第四十一話「はじめての介錯」
※流血表現注意
アンガーの領都ティンバラ。
龍鯉が人攫いとやり合っていた時、クケイは中区と東区を渡す関所にいた。
クケイははぐれたことを問題にしてなかった。
異変があれば龍鯉が機転を利かせるだろうし、なにより彼を信頼していたからだ。
手洗い程度の魔法はいつものこと。
ところが突然、戦闘で使う様な消費魔力の大きな破壊魔法。
そこで異変に気付いた。
正室ヒミカに報告して兵を手配し終わるころには、龍鯉の魔力と見知らぬ内力同士がぶつかり合うのを感じる。
間も無くして、クケイは鸞子を説得することとなった。
「なんで駄目なの!?」
「リョウ様はそれをお望みにならないからです」
「望まなくても私は行くわ!」
「いけません」
「リョウのいうことは聞くのに、なんで私はッ……」
「どうしてもとおっしゃるなら無理にでも――――」
「そんな真似できるの? 侍女ふぜいが偉そうに!」
「できないとでもお思いですか」
クケイは真っすぐ見た。
鸞子の視線は次第に強くなり、
「クケイなんて大っ嫌い!!」
かわいい弟が心配なのに何もできない。
大人しくしているのを最良と理解しているのに、苛立って感情を外に発散しているのだ。
鸞子はわからない子ではない。
ゆえにクケイは鸞子を真っすぐに見た。
獣のようだった強い視線は段々緩くなっていき、表情を崩してじわりと涙ぐむ。
「うぅ、ひどいこと言ってごめんなさい……」
クケイの胸に体を預けると、堰を切ったようにポロポロと涙を落とす。
「……カーシャ様と馬車で近くまで御出でなさるくらいはよいでしょう」
「ううん、城で帰りを待ってるわ。これ以上気を揉ませたくないもの」
「ではどうかマーグラ様のお側に。きっと取り乱しておいでです」
「うん」
クケイは相好を崩して頭を撫で、ハンカチで涙と洟を拭き取ってやる。
「気を付けてね」
穂先の外された槍、身長を上回る長さの長剣、小太刀を前に考えた。
「(この二つを使うまでの敵はいないでしょう)」
クケイは街着からメイド服に着替え、故郷の民族的な意匠の上着、漆黒に誂えられた襖裙を羽織る。
小太刀だけを腰に差して、関所から東に向かって空を駆けた。
***
ティンバラ東区、繁華街外れにある広場。
男女が酒場の前で談笑している。
「なんだったんだよあのガキども」
「お頭の話じゃここの領主の子かもしれないって。噂の龍鸞姉弟」
「忌み子のほうだろ? 陰謀めぐらせて長男と側室を失脚させたのはやつだって裏社会じゃもっぱらの噂だ。レディのおっさんまで呼ぶはめになるとは、邪神のなんとかってのも真実かもな。で……あの二人いくら位になると思う?」
「あの有名な双子だよ? セットなら金貨2万枚、片割れだけでも8千枚はくだらない。政治が絡むと無限に跳ね上がるからね。少年のほうも買い手によっちゃ金貨200枚くらいにはなるんじゃない」
「それだけあったら本家も破門解いてくれるだろうな」
「カネで解決できたらいいけど、お頭は戻る気あんのかねえ」
「……もしさ、今回上手いこといったら足洗って俺と一緒に商売でもしねえか? 帝都に移って死ぬまで悠々自適に暮らすんだ」
「イ、イキナリ何言ってんの!?」
男は女の肩を抱き、
「夢くらい語ってもいいだろ」
「ま、まあね。上手くことが運べば考え――――」
男女はそのまま動かなくなった。
目を開けたまま、瞬きもしない。
ぬるり。
突然、クケイがその場に現れる。
気配と姿を消し、点穴を衝いて門番たちの動きを封じたのだ。
次いで親衛隊長ネイとその配下十一名が姿を現した。
広場を出入りする三ヶ所の小路には領兵を三個小隊一八〇、裏口に一個小隊六〇、さらに後詰めに一個中隊二四〇も用意。
クケイは龍鯉の魔力を順に追った。
屋台→繁華街の路地→小路→広場。
この広場には、特に濃厚な魔力が残っている。
「あの酒場からリョウ様の魔力と殿下の気を感じます」
「このまま突入してもよいですが、何かお考えは」
「腕を韜晦させた達人がいるやもしれません。まず私が堂々と入ります。問題なければ内力を震わせますので、お入りください」
「承知いたした」
クケイは音も立てずに階段を降り、古びた木扉を開ける。
喧騒。
酒を呷る者もいれば、銃や剣を机に並べて殺気立っている者もいた。
亜人が多い。
「何だァお嬢ちゃん。どこの使用人だ?」
クケイは返事もせず周りを見渡す。
奥にひときわ大柄な男と、刀と脇差を差した騎士風の男。
一目で二人がここの実力者と判断する。
騎士風の男と目が遭った。
クケイは内力を振るわせ、わざとらしく殺気立つ。
内力による独特な熱気と、凍てつくような殺気が共存し、空間を支配。
酒場全体が一瞬にして静かになった。
「おい兄弟、聞いておらんぞ。あんなもんがくるとは」
「……、」
男の問いに大柄な男ジェニングズは答えない。
椅子に座ったまま、汗を垂らしている。
そうこうしているうちに、ネイと領兵が闖入してきた。
「私が何をしに来たかおわかりでしょう?」
「某もこいつらも稼業人の端くれ。ただでお縄に掛かるわけにはいかぬ」
騎士風の男が気勢を上げて近付いてくる。
クケイは軽く息を吐いた。
「では武林の掟に従いましょうか」
「平群ホウチ流皆伝、レディ=ブロックハンド」
「八監派奥伝、クケイと申します」
「……貴殿はもしや噂に聞く『黒衫子』か。一時期江湖を騒がし突如姿を消したという」
「……、」
間合いは五歩分。
レディは得物に手を掛け制空権に入ろうと、
「ッ……!」
する前にクケイは斬った。
無音。
腰に差す小太刀。
自然体で構えてすらおらず、抜刀と納刀の動作は肉眼では見えない。
レディは柄に手をやったまま、汗が頬に一筋流れ、顎から一粒落とす。
斬られたところには傷一つない。
「先へ進ませていただきますね」
「ま、待て! まだ……」
レディは今一度、クケイの制空権に入ろうとする。
いや、すでに入っていた。
「ッ……!!」
クケイは再び斬った。
が、傷はない。
「次は本当に斬り落とします」
「……、」
レディは言葉を失っていた。
「わけのわからねぇことを! この俺がわからせてやる!!」
三下がクケイに殴り掛かる。
クケイはその拳を軽く掌で受けると、耳にしたくない音が酒場内に響いた。
前腕の橈骨と尺骨、二本の骨が肘から飛び出ていた。
「おッ、俺の腕が……ああッ……誰か、助けて」
殴り掛かった三下は腕を抑えて丸くなる。
仲間がやられているというのに、他の有象無象は動こうともしない。
「世の中広いなぁ。こんな小娘に……」
「では」
龍鯉の気配を感じる奥へ進もうとした時だった。
「待て!」
レディは服のボタンを引きちぎり、己が肚を見せて脇差で刺した。
酒場はざわつくが、クケイは一切動じない。
「某を介錯してくれぬか」
「(早々にリョウ様の許に参りたいのですが)」
優先順位で言えば龍鯉でありそのご意向。
だのに、武術家としての義侠心がクケイの口を動かした。
「……どのように」
レディは口角を上げ、肚に脇差を刺したまま両膝を突く。
「某はこの脇差を横に引き、鳩尾から下に十文字に引き切る。そのあとすぐ首を斬り落とし皮一枚残してくれれば有難い。貴殿の腕なら間違いないだろう」
「承知いたしました」
「北……はこのままであってるな」
腰に掛けたひょうたんを開け、酒をぐびりと飲んだ。
クケイは切腹人の後ろに回る。
「なぜ、先に肚を突いたのですか」
「そうでもしなければ、貴殿は取り合ってくれそうになかったからな。年端もいかん娘に介錯させるなどウチの流派の歴史で某だけだろう。あの世で先達は蔑むだろうが師匠はきっと笑い飛ばしてくれるわ」
「せめて経脈を――――」
「封じるなよ、それがウチの作法だ。おう兄弟、しかと見届けろ」
ジェニングズは汗をかき、瞬きもせず兄弟分を見据えている。
クケイはそれ以上訊かず、小太刀を抜いて八双に構えた。
「……介錯は八監派クケイが」
「いざ!」
レディは宣言通り十文字に引き切った。
同時に小太刀を振り下ろす。
やはり無音。
太刀筋は見えず、すでに八双に戻っているが、見事に皮一枚残して首をほとんど斬り落とした。
胴体は頭の重みに負けてうつ伏せになる。
肚の切創と首の断面からは、無様に血は噴き出ない。
少しずつゆっくりと血だまりを作った。
レディがクケイを見て、口を微妙に動かしている。
次第にそれは弱々しくなり、開き切った目の生気が自然に消え、血の流れは止まった。
クケイにはそれが感謝の言葉に聞こえた。
「お見事」
そんな言葉が自然に口から出る。
羽織っていた漆黒の襖裙を遺体に被せて、
「先に行きます。あとはお任せしますが、レディ殿の遺体は粗末に扱わぬようお願いいたします」
「承知」
クケイを阻む者はこの場に誰一人としていない。
姿が消える同時に、銃撃と剣戟の音が鳴り始めた。
「遅くなり申し訳ありません」
「いいえ、おつかれさまです」
奥へ進み下へ降りると、龍鯉たちが居た。
なにやら大勢の人たちを従えている。
この修羅場においてアイザール王サグラを無傷に、しかも人攫いの被害者らしき者たちまで救っていたのだ。
先の切腹に関して逆に心配までされてしまった。
さすがはご主人様だとクケイは思った。
***
騒動の後処理が終わったあと、龍鯉のはからいでティンバラスール城の共同墓地に墓を建立。
レディの脇差には辞世の句が刻まれていた。
『願はくは 兵とまみえ 閉眼せんことを』
遺体と脇差はともに埋葬し、愛刀は頂戴。
クケイはレディに対しある種の感動を覚えていた。
今まで斬り捨ててきた者に、ここまでさっぱりした人間は居なかったからだ。
初めて悪党以外の人間を斬った気がする。
これまで悪事は重ねて来たのかもしれない。
しかしどうにもレディのことを悪く思えずにいた。
一人悩んでいるといつも龍鯉は察して、手を繋いだり一緒に居てくれる。
感動と複雑な心境を龍鯉にだけは理解してもらえているようで、クケイは幾分か心が軽くなるとともに、幸せを感じるのだった。




