第二十六話「床ドン」
ハールマ城の貴賓室。
俺は次男タカイスに面会する前に、彼の母であるマーグラに挨拶をしていた。
「庶子たる我が愚息をいつも気にかけていただき、リョーリ様には感謝に堪えませんわ」
膝をつく俺に、マーグラは立ち上がるよう促した。
紺色のロングドレスは星座をモチーフにした煌びやかな意匠が施されている。
足元に長く広がる引き裾は高貴さの象徴、らしい。
しゃがんで目線を合わせてくれるのはいいが、胸の谷間に目が行ってしまう。
こんがりとした褐色肌とほどよい肉感。
みるなというほうが酷であろう。
「気にかけてもらってるのは僕のほうですよ。兄上には頭が上がりません」
「あらあらご謙遜を」
見過ぎちゃ拙いと、本能に逆らって強制的に視線を上げた。
挑戦的な顔。
彼女はいつも眉をひそめた厳しい表情をしている。
責められたら、すぐくっころしちゃいそう。
これはこれでいいが、せっかく整った顔が勿体ない気もする。
いつもこんな感じ。
きっと意図的にこうしているのだと思う。
普段あまり見えることのない俺の反応をみて楽しんでいるのだ。
しかし、今日の彼女はどこか疲れて見えた。
「あの……大丈夫ですか」
「あら、妾身が下品とでもいいたいの?」
「そうではなく、なにか心配事でもあるように見受けられたので」
マーグラは何か言いたそうに口を開きかけ、一瞬だけ表情を崩したが、すぐに居住まいを正した。
「……卑しい妾身の身まで心配するとは、さすがヒミカの子ね」
「どうかご無理はなさらず。お話になりたいことがあれば――――」
「あなたのような子供に聞いてもらう心配事などありません!」
「失礼いたしました。他意はありませんのでどうかお許しください」
「面白くない子ね、さっさとタカイスのところへ行ったらどうかしら!?」
怒られちゃった。
でもきっと本気じゃない。
怒鳴り散らしながらも、不安さを隠しきれてなかったからだ。
まぁ、政敵の息子になんでもかんでも話してくれるわけはないわな。
会釈だけして、タカイスの所へ向かうことにした。
***
ハールマ城、次男タカイスの書斎。
構造は特殊で、書斎を中心に陶芸などに勤しむ作業部屋が複数ある。
タカイスは、領地の重要な行事でもない限りには、いつもここに引きこもっている。
お付きのプシュケに、作業部屋のさらに奥にある仮眠室のようなところに案内された。
クケイとはいつもここで別れる。
プシュケと侍女同士のお付き合いがあるのだ。
二人とも趣味や境遇が似ているらしく、気が合うようだ。
洗面台に、クイーンサイズ程度のベッドと簡素な丸机。
今日の創作活動を終えて、休んでいた。
俺はよくタカイスと四方山話をしている。
内容はスヴァルガの政情のことなどが中心だ。
彼の気難しさもあって外部に情報が漏れることはほぼあり得ず、わりと好き放題話せたりする。
ただ、先ほどマーグラに怒られたことは言わないでおいた。
「世の中の貴族たちはお前たち双子が欲しいんだよ」
「うちはスヴァルガの諸侯の中でも今一番勢いあるから、実際のところ、縁組は引く手あまただろうな」
「そうだ。だが、ワシやほかの妹弟と違ってお前たち双子は特別だ。『アンガーユーゼンの双子はどちらも聡明で美しい。叶うならティンバラの龍と鸞を侍らせたい』と噂されるくらい生きた宝なんだぞ」
「いま吟遊詩人の間で流行ってるらしいね……」
「なんだ嬉しくないのか」
「俺はもっと静かに暮らしたいんだよ」
「ははは、家臣たちが宣伝を頑張ったおかげだな」
「笑いごっちゃねぇ……」
おそらく、俺や鸞子の戦闘力だとか詳しい中身については知られていない。
漠然と美しいだの聡明だのという噂を家臣たちが焚き付けてる。
俺の生まれながらにして付きまとう悪評をかき消すためにやってくれているようなので、強くは言えない。
「お前たち双子に宛がわれたのが第三王子サグラ様とはワシも予想つかなかったがな」
「姉上はともかく俺は違う。まぁ、いまのスヴァルガの政情と権力構造をみるとなるべくしてなった感はあるね」
「ほぉ、そうか」
サグラは生まれてからすぐアイザールスヴァル王国の王に封じられているが、方針を決めるのは皇帝と帝国議会だし、実質統治しているのは総督だ。
アイザールスヴァル王国はスヴァルガ北東面にある多数の領邦を抱える地域。
さらに北東にいけば紛争地域を隔てて遠くショウ国が控えている。
かの王国は六〇年ほど前に王統が断絶し、それからサグラが封じられるまで便宜的に代々の皇帝が王を掛け持ち、同君連合となっていた。
ちなみに総督はトライスの父、つまり俺の父方の祖父がやっている。
本家ユーゼン家は、王国内の一領邦のテラザール領という緩衝地帯を古来から治めていて、祖父自身も大功ある身で信頼が厚いようだ。
もっとも、今でも相当乱れている地域なので統治できているかは怪しいが。
封じられている土地において実権はない。
きっとスヴァルガの複雑な権力機構が、サグラやその家臣たちを悩ませているのだろう。
その解決策が我が家と近しくなることなのかはまだ断定できない。
「リョウ、お前今後どうするんだ。ユーゼンを継ぐ気はあるのか、それともランと一緒にお姫様にでもなるのか?」
「お姫様にはならねーよ。ていうか、レイス兄上がいんじゃん」
「アレはだめだ」
タカイスの表情が一変した。
長男レイス。
彼には一度も会ったことはないが、決していい噂を聞かない。
多くの人を殺しただとか、そんな噂ばかりだ。
ユーゼン家において彼の話は禁忌となっている。
特にハールマ城の人々に話題を振ることは、地雷を踏み抜くに等しい。
「怖い顔してるな」
「お前の事だ、今の発言の裡には別の真意があるんだろう」
そういうと、俺を押し倒す。
いわゆる床ドンな態勢。
マーグラの子だけあり顔は悪くなく、年相応の少年のあどけなさに、トライス譲りの精悍さも垣間見える。
「……ワシをユーゼン家のために働かせたいんだろ」
「そうなってくれたら、アンガーはより発展するだろうな」
「……、」
無言のうちに、突然、点穴を突いて体の自由を封じてきた。
わりと強めの内力をこめて。
俺だからいいようなものの、内功の修練を積んでない一般人が喰らえば、臓器不全かなんかで下手すれば逝っているところだ。
「なに余裕ぶってやがる!」
俺は存外落ち着いていた。
タカイスに対する恐怖心がないというのもある。
この行動は不安を隠すための彼なりの示威行為だとわかっているからだ。
それとは別に、自分には制御できない何かの影響を自覚していた。
精神が肉体に引っ張られているような感覚。
本来の俺なら抱くはずのないある種のトチ狂った思考が片隅にあるのだ。
少々赤みがかった長い金髪に、ヒミカ譲りの端正なルックス。
雄雌関係なく、この体でかわいい仕草をすれば大抵の人は籠絡できるだろう。
もしかしたら何もしなくてもできてしまうのかもしれない。
身の回りの世話をしてくれる使用人の反応は(特に男は)わかりやすいし気持ちもわかる。
しかし、持ち前の自己肯定感の低さから今までやらなかったし、できなかった。
転生先であり、もしかしたら借り物であるこの体を粗末に扱いたいわけではない。
でも、少しは今の自分を肯定してみたいという欲求。
考えることを止めて肉体の赴くままに任せた。
「――――思うようにしていいよ?」
数秒の間。
タカイスは一瞬だけ顔を上気させたが、落ち着き払って、
「お前を威かそうと思ったのが間違いだった。ワシの負けだ……。ランはかわいいだけだが、お前は色気があり過ぎるんだよ。もう少しでレイスの莫迦と同じになりそうだったわ」
「レイスは士官学校卒業して父上の所にいるんだっけ?」
「正しくは卒業させられたんだがな。家族だとか血の繋がりを考えんやつだし、頭おかしいから今まで隔離されてたんだ」
タカイスにして『頭おかしい』と言わしめるほどの人物。
言い切るからには前例があるのかもしれない。
「知っていることを全部教えておこう」
俺を寝かせたまま、子守唄でも聞かせるように語りだした。




