第四十五話「騎士と五人の囚人」
ティンバラスール城旧本殿。
浴室から寝室に移動した。
鸞子は王子サグラの横に座って、甘えるように近く寄り添っている。
本人にしてみれば俺への当てつけなのだろう。
表情から何となく感情が見て取れた。
掛け値なしに美少年と美少女だ。
羨ましいとは全く思わんし、お似合いで微笑ましい。
「いやぁ、先のリョウは可愛かった! アレで強請られたら何でも許してしまいそうだ」
「もうやりませんよ……」
軽挙妄動。
今になって恥ずかしくなってくる。
でも場合によってはやってみてもいいのかもしれない。
そんな打算的なことを考えていたら、鸞子がソファからピョンと跳んできて、
「えー私にもやってよ」
「上のお姉様方に言触らさないなら殿下の居ない所でやってあげます」
「それは無理ね」
「やるなら余がいる時にやれ」
「やりません!」
しばらく世間話をしてから例の五人について話題が移った。
「悪い人たちじゃないのかしら?」
「見込みはある。ヒミカ様の見立てではガレが余に、他の四人はユーゼン家に仕える『運命』であるそうだぞ」
「ほう」
ここに来る前に話した時は、運命の話はしなかった。
いや、俺が聞かなかったのが悪いのである。
ヒミカは能動的に話すタイプじゃない。
「ガレのやつも、余に運命のことを力説しておった」
「会ったんですね」
「うむ。なかなか釈放されぬので、そなたが寝ている間に余から会いに行ったのだ」
運命。
不可視の体のコーザル体から更に深い体を感じることで読み取れる、らしい。
俺はその領域に踏み込んだことはない。
自分のそれは何かが邪魔しているので今のところは無理。
やったことがないだけで、相手次第である程度読み取れるとは思う。
遅めの昼食を取ったあと、入城の知らせが入った。
ティンバラスール城と中区の市街を繋ぐ関所。
二〇人ほどの領兵に護送されてくる五人。
人攫いの集団ジェニングズ一家の幹部四人とその客分である。
どうやら役所での拷問と杖刑を無事やりすごして生きていた。
元気なガレジェリを先頭に、腰と手に縄を掛けられて数珠繋ぎに歩かされている。
「せめて車に乗せてあげてくださいよ」
「なんだお前は」
俺が駆け寄って文句を言うと、馬に跨った横柄そうな領兵が、不機嫌そうに威圧してくる。
他より立派な鎧を纏っていた。
目付きが悪く、人族っぽいのに口元は兎みたいにワイの字に割れている。
なんというかチンピラだ。
どこにでもいる無駄に安っぽい脅しをかけてくるやつ。
兎口の領兵は馬上で思案している。
挑戦的な表情からやがて疑問へ、
「ッ、このガキ! 騎士殿になんて態度だ」
「まて、まさかこのお方はリョーリ様では」
「だとしたらどうするんですか」
そして確信に至る。
「失礼をいたしました! なにぶん拝謁を許されたことのない身でありまして平にご容赦を!」
バタバタと下馬して片膝を突く。
スヴァルガの騎士は権力の大きな自由騎士と、有象無象の非自由騎士にわかれている。
また皇帝か諸侯どちらに叙任されたのか、自称なのか封土を与えられているのか、立場はややこしく細分化もされている。
叙任の流れは主に、専門学校や従軍などを経て小姓→従士→騎士となる場合と、功労者の身分を保証するためのものの二つ。
権力の差は大きいが、騎士は騎士なので実力もないのに地位を鼻にかけてる者も多いらしい。
この兎口の男は、アンガーという軍閥の長であるトライスに叙任された騎士。
封土も与えられていない下士官で、お役所の分隊長か小隊長だろう。
「お前らも頭が高いんだよ!」
騎士の一声で、五人は鞭で叩かれて呻き声をあげながら膝を突いた。
頭に血が上る。
ぶっ飛べ――――
轟々と鈍い音を発てる後方からの掌風。
鞭を振るっていた領兵二人は三、四メートル吹っ飛んだ。
関所から颯爽とサグラが現れる。
「あれだけ持て囃されておるのに、リョウの顔すら知らんとはな」
俺の魔法ではなく、サグラが掌法で吹き飛ばしたのだ。
この手の早さは見習わないといけないかもしれん。
サグラの後ろで控えめに鸞子が顔を覗かせている。
「アイザール王殿下!」
騎士は両膝をついて地に頭を叩く。
その様子は震えていてぶざまで、無性に肚が立った。
精神感応で適当に読み取っただけでも狡猾でビビり。
強い者には媚び諂い、弱い者にはとことん強く出るタイプだ。
威力は落雷と遜色ない程度に、
「……小魔の雷撃!」
五〇メートル上空に作った広大な魔法障壁に向けて、ストレスを解放するように放つ。
辺り一帯を白く支配する閃光と轟音。
さながら雷樹のごとく、複数の放電路を辿って魔法障壁に至る。
クケイはサグラと鸞子を護るように内力を膨らませていた。
「ふうっ」
すっきり。
オゾン臭だろうか微かな刺激臭。
馬は嘶いて怯え、領兵は尻餅を突いていた。
兎口の騎士は泡を吹いて気を失っている。
この領兵たちはおそらく旧マーグラ派だ。
グノーヴァー卿などアンガーの土着貴族の息のかかった部署の人間だろう。
俺に馴染みのない時点でその線は濃厚だし、ヒミカの配下にこんな小物オーラ丸出しの騎士はいない、はず。
五人の所に駆け寄り、斬り裂けで縄を解いていく。
「リョーリ様、私よりもあいつらを……」
「わかってます」
五人全員裸足に襤褸を着せられていた。
ガレジェリ以外は全身打ち身に擦り傷だらけ。
モローは足を延ばして笑いながら、
「やっぱり俺らんときは手加減してくれてたんだな。さっきの雷喰らってたら生きてたかわかんねえわ」
「すみませんね、こんなはずじゃなかったんですが」
「いいんだよ、城主サマやアイザール王殿下サマが来た時にゃ旨い飯食わせてもらったしな。他のやつはもっとボコボコにやられてらあ」
「あたしとモローは大したことないから」
ミルドは長耳と灰色の肌を持つグラマラスな女性。
ペタン座り。
傷だらけな上に、襤褸から覗く豊満な胸と引き締まった脚は正直色っぽい。
俺の靴に血汗がぽたぽたと滴りおちたので、申し訳なさそうに拭き取っている。
こんなもん治してやらないわけにはいかん。
彼女の頭を撫でながらささやかなる癒しをかけて応急的に治療。
するとぼんやりと、安堵の表情を浮かべていた。
「クケイ、担架を」
剣客エドヴルとクールは話せないほど衰弱していた。
エドヴルは斬られた影響で血が足りず、クールは肚を中心に内傷がひどい。
内功の素養があるからほっとけば回復していくはず。
数日間に及ぶ拷問にトドメの杖刑でここまで悪化したのだ。
よくここまで歩いてこれたというか、生きてたな。
すぐさまティンバラスールの医務棟に担ぎ込んだ。
「嬢ちゃ……リョーリサマ、今日は男か? どうなってんだよまったく」
モローはどうやら男と女を判別できるらしい。
「当たりです。僕はそういう体質なのでモローの感覚は間違ってないですよ」
「その割には随分と元気じゃないか」
「兄弟、これは疲れてるから仕方ねえんだよ」
こうして五人は、ユーゼン家の奴隷として仕えることになった。
***
少し前、まだ龍鯉が寝込んでいた時のこと。
ティンバラ中区、司法府の檻房。
「俺は師匠の予言通りお仕えするが、お前たちはどうする?」
「俺は乗った。どうせ行くとこねえし」
「即断とはモローらしいな」
「あたしも」
男たちの向かいの檻からミルドが返事した。
「闘いの中で死ぬのは本望だが、あの少年に生きさせてもらった以上は泥水をすすってでも生きるさ。なぁクール」
「……あぁ」
エドヴルとクールは内傷が癒えておらず、辛そうにしている。
「レディのオジキみたいにはいかねえよなあ」
「ごほっ……レディ殿が自害するほどの相手が居たというのは驚きであるな。平群ホウチ流の皆伝だぞ。敗けた所を見たことがない」
「一介の侍女にやられたらしいな」
「俺ら相手に手心加えるようなガキどもの侍女となれば、それくらいやるだろ」
自分たちの情けなさからか各々嘆息。
「……あのかわいい子がチカラをセーブしてたのは、体の弱さだけが理由じゃないね。適当にやってればあたしらくらい一瞬で殺せたはず。きっと根が優しいんだよあの子」
「貴族のガキにしちゃ珍しいな。あれだけ強大な力があるならもっと傍若無人に振舞いそうなもんだが」
雑談が終わりかけた所で、ガレジェリが切り出す。
「……全員一致で『仕える』でいいな。明日も殿下と閣下はいらっしゃるから粗相のないようにするんだぞ」
「おう」
「それと仕えるのなら、占い師の端くれとしてとしてお前らに助言しておくことがある。『仕えるなら死んでも裏切るな。裏切っても、今よりよくなることはない』」
「お師匠の言葉か。ここいらじゃ一番の占い師だったよな」
「拾ってくれた時からいろいろ予言してくれたけど、最期に遺してくれた言葉だ」
ガレジェリの師匠の言葉を、各々噛みしめていた。
次の日、五人はヒミカに仕えたい旨を伝えた。
「ごめんなさい、四人の執行は避けられそうにないわ」
「他のやつらも刑を受けるのに俺たちだけ決まりを曲げるわけにはいきません。手足を斬り落としたり、死罪にならんよう働きかけてくれただけでも十分でさ。それに、俺も毎日拷問されてますが、ほら、元気でしょう」
「剣客のお二人はどうみても耐えられない……」
「ああ、アレは杖で叩かれた位で死ぬタマじゃないです。気合でなんとかします」
根性論である。
四人はなんとか刑の執行をやり遂げた。




