第二十四話「王子様」
一〇日後、予告通り、ティンバラスール城に王子様ご一行がやってきた。
三千人ほどの仰々しい護衛。
過剰にも思えるその行列は、道中で皇族の権勢を誇示するためだそうだ。
確かに総じて高価そうな鎧を纏っていた。
帝都から魔導艇でアンガー北隣のディヒャスヴァル聖国まで移動し、聖界諸侯や著名な宗教家に挨拶。
それから南下してアンガー入りし、領都ティンバラまで数百キロを大名行列という流れ。
護衛の兵はそのまま滞在するのかと思いきや、十二名の親衛隊と二十数名の侍従を置いて、到着と同時に帝都に帰っていった。
残った人こそ、王子が信用している人たちなのだろう。
ティンバラスール城本殿、『玉座の間』。
床は朱色の絨毯で敷き詰められている。
入って正面奥の上座は段差で高くなっており、玉座に相応しい装飾の施された立派な椅子が二つ置いてある。
素材は竜の牙と黄金。
興味本位に一度だけ座ったことがあるが、張られた布の手触りがやたら良かった。
玉座の周りには天井まで届く大きな鏡台が複数設置されている。
おそらく領主であるトライスとヒミカに謁見するための空間。
トライスは滅多に帰って来ないので、使われることはほぼない。
王子は親衛隊と数人の侍従を周りに侍らせて、玉座の前に立っていた。
「サグラ・ヴィリハード=スヴァルガと申します。この武官は親衛隊隊長のネイ、女官は乳母のカーシャです」
王子は胸に手を当て、貴族らしい礼をした。
ネイとカーシャは追って礼をする。
王子は予想外に美少年だった。
事前情報では俺より一つ上の九歳。
歳のわりに背が随分と高い。
大きな目に海の様な透き通った碧色の瞳。
唇は薄く、育ちの良さが伺えるシミのない白い肌。
長い茶髪を金色の髪留めでポニーテールにしている。
かなりわかり易く王子様だ。
ネイはデカかった。
全身深い緑色の肌に、髪は一部を残して剃り上げ三つ編み、いわゆる辮髪の様にしている。
オーク、トロル、巨人族系いずれかの混血種なのかもしれない。
カーシャは貴族の女性高級官吏が着る紅色のローブ纏っている。
深々と被ったフードからは、顔はよく見えない。
乳母とか言っていたが、どこからどう見ても子供にしか見えない。
身長は俺といい勝負だ。
「アイザール王殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう――」
ヒミカが跪き、頭を地に垂れようとする。
その後ろでドレスを踏まないように俺と鸞子も続いて跪いた。
師匠から一通り教えてもらってはいる。
練習はしているものの、実際にするのは初めてなので母の後を追うことにした。
皇族に対しての最敬礼――――
「そのようなこと、いけません!」
サグラは駆け出し、頭を垂れようとするヒミカの腕を掴んで制止。
「これから余はヒミカ様に世話になる身ゆえ、皇族としてではなく、どうか我が子のように接してください」
「そういうわけには――――」
「それでは余の気持ちが収まりません! 気軽にサグラとでもお呼びください」
サグラは必死だった。
ヒミカは腕を掴まれたまま、カーシャの方をみた。
女官は無言で頷いている。
その通りにしてくれというだろう。
「ではサグラ様、このティンバラスール城に居られる間は、我が子のように扱わせていただきましょう」
そう言うと、両膝を突いたままサグラを抱いて右頬を合わせる。
スヴァルガにおける家族に対しての親愛行動。
サグラの左耳と左頬がみるみるうちに赤くなっていくのが見える。
俺も幾度となくやられてきていまだに舞い上がるから気持ちはわからんでもないぞ。
後ろの侍従二人は頷きながら涙を落としていた。
なんだこれ。
一段落ちついてから王子が近寄ってきた。
「リョーリ=ユーゼンです。お見知りおきください」
「ランコです。以後お見知りおきください……」
「美しい、そなたらが彼の有名な――――」
サグラは鸞子の右手のを取ると、手の甲に唇が触れない程度に頭を下げた。
洗練された所作。
キスハントっていうんだっけ。
紳士が淑女にする挨拶の一つ。
コミュ力抜群の鸞子が珍しくガチガチだ。
サグラは何やら目で合図してくるので、
「僕は男ですよ」
「失礼した。話では弟と聞いておったが、どうも女性にしかみえなくてな」
油断していた。
あくまで男物のローブだし、ちゃんと胸に手を当てて紳士な挨拶をしたのに。
まさか俺の心まで盗もうとするなんて、恐ろしい子!
「龍鯉と鸞子か、普段はどう呼ばれているのだ?」
「僕がリョウで、姉上がランですね」
「余もそう呼んでいいか?」
「もちろんです殿下。ね、姉上?」
「は、はい……」
鸞子は遠慮がちに頷いた。
背は俺よりサグラの方が随分高いのに、小動物のような保護欲をそそられるそんな態度。
しかし卑屈ではなく、堂々として気品に溢れている。
支えてあげたいと思ってしまう。
ある種のカリスマなのかもしれない。
「先ほど申した通り、リョウもランも、皇族としてではなく兄の様に接してほしい」
「畏まりました」
「ところでそちらは?」
「僕たちの侍女でクケイといいます」
クケイは営業スマイルから極自然にカーテシーする。
「ふむ……この佇まい、一介の侍女には見えんな」
「師姐でもあります」
「そういうことか」
と、流れるようにクケイに近付く。
クケイも右手を差し出そう――――
ズキン!
脳内に一つの結末のビジョンがなだれ込む。
何年後かはわからないが、少なくとも俺、鸞子、クケイ、王子は首を落とされ、処刑される。
誰によって、どうやってそこに至るかとか、細かいことはわからない。
王子がクケイにキスハントすることで、そうなるのだろうか?
そも、この現象は一体なんなんだ。
数年前にも一度あったが、当時は戦闘における心象だと思った。
結果その未来視に助けられた。
今回もそうなのだろうか……。
俺は間に入って遮った。
相手は皇帝の実子で第三王子。
してはいけないとわかっているのに、ある種の感情も相乗して、体は動いた。
「む」
サグラは怪訝な顔をしている。
「おっ、畏れながら、この人は侍女なので」
「そなたらの姉弟子なのだろう? 余も武芸を嗜む身、先輩には礼を尽くすべきだ」
返す言葉を考える。
みんな処刑されるかもしれないんです、とはいえない。
「失礼いたしました」
クケイは拳を手で包み拱手で挨拶してから、素早く土下座。
額を地につけたまま固まった。
「ああ、いかん……。クケイ殿、どうかお立ちください」
微動だにしない。
「済まぬ。侍女で師姐でもあるが、そなたにとって余に触れさせたくない程大切な方なのだな。素直に武林のならわしだけしておればよかった」
「……、」
「しかし余も一度差し出した手を降ろしたくはない」
「ぴっ!?」
俺の右手を取り、キスハントした。
それも鸞子にやった時と違い頭を深々と下げ手の甲に唇を……。
ぞわぞわと背筋に何かが走る。
約三秒。
武芸の修練を積むうち、圧縮された体感時間なんてものは何度も経験している。
先の謎の未来視で混乱しなかったのもそのおかげだ。
しかしこの三秒は、特に長く感じた。
王子は俺の表情を確認するように、悪戯っぽく見上げてくる。
目を合わせたくない。
首をキリキリと横に動かすと、姉は口元を押えて驚いていた。
「はっはっは! これからよろしく頼むぞ!」
サグラは立ち尽くす俺を放置して、侍従を引き連れ豪快に笑いながら玉座の間を後にした。
こんなことがあったが、仲良くなるのにそう時間は掛からなかった。
緊張気味だった鸞子も社交性は高いのですぐに打ち解けた。
第一に美少年だ。
王子だけあって人を惹きつけるカリスマもあるし、歳の割にしっかりもしている。
ド屑でも俺様系御曹司でもなくてよかった。
例の未来視も気になるところ。
考えても事例が少なすぎて傾向が掴めない。
何かが破滅的結末を避けさせようとしているのかもしれない。




