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第三十八話「取引」

 ティンバラ東区の外れ、人攫(ひとさら)いたちの酒場。


 頭目ジェニングズに誘われ、そこへ入った。

 木扉を開くとすぐに店が展開されて、かなり広めな飲食スペース。

 

 ジェニングズは、人族の大男。

 筋肉モリモリマッチョマンといえば、わかりやすいか。

 堂々とした見た目と態度に反し、先ほど(たお)した四人組たちよりも警戒心、特に猜疑(さいぎ)心が強かった。

 俺も疑う方だが、なんというかこいつは常に何かに怯えている。


「武派系上流貴族の坊ちゃんたちといったところか。それも領主に連なるそれだ」


 あたらずといえども遠からずといったところ。

 さすがにスヴァルガの王子と領主の子がここに居るとは思わんだろう。


「金貨10枚と銀貨少々くらいじゃなあ。こちらは手下の大勢と幹部までやられる大損害(こうむ)ってる。もとを取るためにも奴隷にして売り飛ばしたいんだが」

「そりゃ困りますね」

「ふん」

「……いまからでもティンバラ、いや、アンガーから離れてください」

「俺らにここで築き上げてきたシノギを捨てろというのか?」

「このままだとウチの者がここを見つけてあっという間に制圧しますし、なんならもうひと暴れしてみてもいいですけど?」


 この言葉でジェニングズの顔色が変わった。


「ここで僕たちと無駄に殺し合ったり、捕まって死ぬよかマシでしょう。アンガーの外に出れば捕まることはありません。僕たちは……そうですね、ティンバラを出るまで一緒にいてあげましょう」


 商品にしない代わりに、大怪我させた幹部連中の治療と、アンガー領外へ逃げ切る保証を提案。

 今商品になってる人たちの解放を求めると、キレられた。

 この期に及んで商売のことを考えているはずはない。

 単なる主導権(イニシアチブ)の取り合いである。


 結局、出された茶菓子には手を出さなかった。






 酒場の奥へ案内され、宿部屋の一つに入る。

 長方形の手狭な部屋にはベッドが五つ、そのうち四つに例の四人が寝かされ、真ん中のベッドには包帯と薬箱が置いてある。

 

「君らがやったのか、コレ」


 深い灰色の短髪に右耳には銀のピアス。

 左頬から首に掛けて黒いべた塗りの刺青している男が話しかけてきた。

 細身で背は高い。

 名前はわからんが、先の未来視で何度かみた顔だ。


「ええ、まあ。あなたは医者ですか」

「俺ぁここの客分だよ。ここにゃまともに治せるやつがいねぇから仕方なくやってるのさ」

「それはお疲れさまです」

「ふぅん」


 刺青男は顎に手を当てて、上から下まで値踏みするようにみてきた。


「失敬なやつだな」


 王子サグラが不機嫌そうに呟く。


「悪かった。君らの人相と雰囲気が見惚れるほどいいもんだからさ」

「どうも。それより現状を教えてください」


 刺青男に状況を教えてもらう。

 症状の重い順に処理していくことにした。

 

 まずはエドヴルからだ。

 正面の肩から下腹にかけて左右対称に太く長い切創がある。

 刺青男が糸で縫って止血剤を塗っていた。

 抜糸し、ささやかなる癒し(モールディシスサルティム)で治療。


「完全に外傷は治してるので痛みはないと思います。もし痛むようならその都度痛み止めを与えてください。沢山血を流して軽い内傷もあるので食間か食前に強壮剤を、食欲が湧いたら赤身肉を中心に」


 本当は感染症対策に抗菌薬も欲しいところ。

 城に戻れば一応あるが、スヴァルガで抗菌薬はかなり貴重だ。

 

「お、おう」

 

 刺青男は若干引きながら、メモを取った。

 次はクール。

 腹に思い切り蹴りを喰らっていて、内臓の損傷が激しい。

 

ささやかなる癒し(モールディシスサルティム)だけじゃ完全には治せないので、兄上おねがいしますね」

「ぬ?」

「(殿下と呼ぶわけにはいかんでしょう)」

「ああ、そうだな」

(はり)は僕が打っておきますから、しばらく腹を中心に気を与えて下さい」

「わかった」

「物質的な内臓の傷は治しました。内傷の治療は時間がかかります」

 

 次はモローとミルドである。


 二人とも全身にうっすら電撃傷がみえる。

 体内の熱傷は未知数で、鼓膜と瞳は診たところ無事だ。

 手加減していたとはいえ、俺の小魔の雷撃(ディアボルトゥニトゥルア)で死ななかったのは本人らの強さだろう。


「やけどを治します。服を脱がすので……」

「ガレジェリだ。ガレでいい」

「ガレさん、脱がすの手伝っていただけますか」

「おう」


 モローから施術を始める。


 感電による鮮やかな樹状の電撃傷。

 電気が通った後に絶縁破壊してできる、リヒテンベルク図形ってやつだ。

 こういったやけどは見た目以上に重い。

 要所ごとにささやかなる癒し(モールディシスサルティム)を集中させ地道に施療することにした。


「起きたんですか」

「嬢ちゃ……ん? どうなって……あーそうか」


 モローは負けたという事実にショックを受けているようで、己の腕で目を隠した。


「だから僕は男ですって」

「お前が負けるなんてなぁ。しかも子供にさ」


 ガレジェリが笑いながら煽るように言うので、モローは起き上がるような素振りをみせる。


「うるっ……せぇ! がっ、()っ……」

「皮膚だけじゃなく内臓や筋肉もズタズタになってますからね。あまり動かないでください」


 寝てくれてた方がよかった。

 ジロジロみてくるのがウザくてしょうがない。

 しばらくするとガレジェリはもはや笑いを堪えられないとばかりに、


「モロー、治してもらってるのにそりゃいかんと思うよ」

「しゃあねぇだろ。お前も嬢ちゃんに触られてみろ」

「……、」

 

 モローの立場になればわからんから文句は言わんでおこう。

 同じ目に遭えば、俺もきっとそうなる。


 悟りを開いた僧のような境地で、無心、無表情になって施療。


「しばらくは血尿がでるかもですが、しっかり機能してますし大丈夫でしょう。後遺症がないことを祈ってください」

「本当か」

「専門じゃないから過度な期待は……って」


 脈を測る最中に襟元へ手が伸びて来たので、(はた)き落とした。


「丁寧な言葉づかいもいいな……。やっぱ嬢ちゃん女だろ」

「触るな」


 モローはめげずによろよろと腕を動かす。

 その度、軽く叩き落とした。


 次はミルドである。

 

「おい、なんで先にミルド治さなかったんだよ!?」

「単にあなたの方が重傷だったからです」


 それにミルドの方が生命力豊かで、死ぬ心配がなかった。


「く……嬢ちゃん。ミルドにも、俺にしてくれたみたいに綺麗さっぱり傷跡を無くしてやってくれ。背中の神紋が崩れないように、頼むよ」

「わかりましたから大人しく。女性なので一応衝立を」

 

 モローと同じように、施術は滞りなく済んだ。

 

 胸部の少し上から肩と尻にかけて、彼女の背中には『神紋(しんもん)』と呼ばれる刺青が施されていた。

 腕の四本ある美しい女神、少なくとも十大神のどれかじゃない。

 書物によれば、神紋は普通の刺青と違い物理的に彫るのではなく、魔術的な術式を用いて宿すもの。

 体に宿せばその神から加護を受ける、と信じられている。

 

 種族は不明だがきっと魔族だ。

 灰色の肌はしっとりとしていて、体つきは女性的な魅力に溢れている。

 しっかり脳裡に焼き付けておこう。


 全員一通りの治療は終了した。


 これだけ四人を親身に治療したのには理由がある。


 ……あの時、このミルドが飛ばした長鍼(ながばり)をサグラが受けていれば、俺は終わっていた。

 長鍼に塗られた毒は彼女が独自に配合したもので、普通のモノじゃない。

 邪気よ去れ(ネグァヴィンピオス)じゃ治せない毒だ。

 四人全員は瀕死にならず、この毒の治療をめぐって不利に追いやられる。

 俺たちの商品価値も知られて、促されずとも逃亡計画の実行。

 みえた限りではそこから五つの破滅的結末(バッドエンド)に繋がるのだ。


・形勢不利なまま成り行きで売り飛ばされて詰み

精神感応(テレパス)に頼り過ぎて、その隙に薬を盛られて詰み

・薬漬けにされ人攫いたちにひどい目にあい詰み

・開き直って頭目や人攫いたちを(ほふ)るが、サグラの死で詰み

・売り飛ばされた先から救出されるが、サグラの死で詰み


 薬漬けにされて死ぬか、サグラの死から政治的な理由で処刑されるかの二つ。

 本当はもっとあるのかもしれない。

 ちなみに、ミルドの心は精神感応(テレパス)の強度を強めればある程度読めるが、種族ゆえか従わせることは難しい。

 頑張ればいけるかもしれないが、こだわれば詰む。

 

 破滅的結末(バッドエンド)は確実にみえても、やはり経緯は断片的にしかみえない。

 情景の健康状態そのまま、臨場感たっぷりにみせてくれる。

 

 人攫いたちにひどい目にあう将来で、四人組は、おそらく俺を助けようと内紛を起こす。

 その時の俺は薬に酔い()()()()()()()()()()()()、どうあがいても詰み。

 まだ起こってもないことなのに、少しだけ、ある種の親しみを感じていた。

 

「どうした少年」


 ガレジェリの声でハッとして、首を振る。

 どうあれ、俺は詰みにならなそうな道を選んだ。

 今は今に集中しよう。

 

「目のクマは消した方がいいですかね?」

「この女、化粧の時いつも気にしてたから、ついでに消してやれ」


 ガレジェリと目を合わせる。

 恐らく思ってることは一緒だろう。


「はい」

 

 予想通り、クマの無いほうが彼女は断然に美しかった。

 彼女がまた少し不摂生をすれば目のクマはできる。

 起きたらまた戦闘時のような悪態をつくのかも知れないし、今のうちだけでも綺麗な彼女を見納めておきたいと思った。


 ガレジェリは俺の処方をまとめると、部屋を出た。

 

「大丈夫か? 見張っておくゆえ、少し横になれ」

「お言葉に甘えます」

 

 真ん中のベッドに横になる。

 木綿仕上げ。

 ふだん寝ている高級ベッドと比べると、臭くて肌触りも悪い。

 寝心地最悪なはずなのに疲れからか天国の様に思えた。


 眠い。

 モローに視姦されるのもお構いなしに目を(つむ)ると、一瞬で意識が落ちた。

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