第三十五話「処遇」
レイスとマーグラの処遇を決める会合は、ティンバラスール城本殿本棟にある会議室にて行われることになった。
夕泉家の顔ぶれは
ティンバラ女公爵 正室ヒミカ
ハールマ城主 側室マーグラ
カレリューモア伯爵 叔父ウマカヤ
次男タカイス
俺こと三男リョーリ
家臣は宰相イーラムとグノーヴァー卿以下伯爵から子爵の重臣、その他、郡長や農奴の代表など二十四名。
他の三側室は心情的にはヒミカとマーグラに全面賛成、諸事情から欠席することになった。
会合は紛糾していた。
レイスを一時的に官奴隷に落とし、新しく創設する従士団に編入させること。
マーグラの意志を汲んで官奴隷かつ、恒久的な私奴隷とすること。
イーラムはこの二つの案件について、帝都で戦の後処理をしているトライスの承諾を得た。
「これまでレイス様がどれだけのことを仕出かしてきたかご存じのはず。法に照らし罰を与えるのはよいが、新たな職掌につけるなど言語道断!」
「レッドソード程度の小国に気を使ってどうするのですか。アンガーどころかスヴァルガに隣接すらしておらん、はるか南方の蛮族ですぞ」
「ご側室マーグラ様と、タカイス様のおわすところでそれを申すか!」
「マーグラ様もマーグラ様です。奴隷に落ちようなど気でも狂ったか」
数時間ずっとこの調子で平行線を辿っている。
派閥は大きく分けると三つある。
ヒミカ擁するイーラムの派閥。
その多くは古参のユーゼン家家臣だ。
グノーヴァー卿系の派閥。
レイスへの処罰は消極的で、マーグラを側室のまま置いておきたい。
古くからアンガーを治めている貴族ばかりで、トライスがティンバラに封じられた時、戦で敗けたり降伏した者が多い。
今までマーグラを担ぎ上げてきた面々である。
三側室の連合派閥。
基本的に日和見主義だが、今回に限ってはレイスとマーグラへの処罰に積極的。
どの派閥にも共通しているのは、レイスの扱いに困っているという所だ。
イーラム派以外の重臣たちは議論を停滞させようとしていた。
話が進めば多少意見は汲んでくれても大筋合意になり、権益的に旨味が少ないからだ。
「リョーリ様がご発言なされるので、諸兄はどうか静粛に願います」
「……子供に何がわかる!」
野次った発言者に向かって、タカイスがグラスを投げる。
俺はすぐさまヴァトファーシオと魔法障壁を同時発生させて、それを捕らえた。
グラスは会議室の中央で透明な物質に呑みこまれ宙に浮く。
そのままゆっくり移動させ使用人に渡す。
一瞬だけ、場は静まり返った。
「はは、すまんすまん。どうやら老先輩方は今回の騒動の本質をわかっていらっしゃられないようなので、ついな」
「これはこれはタカイス様、お教え願いたいものですな」
「ワシのかわいい弟が教えてくれるぞ、オヴブローグ卿」
深呼吸して、内息を整える。
「僕は今回の騒動に縁あって関わりました」
「マーグラ様を助けてさしあげたとか」
「嘘はいけませんぞ。子供のやれることではありますまい」
このおっさんどもは一々茶々入れないと気が済まないのか。
「……新設される複数の従士団は、魔物の大量発生や他国への防衛対策というのはご承知の通り。この従士団に編入させるのは、適性を判断したからです。我が兄レイスは事の道理も弁えない愚か者ですが、一定の人々を引きつける無謀さは適任でしょう」
「また無法に振る舞うのでは」
「十分に考えられます。ですから中央、あなた方のような力のある貴族、ほかの農奴の方々、皆で監視していただきます」
「ううむ」
「従士団を置く荘園には、団長と従士団を縛る厳格な法を設けるのです。軌道に乗ればレイスを平民に戻し、父上の名のもとに騎士へ叙爵。従士団は騎士団への試金石で、ゆくゆくは騎士領の厳格な制限君主にという展望もあります」
要するに名ばかり店長、もとい名ばかり領主にするのである。
「ベオバ騎士爵領のように、ですか」
「はい。もっとも、かの領地は出世の手段に落ちぶれ形骸化しています。戦時奉仕義務という最大の役割を忘れないようにしなければなりません」
「綱紀を乱した者に対し相応の罰を与えず、そのような重責を負わせるのは些か……」
「レイスが赴くのは前線、誰だっていきたくはない。今までウマカヤ叔父上にどれだけの負担がかかっていたか皆さまご存じでしょう。政情から殺せも放置もできないのですから、身体刑か官奴隷とするのが現実的です」
「マーグラ様まで罰を被る必要はあるのか。本人の意志に反していたのでしょう?」
「はい、レイスはともかくハールマ城主の罪は重くありません。それにレッドソード国においてくだんの行為は、宗教的完成とされていて、子をなすことは至高であるとされています」
マーグラがウマカヤを見て気まずそうにしている。
「(すみません)」
と念話を送っておいた。
ウマカヤは兄トライスと同じくらいの偉丈夫。
彼はまずマーグラとしばし見つめ合い、次に俺へ視線を移し目を細めた。
承知しているようだ。
叔父は根っからの武人らしく、無口だった。
「スヴァルガにおいても本能的に避けたり謗りを受けることはあるが罪ではない。敬虔なルヴァ教徒でもない限り、お家とヴェーアの血統を維持するため、あり得ることですな」
「そう、多くのスヴァルガの民は許すとしても、非ヴェーアを嫌う有力者やルヴァ教徒の反発は大きい。批判を和らげるためにも官奴隷とするのは適当です」
「……私奴隷となるのは妾身の意志。ユーゼン家に嫁いで以降、グノーヴァー卿をはじめ皆よく支えてくださいました。レイスは……いえ、タカイスは立派に育ちましたし、リョーリ様はこのように聡明。どうかご正室と他の側室と一緒になってあのお方を、アンガーを盛りあげてください」
グノーヴァー卿以下、昔からアンガーに居た貴族たちは自分の領地を護ることに必死だった。
マーグラを擁立したのも、ユーゼン家の主流派から既得権益を守るため。
レイスはアレだしタカイスは文字通り破天荒でどう転ばされるかわからない。
次の神輿選びはさぞかし慎重になることだろう。
「僕のような若輩、子供のいうことに耳を傾けてくださり感謝いたします。今回の案件は魔物に悩まされる民はもとより、シゲファースに対する牽制でもあります。長く我が父の居らぬ今、ユーゼン家の一員として、どうか問題を先送りすることなきようお願いします」
席を外して、しっかり貴族らしい礼をする。
シゲファース辺境伯領は日々軍備を増強し、勢力を隔てる南の領境では小競り合いが続いている。
アンガーとは軍拡競争の真っ最中である。
「老先輩方、幼きワシの弟がこのように縮こまってお願いしているのです」
タカイスの発言に乗せられるようにして、ヒミカが口元を押さえてクスクスと笑っている。
間違いなく演技なんだろうが、ドМ心がくすぐられる悪い顔。
こんな顔もできるのか……。
重臣たちは俺とヒミカの顔色を窺がいながら、居心地悪そうにしている。
このあと会合はスムーズに進み、三〇分ほどで話はまとまった。
食事会を経てから解散。
数時間後、グノーヴァー卿がヒミカに謁見を申し立てた。
俺はヒミカのお裾持ちに変装して同席。
場所は本殿付属の十大神教の聖堂。
卿は目隠しに口枷、手足を縛られた青年を連れていた。
先日の襲撃の首謀者、ヘイヴォード家長男のライアン。
「なにかご用ですか? グノーヴァー卿」
ライアンはヒミカの声を聞いた時点で、鼻息が一気に荒くなり、失禁した。
軽く精神感応で心を探ってみると、父親にかなり脅されたようで、どうやら第一声から死刑を宣告されると思っていたようだ。
衛兵に外へ引きずり出されていく。
「……閣下と淑女諸君にお見苦しいものをお見せしてしまいました。本来、自らも縄目にかけてお目見えするところ。某とあの愚息は覚悟しております。妻と子供たち、お家を取り潰すことだけどうか平に――――」
「私の見知らぬところでなにか起こったのなら、今回は許しまししょう」
「……ッ! ありがたき仕合せに存じます」
「誰しも我が子はかわいいもの。罰が必要と思うならあなたが与えなさい。しかし、決して早まってはだめよ」
「……御意に」
息子はともかく、父親の方は死を賜る覚悟でここに来ていた。
「(これでいいのよね)」
「(はい、しばらくは忠誠を誓うでしょう。ただ、ライアンの処遇をどうするかは気になるところですね)」
謁見を終えたあと、ヒミカは俺と念話しながら胸をなで下ろしていた。
グノーヴァー卿は一番の有力者であるはずなのに、会合でも野次どころかほぼ口を開かなかった。
ヒミカが全て知っていると思ったからだろう。
あとから、グノーヴァー卿の長男ライアン=ヘイヴォードは、ルヴァ教の教会に預けられ修道生活を送るという報告が届いた。
その日の夜。
ヒミカの書斎にて。
「もっと揉めると思ってたのだけれど、あなたを出席させたのは大正解だったわね」
「母上はいつもあんな演技してるんですか?」
「いつもああやって人心を誑かすのよ」
「誑かすだなんて、人聞きが悪いわお姉様」
「ちょ、ちょっと、ちかい、暑いんですけど……」
「お疲れでしょう? 頑張ったご褒美です。ね、ヒミカ」
「ま、まだ議会の審議がありますからね!」
ソファでヒミカとマーグラに挟まれて、しばらく可愛がられた。
「リョウ、なに、あなただけいい思いして」
「お、おねーさま」
いい思いって……。
鸞子に飛びつかれて、とどめを刺された。
***
議会の審議はなんの問題もなく通過。
重要事案は裏で取り決めてから議会に上げるので、よほどのことがない限り軽く揉めるだけで済むらしい。
「僕にそんな役職与えていいのかなぁ」
「エヴォン、ナーリしっかり頼むぞ。あんたらが頑張らないとレイス死んじゃうからな」
「「わかっています」」
二人は話してみると意外に才能の垣間見える少年少女だった。
少女エヴォンは参謀向き、少年ナーリは指揮官向きといったところ。
残りの面子も割と粒ぞろいで、総じて家柄は悪くない。
なんでこいつら士官候補生を辞めてまでレイスに、というのは野暮だろう。
「無視しないでよ。あー、本当悔やむなぁ、せめて一発。そうだ、兄の門出を祝ってさ……」
レイスは俺にだけは従順になったが、性格は変わりなかった。
マーグラは正式に側室から奴隷に降格。
ハールマ城の権利はタカイスに移行。
「この契約書おかしくないですか」
「どこが?」
「なんで債権者の筆頭が僕の名前になってるんですかね?」
「お姉様が望んだのよ。あなたなら悪いようにしないでしょう?」
「父上はなんと」
「あの人ね、あの人は大丈夫よ」
ヒミカはいつもと変わらず平然としているようにみえて、少しだけ怒っていた。
トライスと喧嘩でもしたのだろうか。
周到な根回しの結果、レッドソード国からの反発はなかった。
スヴァルガに住むレッドソード人やその関係者たちからは、レイスの悪行が噂になっているせいか、怒りよりも憐憫の声がちらほら聞こえる程度で済んだ。
それよりも、俺がレイスを半殺しにしてマーグラの弱みを握って籠絡させた、ヒミカがマーグラを跪かせて使用人に陥れたとかそんな噂がアンガー領内外で飛んでるみたいだ。
***
ある日、グェムリッド宮殿中庭でお茶会が催された。
「アレがお前の奴隷になるとはなあ」
「ごめん、気分いいもんじゃないよな」
「前よりか大分マシだしお前が主人なら構わん。それにな、アレをみてみろ」
メイド服を着て楽しそうに、ご婦人方にお茶や菓子を振る舞うマーグラ。
タカイスと二人で、遠巻きに見ていた。
「あんな自然な母さん、みたことない」
「……そっか」
あのタカイスの朗らかな表情をみていると涙腺が……。
「城主様、ではなくマーグラと呼び捨てたほうがいいのかしら。その衣装お似合いですわね。これからはティンバラ女公爵閣下のじだ――きゃっ!?」
言い終る前にヴァトファーシオで紅茶をひっくり返してやった。
あれはオヴブローグ伯爵夫人か。
ヒミカと一瞬だけ目が遭う。
「……私とお姉様の居るところでは前と変わらぬ敬意を払ってくださるかしら。でないと、私や息子たちも考えますわ」
「は、はいっ、弁えず失礼をばいたしました!」
「妾身は気にしておりませんのに。お召替えを、こちらにおいで下さいませ」
「はいっ!」
「(やるじゃない)」
と、ヒミカからの念話である。
一番安堵していたのは鸞子以外のお姉様方だった。
自分は対応間違えなくてよかった、みたいな様子だ。
ミスれば三側室からのお叱りが待っているだろう。
「今のお前か?」
「そうだけど」
「ありがとう」
「なんだよ気持ち悪い」
「……初動もみえんかった。随分と魔法の腕が上がったみたいだな」
ある意味、この一連の騒動のお蔭かもしれない。
魔力増幅から精神感応に目覚め、不可視の体の理解を深められたのだ。
茶会を眺めながらタカイスと話していると、突然弟たちに引っ張られた。
「お前んちの城すっげー広いな。案内してよ」
「わかったから引っ張るな」
「ヴェンツェルさ、最近寂しがってたよ」
「そ、それ以上いうなよ!」
「クケイ、山巓の間へ案内してやりましょう」
「おおせのままに」
なんか忘れてるような気がする。
あっ!
サグラとの城下散策だ。
……まいっか。
俺は騒動が一段落ついたことで、ある種の充実感を感じていた。
一章はこれで一区切り。
ここまで読んでくださりありがとうございます。




