第二十三話「杖の相性」
第一回目の勉強会から七日後、姉たちを連れて杖を買いに行った。
クケイのおすすめで東区にある杖の仲買店へ。
彼女は武具や魔道具に興味があり、前々から調べていたようだ。
「ウチでは魔法魔術学院などで行われてる相性診断を採用しております」
「ほお」
「なんと! この杖を特殊な羊皮紙に向かって振っていただくだけで、相性の良い杖の素材と簡単な魔力量がわかってしまうのです」
店主は得意気に説明する。
置いてる杖の質は間違いなく良い。
しかし店主の魔法に対する知識とスキルは、仲買商人の域を超えていなかった。
とはいえモノはいいんだから、あとは俺が助言してやればいいだろう。
説明の通り、魔術的な術式が組まれた指揮棒みたいな杖を羊皮紙の前で振るだけ。
素材の相性診断は詳細だが、魔力量の表示はおまけ程度で、数値化されているわけではなく雑に相当クラスが表示される。
「才能無し! これ、壊れてるんじゃありません!?」
「まぁ、最初からわかっていたことです。選ぶべき杖の素材はわかりましたし、あとはリョーリ様がなんとかしてくれますわ」
レギナとサブリナは想定通り。
「初級者クラス?」
「才能があるってことよ。ジェラーゼ姉様」
「ジェラーゼのくせに、なんですの!」
「レギナ姉上、そういう言い方はよくないですよ」
「う……」
どうやらジェラーゼは少しばかり才能があるようだ。
ティンバラ一の魔法使いとやらは節穴だったか。
「ねぇ、リョウもやってみたら?」
鸞子に勧められるがままやってみた。
魔力量:最上級者クラス
素材――――――
「!?」
素材欄に意味を持たないスヴァルガ語の文字列が乱雑に表示されていき――――
――――羊皮紙は真っさらな状態に戻った。
「おかしいですな。こんなはずでは」
「やっぱ壊れてるんじゃない? リョウは上級者なのに最上級者って出てたし」
「それは、一種の指標なので必ずしも術者の使用魔法と相関しないと申しますか……」
店主も初めてみる現象らしく、あたふたしていた。
魔力量はともかく、素材に関しては測定不能ということなのかもしれない。
普段から杖を使ってないから気にしていない。
もやっとするだけで、別に悔しくなんか……。
気を取り直して、相性診断のヒントから一人一時間以上かけて慎重に見極めた。
サアン砦に戻り、姉たちを軽く指導。
「杖の先を自分の指先だと思うんですよ」
「暗い野に堕ちようとも右の者は衰えない
イーダデルの境界を此処に開く ヴァトファーシオ」
レギナは詠唱し終ると、杖を慎重に左から右へ動かす。
不安定に、杖先に引っ張られるようにページが捲れた。
杖を使ってない身でいうのもなんだが、やはり杖の相性って大切なのだと痛感。
飛び上がって喜びながら、
「できましたわぁ!」
レギナだけでなくサブリナとジェラーゼもすぐにできるようになった。
魔法の指導は、基本的に勉強会のあとにすることに決めた。
目標はヴァトファーシオの詠唱を短縮させて、部屋の扉を開閉できるレベルまで持って行くこと。
杖はどんなに頑張っても手放せないだろう。
上の二人は進学するまで一年と少しの猶予しかないし、課題を出すことにした。
『毎日魔力が尽きるまでヴァトファーシオを使う』
もともと消費量の少ない魔法であるが、彼女らの魔力量だと本を五〇ページ読む程度で尽きる。
きっと魔力量はそんなに変わらない。
反復して熟練度を上げることが重要なのだ。
側室たちの話によると、課題を日常生活に取り入れて、真面目に取り組んでいるらしい。
宿題を進めるための勉強会のあとに宿題を出すという行為。
サブリナ曰く、
「望んでやっていることなので苦ではないんですの」
だそう。
嫌なことをするのと楽しんでするのは違うわな。
***
グェムリッド宮殿の中庭。
「氷王は凍てつく息吹を愚鈍なる勇者に与えん 凍えよ」
両手から冷気の波紋を放つ。
魔力の奔流は空気を伝い木人に当たると、一瞬で周囲は凍りついた。
Lv4の水属性魔法ジェリドゥス。
対象を一瞬で凍らせる冷気を手から放つ魔法。
木人に当てれば、一秒経たずに完全に凍りつく。
ミスると自分も凍りかねない。
無詠唱でもいけるが、人が居る所で練習する時は、ゆっくり落ち着いて安全を期してから詠唱することを心掛けている。
一度中庭全てを凍らせたことからの教訓だ。
ヒミカは中庭で、物憂げにお茶を嗜んでいる。
俺は魔法の鍛錬をキリのいいところで終えて向かいに座った。
「この前は大活躍だったそうじゃない。三人ともあなたのことべた褒めだったわよ」
あの勉強会の次の日、三側室の茶会に呼ばれて玩具にされた。
紅茶の肴は俺。
姉や弟たちの件で気に入られたようである。
代わる代わる抱き着かれて揉みくちゃだった。
本能とは怖いモノで、ヒミカでは一切する気にはなれないのに、側室たちで妄想に耽る日々が続いている。
「……なぜ今まで他の義母上や兄弟と引き合わせてくれなかったんですか?」
「……、」
ヒミカは嘆息してから語り始めた。
「いつ社交界にお披露目すべきかはかなり悩んだのよ」
「噂の所偽ですか?」
よくも悪くも俺と鸞子が世間で噂になってるのは把握した。
「ええ、あとレッドソードの派閥との関係ね。なかなか良いタイミングがなかったの。あの人は私以上に影響力があるから、レッドソードに会わせないなら他の側室や兄弟にも会わせられない。あとは……」
言いかけて、視線を降ろして紅茶を飲んだ。
肝心なことはお茶を濁す。
察してくれ、ということだろうか。
確かにマーグラはヒミカの政敵だ。
しかし一応側室で、ある程度協力し合う立場なはずなのに、ここまで毛嫌いするのは明らかにおかしい。
裏で何か悪い事でもしてるのか。
まあ、やってそうな気はする。
「……そんなことよりも、もっと大変なことがあるのよ」
「なんですか? 僕は元気ですが」
「あなたのことではないわ」
クスクスと軽く笑ってから、居住まいを正した。
ヒミカも最近変わった気がする。
クケイが戻ってきたあたりからかな。
俺に本音を漏らしてくれるようになった。
「アイザール王サグラ殿下がティンバラスールにいらっしゃるのよ。今上帝の第三子で、スヴァルガの次代を担うお方ね」
「そんな偉い方がどうしてこんな僻地に」
「疎開、と言えばいいのかしら。都は今政治闘争が激化して、暗殺までも横行しているわ」
新聞で読んだことはある。
重臣と宦官の確執に、収賄を始めとする汚職。
スヴァルガは覇権主義で、その国力から内政はそれなりに安定している。
ただし群雄割拠もしている。
それはあくまで諸侯同士によるものであって、総じて帝国への帰属意識自体は高い。
この奇跡とも思える不思議なバランス感覚によって、どんなに国が乱れようとも、今までスヴァルガは滅ばなかった。
ともあれ、安定しているということは権力争いをする余裕があるということで、少しずつ見えないうちに腐敗していく。
「だから安全なティンバラにくるんですね」
「正確にはこのティンバラスール城ね。アンガー領、ティンバラ自体は都とそう治安は変わらないわ。この城はスヴァルガでも特に堅牢で、使用人もあの人と私の息のかかった者しか居ないから、身を隠すには打って付けというわけね」
「都の偉い人たちが住んでるとこよりもこの城は安全なんですか?」
「比較的に安全と言えるわ。次に安全なのは私が昔住んでいたナイノミヤ王の居城で、その次に皇帝の住まうシュハラ城かしら」
スヴァルガは一三〇〇年ほど続いているが、その間何回も遷都している。
元々ティンバラも四〇〇年前は首都だったと座学で習った。
最も堅牢なこの城に皇帝や皇族が住まないのは、歴史的事情があるらしい。
ヒミカはそんな城を与えられて公爵と城主に封じられている。
こと領都ティンバラにおいては、アンガー侯爵で軍閥の長でもある伴侶のトライスと共同君主という扱い。
「それじゃあ僕と姉上はこの城から出ていかないとなりませんね」
「いいえ、私たちは普段通りにしていればいいの。陛下のご意向で、これを機にあなたとランにサグラ様と仲良くしてほしいらしいわ」
ヒミカの父親であるナイノミヤ王は皇帝の叔父で、ヒミカ自身は皇帝の従妹。
ややこしいが、つまり俺と鸞子はサグラとやらと二従兄弟関係にある。
もっとも皇帝の従兄弟は大勢いるので、有難みは薄いらしい。
従兄弟にしろ二従兄弟にしろ、王侯ですらないことのほうが多い。
臣籍に降下して無官、よくて下級官吏。
女性なら名の低い貴族の側室が関の山で、重臣の正室となるのは極めて稀だ。
遠いけど親族だし体のいい学友にでもしたいのだろうか。
「それで、何時いらっしゃるんですか」
「一〇日後に到着予定よ」
「急ですね」
「ええ、それだけ事態が深刻なのよ」
王子様が来る。
嫌な予感しかしない。
できればタカイスのように話の合う――――
いや、この際吐き気を催すようなド屑だったり、少女漫画に出て来るような俺様系御曹司みたいなやつじゃなければもうなんでもいいか。




