第三十九話「八つ当たり」
人攫いの酒場、奥に併設された宿部屋。
俺はというと四人を治療し終えて一休みしていた。
目が覚めたのは三○分後だ。
起き上がり周りを見渡す。
サグラは同じベッドの上で胡坐を組んでいる。
どうやら俺は、王子のふくらはぎを枕にしていた。
四人組は横になったまま、ガレジェリは帰ってきており、わら半紙に何か書いている。
眼を見開いて己が股座に手をやってみた。
さり気無く、周りに悟られないように。
ブツはついてない。
戻ってないのか……。
現在の性別は女だった。
一昨日の朝から女だった。
今日の朝も変わっていないし、先の昼寝でも変わっていない。
「薬はこれでいいか?」
「ひゃい!?」
場も弁えずアンニュイしている所に突然話しかけられて、声が裏返った。
「こっちがびっくりしたわ」
ガレジェリに、おっかなびっくりわら半紙を渡された。
わら半紙には薬名の羅列。
二枚目があったので捲ると、スヴァルガ語の整った書体で『外で得物を揃えて罠を張っている』と大きく書かれていた。
ガレジェリは口元に食指を発てている。
気を探ってみると、部屋の外に殺気を隠せてないのが一人。
隠そうと努力してるのが四人。
人攫いの頭目ジェニングズは、俺たちの商品価値に気付いた。
未来視通り売り飛ばすかしたいのだろうが、俺がみたのと比べると気付くタイミングはかなり遅い。
「兄弟、どうした?」
モローは寝たまま呟いた。
「モローさ、前に話したこと覚えてるか? 五丁目の高級娼館でさ」
「五丁目の娼館っていったら沢山あんだろうが」
「ほら、本番前に泡で洗ってくれるとこだよ」
「あー、あの日ね。覚えてるよ」
「……今日な、見つかったんだ」
「お前の師匠が言ってたやつだろ? そりゃめでたいな。何もできねぇけど応援してるわ」
話し終えると恥ずかしげもなくハグをした。
男泣き。
まるで今生の別れの如く二人して静かに涙していた。
話はみえないが、決して悪いことではないように感じる。
「兄貴ィ入るぞぉ」
ノックもせず、狭い部屋にぞろぞろと、賊の男たちが闖入してきた。
二人が話し終えるタイミングを見計らったかのようだ。
「ガキども、お頭からのお達しだ。『ここで死ぬか、大人しく商品になるか』だそうだ」
「領外へ出る話はなしですか」
「知らねぇよ。拒んで人質とるようならコレで兄貴たちごと殺せって言われたんだよ」
賊五人は銃を構えている。
率いる小太りの男は中折れ式の二連小銃、下っ端四人は領兵が使うマスケット銃。
「規制が厳しく集めるのも簡単じゃないでしょうに、高かったでしょう?」
「うるせえ、おかしな真似したら撃つからな!」
小太りの男はおそらく豚か猪系の亜人だ。
声こそ荒っぽいのに、向いた銃口は微妙に震えている。
俺はこの豚鼻に少々の嫌悪感を覚えていた。
こいつは複数の破滅的結末のなかで、俺が薬でよくわからなくなってる時、頻繁に会いに来たやつだ。
断片的な情景の一コマとはいえ回数が多すぎて印象深い。
人攫いたちにひどい目にあう将来では、四人組はある時こいつを殺し、そこから内紛に発展する。
そんなことより、たかが五人とは。
もしかして、気配を完璧に消せる達人でも部屋の外に用意しているのか。
いや、疑心暗鬼に陥るのはよろしくない。
考え過ぎると往々にして敵の策に嵌ってしまうものだ。
状況をありのまま受け入れるべきだ。
「リッターよう、本当に俺らごとと言われたのか?」
「そうですぜ。お頭は急かしておいででした」
モローは目を瞑り、もう何も言わなかった。
「……下衆め」
サグラは吐き捨てるように呟く。
「俺らだって兄貴ら殺りたかねぇ。大人しく繋がれてくれ」
「貴様らの肥やしになるなら死を選ぼう」
「僕も同感です。ただし、ここで殺されてあげますので、この人たちは巻き込まないでください。折角治したんですから」
「いいぜ。そっちの方が気は楽だ」
「あと死ぬ前に少し兄上と話をさせてください。最期くらいお願いします……」
なるだけ媚び、懇願するように小太りの目を見つめた。
泳いだかと思えば気まずそうに目を逸らす。
「し、しゃあねぇな三分程度で済ませろよ」
ム○カじゃあるまいし。
「待て! 何勝手に話を進めてるんだ。俺は今君らに死なれちゃ困るんだよ」
「ガレジェリの旦那も諦めてくだせぇ。邪魔するなら、いくらモローの兄貴の親友でも容赦しませんぜ」
ベッド上で胡坐を掻くサグラの懐に入り、肩に肘を掛けて頭を抱く。
何やらサグラの息が荒い。
「ご安心ください」
「む、覚悟を決めたのではないのか?」
本当に死ぬ気だったようである。
王子がここで死ねば俺も自動アウトなんだけど……。
「死ぬのは怖くありませんが、殿下を死なせるのはいけません」
「それでは如何様にする?」
「あれくらいの銃器ならどうとでもなりますよ。でも、もしものときは僕を置いてお逃げください」
「絶対に置いては逃げん。そなたを守護るときめたのだ」
「……その心意気は嬉しいですが、ちゃんと判断してください。僕は前に、どんな些細な約束でも守るようにお教えしましたね」
「うむ」
「あれには裏の心得もあります。正義と信義を守ることは大切なことです。しかしそれを常に実行することは害にもなり得ます。本当に誠実である必要はなく、誠実なように見せかけることが重要な時もあるんです」
「余にそなたを見捨てるようなやつになれというのか」
「兄上……いえ、殿下は誰からみても正義と信義を守る貴公子です。あとは最悪に備えて意に沿わぬことでも実行する覚悟と胆力を備えていれば、将来名君となりましょう」
「……、」
君主論のマキャベリ曰く、世の中の名君は信義などほとんど考慮にも入れないで、人を欺く術を知った者たちばかりだったという。
現実は残酷で、どの世界でも非情で狡猾な者たちが信義を守る誠実な者たちの上に立つ。
サグラは莫迦正直なところがある。
このままのサグラであって欲しい反面、将来帝位につくかもしれないのなら、生き残るための選択肢を取れる人間に成長してほしかった。
「わかった。わかったが、そなたに死なれたくないのだ。まだ名で呼ばれたことすらないのに」
「なに言ってんですか――――」
「まだかぁ?」
「すみません。もういいですよ」
「んじゃさよならと行こうや」
賊どもの銃を構える腕に改めて力が入る。
いつ引き金を引いてもおかしくない。
「この少年たちが死んだら俺は生きてる意味がない。リッター、もし殺したら殺すからな!」
ガレジェリが凄むものの、当のリッターは見向きもしない。
ただ、返事をするように一言呟いた。
「……かわいいのに勿体ねえな」
言い終ると同時に、無数の乾いた銃声が響く。
向けられた銃口から弾丸が飛んで――――
来ない。
厚い透明な膜が銃弾を阻む。
弾はベッドの手前で止まっている。
「魔法障壁」
右手を振る。
銃弾を受け止めていた膜が倍以上に広がり、銃を構える賊に向かって襲い掛かる。
「なん、だこりゃあ」
賊五人は悲鳴をあげながら魔法障壁に呑みこまれていく。
宙に浮き、やがてゆっくりと壁にペトリと張り付いた。
トリモチに引っかかり身動き取れなくなった鼠のように。
「(リッターは買い手の決まった商品に――――……)」
五人にだけに聞こえるよう念話を飛ばすと、ピタリと口を噤んだ。
リッターは困惑気味に顔を上気させ脂汗を垂らし、それを四人が横目でみている。
一人はあからさまに蔑んだ視線を送っていた。
未来視の内容はまだ起きてないとはいえ、散々なものを見てきたからな。
こいつの規律違反を暴露したのは完全に八つ当たりだ。
殺されないだけマシと思っていただこう。
「俺の腕が動かないのは君が?」
「放しますので腰のナイフから手を放してください」
「あ、ああ……」
ヴァトファーシオでガレジェリを掴んでおいた。
撃ったと同時にナイフを抜き、リッターに飛びかかろうとしていたのだ。
「この魔法障壁は一時間くらいで消えます。あとはモロー、あなたの好きにどうぞ」
「わかった。俺もついていきたいところだが、こいつら三人を置いていけねえ」
「僕はリョーリといいます。もしお役人に捕まったら僕の名前をだしてみてください。死罪は免れるかもしれませんよ」
「俺らみたいなやつにどうして? さっきまで敵だっただろ」
「気が向いただけです」
「兄弟が見つかったっていうくらいだ。やっぱ嬢ちゃんは領主サマの……そっちの美少年はもしかしてもっとやべーお方か?」
「……、」
「リョウ、どうしたのだ」
少しばかりの眩暈。
おそらく疲れからだろう。
意識が飛びそうなのを耐えて、サグラの腕に寄り掛かった。
「さて、外へ出ましょうか」
頬を両手でパンッと叩き、気合を入れてサグラの膝から勢いよく飛び降りる。
「表は人が多い。裏口へ案内しよう」
「お願いします」
「俺を信用してくれるのか?」
「ええ、まあ。騙そうという風にはみえないので」
「ガレとやら頼むぞ」
「兄弟、死ぬなよ」
部屋を出る直前、もやっとするので一度だけ小太りの腹を殴っておいた。




