第三十七話「四人組」
ティンバラ東区、歓楽街の外れ。
人攫いたちを追い、入り組んだ路地や階段を尾行しているうちに、円形の広場に出た。
汚い石畳に、広場中央には鉄の大皿で造られた篝火。
その広場で約一〇〇名ほどの人だかりに囲まれているのは子供二人。
俺と王子サグラである。
アジトを見つけたところで人攫いの頭目っぽい集団と遭遇した。
そこからサグラが安っぽい煽りに反応して、交戦する羽目になったのだ。
俺は魔法と掌打で、サグラは剣術と掌打。
二人で二十数名ほど叩きのめしたところで、空気が変わった。
「なぁにこのかわいい坊やたち」
「もしかしてさっきモローが話してた貴族の小僧ってこいつらのことか?」
「んなわけ……ってマジじゃねぇか!」
「子供が大人をこれだけ斃すなど尋常ならざることだ」
人だかりの中から男三人に女一人。
明らかに三下とは違う。
おそらく人攫いどもの用心棒か幹部だろう。
路地に居た黒布を頭に巻いた男もその中にいる。
「モローの兄貴ィ、大きいのは強いし、この小さいのが魔法使ってきて特にやべぇ」
「わぁったから退いとけ。親父が見てる前で恥かきたかねぇだろ。もうかいちゃったか」
モローと呼ばれる黒布の男が手を振ると、人だかりは一斉に引き、退路を固めた。
篝火の横で、頭目らしき大男が腕を組み押し黙っている。
「僕たちは迷い込んだだけなんですよ」
「はあ、さっき見かけた時からなんとなく嫌な気はしてたんだよ」
警戒心が強いし内功もそこそこ。
精神感応で彼を従わせるのは骨だな。
「けっ、叩きのめしてゲロらせればいいだけじゃない!」
灰色肌の女が横から吐き捨てるように物騒な物言いをする。
上品な暗めの茶髪。
耳は尖がっていて、肌は灰色なのにわかり易く目下に隈があり、白目は黒い。
背が高くスタイルはいい。
黒紫の魔女っぽいローブは胸とふとももの一部がはみ出ている。
声は酒枯れしており、美人なのに生活習慣で損してそうな女だった。
男二人は剣士、モローと女は空手。
サグラはそこらで拾った剣を二本構えている。
「それもそうだな」
モローは女に促されて他の二人に目配せする。
四人同時に動き出した。
ギギン!
まず、重い金属音が二つ鳴った。
サグラと剣士二人。
「俺はエドヴル、サビス派の上伝を納めている」
「同じく上伝、クールという」
二人は剣を拮抗させたまま名乗る。
エドヴルは黒髪に肌が浅黒く筋肉質。
クールは暗めの濃い茶髪に肌は白くやや細身。
二人とも手練れの風格を漂わせていた。
「私は北虎林流の中伝……かな」
「中伝程度では俺たちと張り合えるはずがないだろう」
「我が派は貴殿らの派と違いみな優秀なのでな」
「舐めるな!」
けたたましい剣戟音が広場に響き渡る。
サグラは二人の攻撃を上手くいなし、互角に渡り合っている。
ちなみに北虎林流は王子の親衛隊長ネイの所属する流派である。
サビス派は聞いたことないので、おそらく無名流派。
剣戟を横目に、モローが調子良さそうに灰色肌の女を引っ張り、俺の方へやってきた。
「俺とミルドはこっちの可憐な美少女♪」
「俺男なんだけど」
「え、マジか!? ……いいや、メスの匂いがするな。でもこんだけ可愛かったらどっちでもいいか。嬢ちゃんが男なら俺の沽券にかかわる、責任とってくれ」
「意味がわからん。調子乗ってんじゃねぇよ」
そこまで言う程イラついているわけではない。
悪態をつくのは、肚を括るというか、湧いたいろんな感情を代謝するためのルーチン的なものだ。
モローは両手をワシワシと動かして、
「ひん剥いて確かめてやろうか」
「あたしは小さくてかわいい坊やの方が燃えるよ」
「さぁて、嬢ちゃん、俺はモロー、こっちの女はミルドってんだ」
「男だっつってんだろ」
「今降参してくれたらお兄さんが悪いようにはしねぇよ?」
「きもちわるい」
「きっ、きも……!?」
モローが額に手を当て、大袈裟にショック受けた仕草をすると、
「ったく面倒だね」
ミルドは無視するように言い放ち、空手のまま一気に肉薄してきた。
ミルドの攻撃は掌打から始まった。
瞬く間に三手、四手とテンポよく体術を繰り出してくる。
素手に痺れよを纏わせ受けに徹していると、少し間を置いてモローも殴りかかってきた。
モローは拳闘スタイルで、蹴りを織り交ぜる器用さがある。
ミルドは色んな流派の技を、陰の気と魔力を使い器用に攻撃してくる。
正直なところ楽しかった。
こいつらはそこそこ強い。
しかし、痺れよの効きが悪いな。
先ほどの三下たちには一撃だったんだが。
全く効かないわけではないが、二人は内力を全身に湛えて保護していた。
「嬢ちゃん魔術師じゃなかったのか?」
「……、」
モローの右フックを、弧を描くように手首と上腕で受け、そのままミルドの方へ流す。
ミルドはモローをやり過ごすために二歩分後ろに下がり、
「ずあっ!」
再び肉薄し、鋭い貫手が俺の左頬を翳めた。
「あっ」
ミルドに奥襟を掴まれた――――
――――のはあくまでフリ。
窮地を装いながら伸びきった右腕の肘関節を取り、体勢を崩させた。
「!?」
膝を突いたミルドにすかさずぶっ飛べを撃ち、十歩分一気に後ろへ跳んだ。
「おっ、おおッ! 体が勝手にぃぃッ!!」
ミルドは叫びながら黄緑色の閃光とともに広場の外まで飛ばされていく。
と思いきや、魔力を払い除け、中空で翻った。
「てめぇよくも!」
モローが詰めてくる。
間合いは五歩。
「歪な炎!」
両手から極太の暗赤色の火炎を二つ放射する。
こいつらなら死なないんじゃないかと、威力を三割程度にセーブして放った。
ミルドは中空で内力を高めて掌風を巻き起こす。
同時に地に居るモローも息を大きく吸い右手をかざし、見事に歪な炎を受け止めた。
「うひゃっ、嬢ちゃんすっげぇ魔法だな」
「熱ッついね!」
魔法を横に流すように仕向けて、気の奔流との均衡を上手い具合に崩す。
「うわちっ」
モローは煩わしそうに、残った火の粉を払っている。
次の魔法『小魔の雷撃』の発動準備を終えようとした時だった。
ミルドは未だ体を逆さにしたまま中空に浮いている。
懐から暗器、長鍼の様なものを複数本取り出し、撃ち飛ばしていた。
標的は俺ではなくサグラ。
サグラは一人と剣戟を交わしながら、死角から攻めてくるもう一人をいなしている。
タイミング的に対処する余裕はない。
ん……?
全てがスローに見える。
数百分の一秒くらいの速さ。
ズキン!
痛みのない衝撃が頭になだれ込む。
例の未来視だ。
これを見逃した場合の将来がみえた。
今回は五通り。
やはり全て破滅的結末。
サグラにこれを受けさせると、ロクなことにならない。
情報を整理している内にミルドはもう一セット長鍼を撃った。
魔法で長鍼を落とすか保護するなら一秒は欲しいし、落としきれる保証もない。
あまたの魔法と武功から選んだのは爬走在地。
限界を考慮する暇はない。
あの長鍼よりも速く!
超高速で石畳を踏み抜き、怯んだモローをスルーしてサグラの方へ駆け抜けた。
「消えやがった!」
「疾い!? 動かないからてっきり軽功はないと踏んでたのに」
サグラに抱きついて倒し、長鍼を回避。
「うおおっ、リョウか!?」
サグラへ体を預けたままの体勢で両手を広げ、あらかじめ準備していた『小魔の雷撃』を二発同時発動。
左手はモロー、右手はミルドへ。
雷鳴。
人を不安にさせる轟音と同時に、青白い火花が二筋の放電路に沿い、一瞬のうちに直撃した。
「避け――――」
「ギャン!」
モローは昏倒、ミルドは中空から落下した。
「はあっ!」
サグラは俺を置いて立ち上がり、エドヴルの攻撃を受け止める。
一気に内力が膨らむのを感じる。
振り向いて、エドヴルへ麻痺せよを撃つ。
少し受け流されたが、体勢は崩れて効いている。
サグラは両刀を思い切り振り降してエドヴルの剣を折り、そのまま肩から胴体へ斬り落とした。
エドヴルは後退し間合いを取ろうとするも間に合わず、斬りつけられ、膝をつく。
折れた刀を杖にして辛うじてバランスを取っている。
「エド!?」
クールは動揺したのか無理に間合いを詰め、サグラの強烈な横蹴りに見まわれ空を舞った。
激しく吐血しながらのたうち回る。
「がああっ! なぜ首を飛ばさん!!」
エドヴルが強く叫ぶ。
サグラは無視し、両剣を捨てて俺へ駆け寄った。
「どうした、なにがあったのだ」
「すみません、全力で駆けたので……」
俺の喘息は特殊だ。
放置すると数分後には気管支が閉まり切り、呼吸ができなくなるのだ。
限界を超えたり、体に強いストレスを与えることがトリガー足り得る。
今回で言えば、限界を大幅に超えた速度で駆けたことが原因。
今の俺は内功と血流操作により、数百メートル走る程度なら息は切れないし、条件さえ整えば息を一〇分以上も止めることだってできる。
およそ人外な運動能力ではある。
内功の修業により限界値と閾値を引き上げ、己が虚弱体質を瞬間的に誤魔化しているのだ。
その閾値を超えて無茶すれば、発作は起こりやすくなる。
薬と点穴法で気管支を完全拡張させると、もはや多くの人攫いに囲まれていた。
「兄貴たちをひどい目に遭わせやがって、ただじゃ済まさねぇからな」
「どうなるんだろうなぁ。奴隷にして楽しんでから……」
ひどくイキった物言いだが、兄貴分たちを叩きのめしたのが効いているのか、目には恐れが見えていた。
虚勢である。
「ガキの割には十分、というかやり過ぎだな」
大男。
人攫いの頭目らしき人物がやっと口を開いた。
腕を組んで余裕そうな顔しているが、彼も内心は俺たちを恐れているように感じる。
「俺はレフティ=ジェニングズ、ここらを仕切るジェニングズ一家の頭領だ。酒場で茶菓子でもごちそうしよう。そちらの動向次第では悪いようにはしない」
「……ごちそうしてもらいましょうかね」
サグラの襟をぎゅっと握ると、俺の肩を抱く力が少しだけ強まった。




