第二十二話「勉強会」
勉強会当日。
教室にはサアン砦の来賓室を借りた。
ソファには三人の側室、そばに見知らぬ男女が二人立っている。
それなりなスーツとドレス着てるし、おそらく使用人ではない。
ちなみにヒミカは仕事で来られなかった。
「サリヤ様そちらの方々は……」
「娘たちの先生ですわ。リョーリ様に拝謁したいとのことでしたので」
先生方に礼をされたので会釈して返す。
女性が礼法で、男性が教養の先生かな。
三側室がくるのは知ってたけど、これは聞いてない。
八歳そこらのガキンチョがどんなことを教えるか、そんなに気になるのかね。
お嬢様五人と六人掛けの机を囲む。
なんか逆に、今から尋問されるみたいなそんな感じ。
「……それじゃ始めましょうかね。わからない所があれば追々お答えしますけど、前もって訊いておきたいこととかありますか?」
「わ――」
「はい!」
レギナを遮るようにカナウが手を挙げた。
まだ四歳位。
母親譲りの黒い髪にオリエンタルな顔付きは親近感が湧く。
スヴァルガより北東にあるショウ国方面の人族はそういった特徴の人が多い。
「レギナ姉上、カナウを優先させていいでしょうか?」
「よろしくてよ!」
「では、カナウちゃんどうぞ」
「人間は、死んだらどこへいくんですか?」
「難しい問題ですね。なんでこの質問を?」
「私のせんせいは、死んだらボルラトに行くっていってました」
いきなり重いな。
死への疑問。
いささか早すぎる気もするが、子供のよく陥るやつだ。
死んだら異世界に……なんてことは教えられるはずもない。
「ボルラトはトゥッラ教の楽園です。トゥッラを信じる人々は勇敢に戦って死ぬとボルラトにいくと信じています」
スヴァルガにはルヴァ教という複数の預言者の言葉を信じる宗教と、十大神と呼ばれるそれぞれの神々を信奉している宗教がある。
トゥッラ教は十大神教の一柱、『剛勇のトゥッラ』を主神として崇めている宗教。
トゥッラ教はもともと一部地域の宗教だったが、その性質から軍人を中心に広く信仰を集めている。
「それは知ってます」
「カナウちゃんは死んだらどうなると思う?」
「……わからないです」
「怖くない?」
「こわいです」
「わからないものは怖い、誰だってそうです。怖いから信じるんですよ。カナウちゃんの先生はボルラトに行くと信じているから、カナウちゃんより少しだけ死ぬのが怖くないのかもね」
「私もボルラトにいくの?」
「カナウちゃんが考えて、自分なりの答えを探さないといけません。我がユーゼン家は決して信心深くない家柄なので自由はききますよ」
「……はい、リョーリさまありがとうございます」
「あんまり考え過ぎないようにね。怖いと少しでも感じたら考えるのをやめて母上に甘えなさい」
「うん」
カナウは頷く。
言葉はたどたどしいのに賢い子だ。
結局は自分で答えを導き出すしかない。
俺に関しては、一〇〇日間ほど本気で死と向き合って自分なりの答えは出ていた。
死んで『無』になることを受け入れつつ、一縷の望みでファンタジー的奇跡にあやかりたいというのが、精神変化を経て行き着いたスタンス。
実際望み通りファンタジー的奇跡にあやかれたし、正直次は来てほしくないがね。
「さて、レギナ姉……ってどうしたんですか」
室内は静まり返っていた。
お姉様たちも何か思い当たる節があるのか、各々複雑な表情をしている。
大人の方をみると、総じて驚いたような顔をしていたり、なにやら思い耽っていた。
十数秒後、オウヨウが沈黙を破る。
「私たちのことは気にせず、自由に教えてね」
「あっ、はい。じゃあレギナ姉上どうぞ」
「これですわ!」
ドカッと、厚物の書物を机に何冊か乗せる。
礼法、詩集、歴史、算術の参考書だった。
「なかなか多いですね」
「そう、多いのです。うちの先生方は宿題が多い! 終わるのに毎日四時間以上掛かってしまいます。このことについて、リョーリ様のご意見を伺いたいのです!」
親指で後方に立つ男女の先生を指す。
二人とも苦笑していた。
サリヤとエリーザ曰く、
「先生には週に四日来ていただいて一日四時間お教えいただいています」
「サブリナ姉上もですか?」
「はい。我が娘も一緒に学んでいますわ」
参考書のチョイスと佇まいから察するに、件の家庭教師は悪くない。
レギナ、サブリナ、ジェラーゼは、おそらく勉強はできるほうだ。
かといって飛びぬけて優秀なわけでもない。
先生も学習能力をみて、この量の宿題を出しているはずだ。
「レギナ姉上は宿題をやりたくないんですか?」
「やりたくないのではありません、量が気に食わないのですわ。わかりきったことをクドクドと!」
「必要ないと思ったり、完全にわかっている内容のものならしなくていいです」
レギナの顔が明るくなった。
「ですが、人間誰しも忘れますからね。特に初めて覚えたことは、明日になったら忘れてるもの」
「一度復習すれば問題は……」
今度は暗い顔になる。
わかり易すぎてちょっとかわいい。
俺、つまり夕泉龍鯉みたいに一度学ぶだけで簡単に習得したり、前世の記憶をそっくりそのまま忘れずにいるというのは明らかに異常だ。
そんな異常があるなら、宿題はなくてもいいだろう。
「そう、復習すれば賢い人なら定着します。しかし一ヶ月後ならどうでしょう。レギナ姉上なら覚えておいででしょうが、仮に質問された時即座にお答えできますか?」
「それは……」
「宿題は学んだことを覚えなおしたり、記憶から呼び起こす速度を上げるための作業です。意味はわかりますよね?」
赤毛のそばかす少女は、打ちのめされたボクサーの様に項垂れた。
「はい……」
「宿題は『嫌なことに慣れる作業』だとも思っています」
「嫌なこと?」
「姉上は貴族のご令嬢ですから、淑女として将来やりたくないことに沢山ぶつかると思います。宿題はその時のための糧になるんじゃないでしょうか」
生前この『嫌なことに慣れる作業』が役立ったのは、ネトゲの周回くらいだった。
仕事で嫌なことがあったら真っ先に現実逃避してたしな。
そもリアルで役に立ちそうな知識も、結局仕事で生かすことはなかった。
歴オタ拗らせて、やれ哲学、思想、兵法だの齧っても結局は自己満でしかない。
「……、」
レギナは顎に手を当てて思案している。
見渡すと、周りの子たちは真面目な顔で俺をみていた。
眠い話をしてるのによく聞いてくれているものだ。
「もう一度言いますが、必要ないと思うならしなくてもいいと思います。ですが先生方はたぶん、姉上に必要であると思って宿題を出しています。内容に問題があるなら何故これをやらせるか質問してみて、それでもわからなければ僕に訊いてみてください」
「……わかりましたわ!」
チラりと男女の先生方をみると、納得してくれている様子。
「他にありませんか?」
「はい」
「サブリナ姉上、どうぞ」
「上級者であるリョーリ様に、魔法を教えていただきたいのです」
「家庭教師の先生はいらっしゃらないんですか?」
サリヤは残念そうに、
「ティンバラ一の魔法使いの先生にお願いしたのですが、三人とも才能がないとおっしゃって……。来年には進学するというのに、ユーゼン家の子女が一つの魔法もできないのは余りにも冴えません」
「わかりました。その件については今日の勉強会が終わったあと、僕の方で才能を一度見極めます」
「ほんとですの!?」
嬉しそうに目をくりっと見開く。
灰色と蒼色の瞳がキラキラと輝いているように見えた。
「お二人からは伺ったので、ジェラーゼ姉上もなにかありませんか?」
「私は特に……」
指を遊ばせてもじもじとしている。
「なんでもいいですよ?」
「なんでも!? じゃあ……一度私のことお姉ちゃんって呼んでみていただいても……」
「へ?」
室内はざわついた。
三側室は口を押えて笑っている。
ご要望通りにしてやろうじゃないか。
「……ジェラーゼお姉ちゃん」
「はぁぁぁ!!」
ジェラーゼは両頬を押えて赤毛を振り乱す。
改めて言うと恥ずかしいな!
「私だって呼ばれたことないのに……」
鸞子が不機嫌そうに呟いたので、他三名もお姉ちゃんで呼ぶという、よくわからん辱めを受けた。
「……、」
カナウが指を咥えてこちらをみている。
「カナウお姉ちゃん」
妹に向かってお姉ちゃんと呼ぶプレイまでさせられた。
かわいい笑顔がみられたのでこれはよしとする。
「始めましょうか」
長い前フリを終えて宿題を始めた。
鸞子はもう基礎教養は全て終えているので、武学の問題集をやらせた。
取り敢えず進めて、わからない所を俺が教えるというスタイル。
手隙になった時に、家庭教師の先生が近付いてきた。
「失礼ながら噂だけかと思っておりましたが、ランコ様はもちろん、リョーリ様も噂に違わぬ才覚をお持ちの様ですね」
「私も宿題の在り方については改めて考えさせられましたわ。よい機会を得ました」
「いえいえ、先生がたを差し置いて偉そうに述べてしまいました。ところで、僕が姉たちを教えてることは、どうか内密にお願いします」
「私どもを気遣わずとも……ああ、そういうことですか、承知いたしました」
「これから予定が入っております。先に失礼することをお許しくださいませ」
ごきげんよう、と来賓室を後にした。
先生や姉たちの体裁もあるし、なによりこんなことで目立ちたくない。
勉強会のあとは、三人に杖を持たせてヴァトファーシオをやらせてみた。
カナウは幼すぎるのでお預け。
「いいですか、教えた通りに」
「暗い野に堕ちようとも右の者は衰えない
イーダデルの境界を此処に開く ヴァトファーシオ!」
三人とも本はピクりとも動かない。
なるほど、これは才能がないというのも頷ける。
しかしまったく魔力がないというわけではなく、杖の先からほんの少し魔力が出てるのはわかる。
「次の勉強会までに、杖屋に行って自分に合った杖を探しましょう」
三人とも手を合わせて喜んでいた。
一応中級者である鸞子に教えを乞わないのは、やはりプライドがあるんだろう。
帰り道の馬車にて。
「今日のリョウ恰好良かったな」
「そうですか」
「うん、まるで師匠がお話してるみたいに見えた。……でも魔法を教えてる時のリョウはデレデレしてて嫌だったわ」
「デレデレはしてません」
してたかもしれない。
三側室に怒られることもなく、無事第一回目の勉強会は終了した。




