第四十話「麻袋と少女」
人攫いの酒場。
宿部屋の外には誰もいなかった。
気を探ってみると、表のほうの飲食スペースに一〇〇人ほどの気配を感じる。
「他に捕えられてる人たちもいるんですよね?」
「ああ、下に裏口、さらに下に牢がある。今はみんな酒場に集まってるからそっちは手薄だ」
「リョウ」
「まぁ、ついでですしさっさと解放して逃げおおせましょう」
階を二つ降りると檻房が三つあり、十五人ほど捕えられていた。
頭に印の書かれた麻袋を被されている。
警備数人を倒し三手に分かれた。
俺は一番奥の房に入った。
パッと見、女性だらけ。
「だっ誰!?」
「もう大丈夫ですよ」
まず手前のひときわ小さな少女の麻袋を取る。
「っ痛い!」
「どうした!?」
思い切り手を噛まれてしまった。
「ひどいことするんでしょ、そんなこと許さない! 十大神の裁きをうけることになるわよ!!」
「助けに来たんですよ。僕がひどいことするようにみえますか?」
人族で歳は俺と同じか下くらい。
暗めの金髪は長く、雰囲気は一見して可憐である。
月並みな表現かもしれないが、かなりの美少女だった。
俺をにらみつけて犬のように唸っている様子すらかわいい。
「うーっ」
「はぁ……」
縄を解くとこっぴどくやられそうなので、最後に回すことにした。
「あら、かわいい勇者さんね」
と余裕綽々な人もいれば、憔悴しきった人もいた。
「助けに来たんなら解きなさいよ!」
「解いたら何するかわかんないから嫌ですよ」
「うるさいやつだな。解いてやれ」
しぶしぶ縄を解くと、ワッと驚かしてきた。
ちょっと反応すると楽しそうな顔をする。
なんなのこの子。
年齢ゆえか、本人にはまだ恥ずかしいという概念がなさそうだ。
とはいえ目のやり場に困るので、ローブを着せてやると大層喜んでくれた。
少女を適当にあしらいながら、サグラとガレジェリと連携して被害者たちをまとめ、裏口を目指す。
上が何やら騒がしい。
銃声やけたたましい剣戟音だけでなく、時折悲鳴や物が壊れる音も聞こえる。
「何か来るな」
サグラは呟くと俺の手を引っ張った。
酒場の方にジェニングズとは別の、より大きな気が二つあるのを感じる。
一人はジェニングズと闘っていて、もう一人はこっちに近付いている。
「大丈夫です。この気は――――」
「お迎えにあがりました」
現れたのは、腰まである黒髪を揺らし、紺色のメイド服と純白のエプロンを纏う少女。
クケイである。
腰には小太刀を差している。
「遅くなり申し訳ありません」
「いいえ、おつかれさまです」
「リョウ様が私向けに魔力を残してくださったので助かりました。むしろラン様を説得する方が大変でございました」
「そうであろうな。クケイ殿ということはもう一つの強い気はネイか!」
「はい、心配されてお出ででしたよ。ところでそちらの殿方は……」
笑顔が消え、殺気をチラつかせる。
「僕たちに協力してくれた人です」
ガレジェリは頷く。
「そうでしたか、失礼いたしました。この盗人宿は間も無く領兵に制圧されます。恩人殿におかれましてはまた後ほど」
歓声があがった。
さっきまで強気だった少女は、ここにきて借りてきた猫のようになっていた。
クケイの雰囲気に呑まれたのかもしれない。
たぶん彼女はここに来るまで一人か二人手に掛けている。
心を読んだわけではなく、長年彼女と行動をともにしてきた俺の勘だ。
「上に本隊がいるということは表から出た方がよいな」
「おっと」
まだ安心はできないが、さすがに死亡フラグは折れただろう。
そう思うとドッと足にきたので、クケイに背負ってもらうことにした。
クケイは髪を一本結びにして前に持ってくると、鞄でも扱うように軽々と背負った。
今までが血生臭さかった所偽か、いつもより彼女の芳しさが際立つ。
化粧品や香水とも違う、彼女の香り。
端的にいうといい匂いで、ずっと嗅いでいたい。
酒場に入ると、傷を負って緑色の大男に縄を掛けられている人攫いの頭目ジェニングズが居た。
他の賊も次々に縄を掛けられている。
早くも制圧されているらしい。
緑色の大男は頭目を兵に連行させると、近寄ってきた。
全身深緑の肌、ジェニングズよりも体は大きく筋骨も太い。
この鬼とオークとトロルの混血種のような男こそ、サグラの親衛隊長ネイである。
「殿下、龍鯉様、御無事で!」
ネイが駆け寄ってきて礼をすると、近くの手隙な兵はそれに倣った。
「ああ、済まなかったな」
「……見失ったわれわれが悪いのです」
「ネイよ、見失った件では誰も罰してくれるな。全て余の至らなさが招いたこと。功を立てた者にはしかと恩賞を与えよ」
「御意」
「ネイ将軍、奥で寝ている人は僕と殿下が治した怪我人です。意識のない人もいるので取り敢えず僕の城に運んでくれませんか? 魔法で拘束している五人は捕えてください。一時間ほどで拘束は解けます」
「ううむ、どういうことですか」
「行ってみればわかろう。言う通りにせよ」
ネイは部下を率い、巨体を揺らしながら奥へ進んで行った。
「きゃあーっ!」
被害者の一人が叫んだ。
酒場の入口扉付近に、正座して俯きほとんど首の落ちた死体が一つあった。
領兵が検死している。
遺体は襤褸を着た人攫いたちとは違い、騎士風の立派な装いの男だった。
腰に差している得物からしても、鞘の造りが既にならず者の持つそれではない。
首は皮一枚繋がったまま地に転がり、小刀を握ったまま事切れている。
仰向けにすると、自ら小刀を深く腹に突き刺し十字に引き切った様子で、切創からは腸がはみ出ていた。
いわゆる切腹である。
この惨状なのに、血がさほど散乱しておらず、首の表情が安らかなことに違和感を覚えた。
クケイがその遺体をじっと見ている。
「クケイの襖裙があるってことは」
「この男は私が殺害いたしました」
「自害した様に見えますけど?」
「好い武芸者でした。肚を自刃し私の介錯を望まれたのです」
「切腹、ですか」
「はい、首を落として息の根を止めたのは私にございます。せめて気脈を止めて差し上げ――――」
「大丈夫ですか?」
「問題はありません。自ら肚を割きながら細かな作法まで指示するという豪胆さ。一つの生き方を感じさせられました」
少し腕の力強めて頬をクケイの首筋に当てた。
彼女の事が心配だった。
普段そういう方面であまり揺るぐことのない彼女が、珍しく感じ入っているからである。
「要らぬ心配をさせたようですね」
と、クケイは俺を一度背負い直した。
彼女の服は一切乱れておらず肌には汗をかいた痕もない。
実力はともかく、敬意を払っている様子から相当の相手だったのだろう。
こういった死にざまが美徳とされている流派か地域でもあるんだろうか。
連想するものはやはり日本。
室町から昭和初期位までの日本である。
「レディ=ブロックハンド」
ガレジェリはそう言うと、表情を強張せて遺体を見下ろしている。
「知ってるんですか?」
「人斬りレディって凄腕の用心棒……です。ここら界隈で知らないのはモグリでしょう」
「そうなんですか。って、どうしたんですか喋り方。突然丁寧になって」
ガレジェリは俺とサグラを一目ずつ見て、何も言わず顔を落とした。
凄腕の用心棒とやらがやられて萎縮したわけではない。
まるで目上に対するような態度。
「あの、リョウ様」
間を割くようにクケイが呟く。
言いたいことの察しはついていた。
「手続きが終わったらクケイの好きなように弔ってあげてください。多少の無理筋は僕がなんとかします」
「……感謝いたします」
彼女の首筋が少し温かくなったような、そんな気がした。
下士官であろう兵に呼び留められる。
「そちらの御仁には残っていただいてよろしいでしょうか」
「恩人なのでぞんざいに扱わないでください。被害者に着衣の手配を」
「はっ」
「ガレとやら、用が済んだら余とリョウの許へ一度参れ。話がしたい」
ガレジェリは神妙な顔で頷き、酒場に残った。
広場に出ると大勢の兵に敬礼された。
端の方にお縄にかかったジェニングズとその一味が居る。
ジェニングズは口を一文字にして、俺たちが広場を降りるまで悔しそうにじっと見ていた。
被害者たちとはここで別れた。
事情聴取するらしい。
噛みついてきたあの子、可愛かったな。
クケイが来たあとは、俺とクケイをちらちら見比べていた。
少々粗暴で、不利な状況に動じない無謀ともとれる胆力。
しかし佇まいを総合的にみると家柄は悪くなさそうだ。
「下の通りに迎えの馬車を二台用意させております。……カーシャ様がお待ちです」
「怒っておるだろうな。こやつの寝顔も楽しみたいしそなたらの方に余も乗ってよいか」
サグラは目を瞑り心底嫌そうにしていた。
ならちゃんと人のいうことをですね……。
「おおせのままにされても、カーシャ様のお小言は避けられないかと存じます」
「説教は城に着いてからがよいな」
カーシャの説教は侍女の間でも噂になるほどのもので、一度説教されてるのをみたことがあった。
あの怖そうな侍従長ですら止められない勢いで叱り続けるのだ。
その時は俺が通りすがったことで終了した。
今回は何時間コースなんだろうだとか考えていると、うとうと睡魔がやってきた。
耳に入る雑談も子守唄レベル。
クケイの背で揺られながら自然に考えるのを止め、意識を手放した。




