッド。
この世界の定義に照らし合わせると魔族だ。
ダークエルフなのかは不明で、グラールヴという種族も謎。
背中の立派な神紋について訊くのは止めておいた。
期待する答えは返ってこないだろうし、いつかわかる時がくるだろう。
***
モローは手先が器用だったので、グェムリッド宮殿付きの庭師見習いになった。
「おいコラァ!」
「はいっ……」
グェムリッド宮殿中庭に怒声が響く。
俺はモローに壁まで追いやられている。
いわゆる壁ドン。
侍女がこちらを見ながらヒソヒソ話している。
モローは睨みを利かせて、
「リョーリよお」
「なんでしょう」
「後ろの先輩の視線がつらいんだけど、これ毎日やらんといかんの?」
「グェムリッドは女性が多いし、若くてチンピラあがりで安っぽい恫喝かませる使用人はモロー位しかいないんです。他の人には頼めなくて」
「褒められては……ねえよな。しかしよう、見た目が愛らしすぎてこっちの心が痛むわ」
俺は安っぽい恫喝や脅しに弱い。
死ぬ以上につらい破滅的結末をみたり、修羅場を体験しても平気なのにだ。
肚を括るまでは、怒鳴られたらビクッとなってしまう。
これを克服するために、毎日モローに恫喝されることにした。
幸い彼は少し前まで現役のアウトローだったので、何もない所から捲くし立てるのが上手かった。
少々目付きの悪い茶髪のチャラい兄ちゃん、それこそがモローである。
庭師の作業着も実に似合っている。
外見は完全な人族だが、両親は暗黒大陸出身で竜人族の後裔だという。
暗黒大陸は竜や魔獣が跋扈し、魔族や亜人が統治する広大な地域。
進化や交配を経て数千年かけ人族の姿に至ったらしい。
人族の見た目をしている所偽で他の支族に疎まれ、ここヴァラスーナ大陸に渡ってきたのだ。
もっとも、こちらに来ても奴隷か卑民扱いという厳しい現実が待っている。
「ミルドに聞いた話で親の顔も覚えてねえや。お、暗そうな顔して体調崩したか?」
モローは俺をひょいっと抱き上げた。
少し考え耽っていただけだ。
ティンバラには『サルン』という数万人規模の犯罪組織がある。
北区のスラムに本部を置き、おおよそ倫理にもとる手段で収入を得ている。
はみ出し者の受け入れ、地域内外のギルドや結社との橋渡し役も担っているようだ。
モローは両親が亡くなってからは北区の孤児で、ミルドに面倒を見てもらっていた。
いろんな意味ではちゃめちゃな生活していた彼女に育てられたのだ。
物心つく頃にはサルンの一員になり、千人頭領のジェニングズの下で働くようになっていた。
「人攫いみたいなあこぎな商売やってたわりに随分とお優しいんですね」
「シノギだから仕方なくやってただけだ。俺は女子供には優しいんだよ。すんすん……今日は女だな!」
「当たりです。気になるなら剥いて確かめてもいいんですよ?」
「舐めた口ききやがって。剥かれから泣いてもしんねえぞ!?」
「そうそうその調子」
「ったく敵わねえなぁ」
「……ジェニングズに忠誠心はあったんですよね?」
「あるにはある。でもいざとなったら切り捨てあう覚悟はしてたな。実の親子並みに信頼関係を築くとこもある。うちはそのへんドライだった」
俺たちごと葬ろうとする位だ。
トライスとヒミカがこのティンバラの地に封ぜられて以降、治安は少しずつ改善されている。
俺も治安については何度か助言している。
ともかく悪人からしてみれば住みにくい世の中になってきた。
一昨年、この世情を重く見たサルンはお上に媚びる方向に舵をとる。
今まで何でもあり、怖い者知らずでやってきたジェニングズはこれに猛反発。
結果組織からは破門され、元いた手勢を率いて東区で細々と人攫いをやっていたのだ。
そこに運悪く俺とサグラが現れた。
「親父ショックだったろうなぁ。サルンに居た頃ならもっと沢山の道具と手練れを集められたもんだ」
銃火器十七丁と刀剣数十本、用心棒を一人。
誰しも相手が領主の子と聞けば及び腰になるだろうし、大組織から破門された者の加勢はしないだろう。
「十大神教の関係者ばかりを攫ってたのは何か理由が?」
「あー、理由は知らねえけど、親父の指示だな」
「真相は闇の中ですね」
「……俺はサルンかどっかの宗教結社が殺ったとみてる」
モローはそう信じているようだ。
ジェニングズの死亡理由はわからない。
ある種の諦念か、公権力に最後まで抗うという意思表示か、それとも何か見えない力よるものなのか。
千人の頭領から破門され百人の頭領に、そして囚われ最期は獄死。
俺とサグラが生き残ったゆえにそうなったのかもしれない。
因果応報、仕方ないとはいえ、彼の人生を思うと少し寂しい気持ちになった。
「ここの庭師で人生終わればいいなぁ」
「出世欲とかないんですか?」
「そこら辺に居るお姉ちゃんみてるだけで幸せだわ」
「趣味が合いますね。しかし原則使用人同士の情事は禁じられてるので気を付けてください。庇いたくても庇いきれない時はありますからね。ヤリたいなら休暇とって娼館に行くのが無難です」
「わぁってますよう!」
これだけ若い男女が多いと、ないわけではない。
やるならバレないように、事が問題視され公になるとアウト、みたいなガバガバな倫理規定。
お互いさま的な暗黙の了解となっている。
モローはいいやつだ。
口を開けば女の事ばかりだが、話してみると気さくで男気があり、女より男に好かれるタイプ。
現に他の下男たちとは簡単に打ち解けている。
人を従えていただけのことはある。
やはり何事も慣れである。
毎日モローと対話していくうちに、俺のチンピラに対する苦手意識は改善した。
正確には安っぽい恫喝などでビクつくことは無くなった。




