第百三十七ノ世界:彼らの笑み
同時刻、星ノ宮歴1076年、ガーヴァテンペス帝国、ある市街地にて。
その少女は出来上がったばかりの商品をショーケースに入れた。相手側から見ても美味しく見えるように慎重に入れて行く。全て入れ終わり、「よしっ」と両腰に手を当て、満足そうに頷いた。扉を閉め、立ち上がるとちょうどその時、少女の腰に微かな衝撃が走った。驚きながらもその腰に来た衝撃の主に向かって手を伸ばす。そこにあるのは柔らかな髪だ。その髪がある、と云う事は。その事実に少女の顔が嬉しさに綻んで行く。柔らかく、楽しそうに、嬉しそうに少女は笑う。
「お帰り、グレーテル!」
「うん、ただいま~!ねぇ~ちゃんと案内できたよ~褒めて褒めて!」
女の子の言葉に少女の顔が嬉しさに再び、綻んでいく。女の子の「褒めて褒めてっ」と云う言葉にお礼として頭を撫でまくる。すると、チリリン♪と楽しそうなドアベルが響き渡った。ドアの方を二人で振り返ると、ドアを開けて入ってくる女の子にそっくりな男の子とその後に続けて入って来ようとしている美少女がいた。女の子は男の子を見ると先程よりも顔を綻ばせ、花を咲かせた。それは少女も同じだった。
「ヘンゼル!」
「グレーテル、今はダメ!」
女の子が男の子に勢い良く駆けて行き、彼に抱きついた。彼はダメだと警告したが無駄だと駆けてくる彼女を見て思ったらしく、美少女の前からずれて片割れの抱擁を受け止めた。受け止めた際にドアにぶつかったらしく、チリリン♪とドアベルが再び鳴った。美少女は二人を一瞥した後、嬉しそうに顔を輝かせる少女の方へ歩んで行く。その歩みからは気品さが滲み出ている。美少女はショーケースの上に両腕を置いて、頬杖をつく。その少しの仕草さえ、美しい。少女はニコニコと笑いながら美少女に言う。
「いらっしゃいませ~お姉ちゃん」
「ええ、来てやったわよ?感謝なさい」
「ふふ♪うん!感謝感謝!」
少女がニッコリと笑って、思い出したかのようにショーケースの中から出来立てのシュークリームを一つ取り出すと銀色に輝くお盆に載せ、美少女へ差し出した。そのシュークリームを見て、美少女の頬が微かに緩む。その表情がいつ見ても知っている気がして少女はならない。いや、他人というわけではないから、知っているのは当たり前なのだが、そういうことではない。
「はい!出来立てシュークリーム!お姉ちゃんこれ好きだよね~」
「ええ、悪い!?ヘレーナのが一番好きなのよ!」
「「デレたー!!」」
美少女がシュークリームを手に取り、そう云うといつの間にか日当たりの良いテーブル席に座っている双子が美少女をからかった。それに一瞬、美少女の顔は恥ずかしそうに紅くなったが、すぐさま表情をキリッとして、宣言するように言い放つ。
「茉亞羅様が可愛い妹のお菓子が好物で何か悪い?」
その表情が、ふにゃりと綻んでいたので双子は顔を見合わせて笑い合うと何も言わなくなった。それに勝った、と胸を張る美少女。ショーケースに凭れかかりながら、妹と云う少女が作ったシュークリームを美味しそうに眺めた後、待ちきれない!と言わんばかりにかぶりついた。シュークリームを食べる美少女の顔は年相応の少女で、とても幸せそうだ。少女はそんな彼女の表情を見ながら、足りないなぁと頬杖を付きながら思った。それに気づいたらしく、美少女が半分まで食べたシュークリームをそのままにして少女を振り返った。
「お姉様なら、今日は婚約者の方と一緒に御出掛けよ。茉亞羅様が言ってた事忘れたのかしら!?」
「う、うんん?!違うよ~!?覚えてるもん!千早姉ちゃん、今日はお友達に会うんだよね?」
「ええ。確か隣国の友人って言ってたかしら?…あの人達となんだか会った気がするのは気のせいかしら?」
「え?!お姉ちゃんも?!ていうかね…お姉ちゃんとあたしも千早姉ちゃんも、姉妹ってわけじゃなくて、会った事があるよね…?」
美少女がキョトンとした表情をした。少女も少女で自分、何言ってんだと困惑している。何かを察したのか双子が美少女の傍らにやって来て、彼女達の心情などいず知らず、ショーケースに並ぶお菓子を見て「美味しそー!」と鑑賞している。美少女はシュークリームを全て食べ終わると持参していたハンカチで手を拭き、少女の頭を撫でた。それに少女の方がびっくりしていたが嬉しそうに身を委ねていた。
「そんな事があっても、アンタは茉亞羅様とお姉様の妹に決まってるでしょ?!ヘレーナ」
「!うん!ありがとうお姉ちゃん!」
少女、ヘレーナが嬉しそうにショーケース越しに姉である美少女、茉亞羅に抱きつく。ショーケース越しなので、首回りに抱きつくようになっているが。茉亞羅は照れているのか、紅くなった顔を明後日の方向に向けている。が、口元は嬉しそうに綻んでいる。それを見ていた双子のヘンゼルとグレーテルも微笑ましそうに笑った。彼らがいる場所、お店に彼らを歓迎するような暖かくも優しい日差しが差し込んでいた。
…*…
その女性は鏡を見ながら、もらった髪飾りをつけようと悪戦苦闘していた。鏡の中にうつる自分の瞳の色は以前とは違い、白濁しておらず、きれいな翡翠色をしている。その事がまたちょっと嬉しくて、それでいて少し違和感で、ずっと鏡を見ていたくなる。だが決してナルシストとかではない。
「準備終わった?」
男性の声がこの部屋の入り口から聞こえた。誰だかはわかっているので振り返る事はしない。
「うーん、あと髪飾りだけなの」
「貸して」
「え、あっ」
まさか部屋の中に入ってくるとは思ってもみなかったので、スッと悪戦苦闘していた髪飾りを取られて驚いてしまった。そして男性は女性の髪を軽く自身の手で弄んだ後、意図も簡単に髪飾りをつけてしまった。鏡の中の女性が不貞腐れたように頬を膨らましている。それに男性はクスクスと笑う。そんな表情も愛おしくて堪らない。男性は不機嫌そうな女性の髪飾りと髪を軽く撫で、彼女に手を差し出す。
「ほら、早く行かないと約束の時間に遅れるよ、千早」
「わかってるわよ鳳嶺」
女性は男性の手を取りながら、言う。約束の時間、想像するだけで頬が緩んで行ってしまう。それを男性も気づいており、クスリと彼女を愛おしいそうに見て笑う。どちらと云うわけもなく絡めた左の薬指には銀色の、美しい花が刻まれた指輪がはめられていた。女性は男性に引かれて立ち上がり、いつものように男性の顔を見上げ、嬉しそうに笑う。
「そんなに俺の顔が見れて嬉しいか?」
「ええ!だって、やっと愛しい人の本当の姿を見れたんだもの!」
花の咲くような、眩しい笑顔に男性は照れたように頬を染めた。そして、どちらと云うわけもなく、身を寄せ合った。ポツリと女性が言う。
「運命って、縁って不思議ね。まさかの人達と姉妹になって、それで…」
「まぁ分かるけどさ。でも、今は、この人生を楽しもう。な?」
男性が女性の髪に軽く口づけを落とすと彼女はくすぐったそうに身を捩った。そして、早く!と云うように男性の手を引っ張って歩き始めた。男性の方が身長は高いので足の長さもあってすぐに追い付いてしまうが。二人一緒に並んで、誰から見ても分かるような幸せオーラとラブラブオーラを放つ。部屋を出て廊下を歩いていると、家の者に「仲が良くて妬けちゃいますわー」と茶化された。
女性はこれから会う友人達を思い浮かべ、クスリと笑う。
「あの二人、いつ結婚するのかしらね?」
「さあな。俺達よりも交際期間は長いのになぁ…やっぱ、あいつじゃね?」
「納得ね。嗚呼見えて恥ずかしがり屋だもね」
「俺達の結婚式の時にでも公開処刑と称して聞くか?」
「やめなさい」
男性の意地悪に女性がそうたしなめ、二人は楽しそうに笑う。以前から友人である二人は婚約をした彼らよりもゆっくりとしたペースで進んでいる。それがなんだが彼らにはくすぐったかったし、なんだか焦れったい。二人にとっては余計なお世話、だろうが。玄関で靴を履く。待ち合わせ場所は此処から少しだけ遠い。けれど、時間的には間に合う。靴を履いて立ち上がる女性に先に立っていた男性が再び手を貸す。女性はその行為に甘えるように、手を取り、ゆっくりと立ち上がる。家の者が二人を微笑ましそうに見て、「行ってらっしゃいませ」と声をかける。それに女性、千早と男性、鳳嶺は笑って返した。
「「行ってきます」」
あー三月終わりますねー四月かー…お花見ですね!




