第百三十五ノ世界:最期が眠り、始まりが目覚める
村正がまばゆいほどの光に慣れ、目を開閉させる。とそこに広がっていたのは四方八方、真っ白な空間だった。驚いたように辺りを見渡せば、匡華以外の全員がそこに集結していた。怪我は何故か治り、無傷の状態だ。
「?!なんだこれ?!」
蜘蛛切丸の驚愕した声に全員がそちらを振り返った。すると彼が目を見開いて凝視していたのは、自らの両手だった。両手の指先から粒子が放たれ、ゆっくりと指先が消えて行っている。その驚愕で、混乱する光景に夕顔以外の全員が自らの体が無事かどうかと触って確かめる。しかし、触っても分かるはずがない。村正が蜘蛛切丸のように手を見ると彼と同じように粒子となって消えて行っていた。
「此処は、創造神が力を発動させている際、かろうじて生き残った者達が訪れる最後の場所。『滅亡』と『創造』をしても、唯一消える事がない……簡潔に言えば"魂の居場所"」
夕顔が同じく消えかけている手を使い、懐から煙管を取り出すと最後の一服、と云うように灰色の煙を吐き出した。その煙には、以前は気になって仕方がなかったキラキラとしたものは混じっていない。匡華だけがいない理由が分かった。煙が上昇していく方向を何気なく見た狐影が感嘆の声をあげた。
「う、わぁ……キレイ……」
彼らの頭上にあったのは、無数の、星のように色とりどりの光を輝かせる、様々な形をしたものと、それを優しく包む粒子の数々だった。全てのものが白い空間に漂い、先が見えない天井ーもしかすると空かもしれないーに向かって吸い込まれて行くように上昇して行く。あのもの全てが魂だと云うのか?創造神の証である粒子を身に纏い、新たな創造神が描いた世界へと昇っていくその光景は美しく、儚げで圧巻だった。どんなに美しい夜景でもこの光景に勝るものは恐らくないだろう。全員が顔をあげ、その光景に目を奪われる。
「……無数の魂が新たな世界へと命を産みに行く。此処はそういう場所だ。つまり、此処の、"魂の居場所"と創造神達が呼ぶ理由が分かるだろ?」
「死後の世界……誰も見たことがないわけだね」
「まぁこんな美しい光景、見せたくないって思うだろうけど」
祢々切丸の思わず出てしまった、と言うような言葉に伽爛が言うと二人は顔を見合わせて笑った。途端に夕顔以外が悲しそうな顔をする。魂、死後の世界、と云うことは自分達は本当に死ぬのだ。消えていく指の感覚があるところからまだギリギリ、死んではいないのだろうが。そのうち、全てが神様のように粒子となって消え、魂達のように昇っていくのだろう。ならば、その前に。
伽爛が全員を振り返って、ニッコリと笑う。
「君達と出会えて良かったよ。君達の味方となって、『異世界案内人』になって良かったと初めて思ったよ。村正くん、祢々くん、蜘蛛くん、私を信じてくれてありがとう。子供がいない私には、君達は子供のようで、一挙一動が和み、愛おしいかった……君達の友人となれて良かった。狐影くん、君とはあまり交流はなかったけれど、楽しかったよ。ありがとう…………夕顔さん、尊敬する『歴史鑑定師』である君に会えて、今此処に感謝を。加護夜くんには感謝しても仕切れないね………………」
伽爛の体は半分以上が粒子となって消えかけている。最期の言葉を、告げている事なんて、言わなくても分かった。蜘蛛切丸が片目から涙を流しながら叫ぶ。
「オレ、だって、伽爛さんと会えて良かったって思ってんだ!」
「過去を話してみようと思うような、誠実な人だった」
「匡華もきっと、あんたには感謝しています」
「「「ありがとう」」」
「短い時間?だったけど、我にも優しくしてくれてありがとう!」
「こちらこそ、『異世界案内人』に会えて光栄だ」
伽爛の言葉に返すように彼らが言う。その言葉に伽爛は嬉しそうに微笑むとその瞳から感極まったのか涙が一筋こぼれていった。
「幸せがあらんことを」
それが彼の最期だった。静かに、優しく彼は呟いた。粒子はゆっくりと伽爛を包み、粒子に変えて行った。そして、伊達 伽爛は消えた。粒子が魂となった伽爛を包み、静かに上昇して行く。小さな嗚咽がもれる。クルリと狐影が粒子となり、魂となった伽爛を振り返り、こちらを見た。目からは止めなく涙が零れ落ちているが、笑おうとしている。涙と笑みでその表情は歪だった。
「ありがとっ!こんな我を信じてくれて!神様に、主様に感謝だよね。蜘蛛切丸!遊んでくれてありがと。一緒にいて楽しかった。親友って、こんな感じなのかな?祢々さん、あんまり話さなかったけど色々頼っちゃってごめん、ありがと。夕顔さん、我に"誇れ"って言ってくれて嬉しかった。主様を、大好きなあの人のために我もなにか出来るって思わせてくれた。ありがと。匡華と村正には何度お礼しても足りないよ!我を、我を認めてくれて……ありがと!大好きだよっ!」
ニカッと笑って言う狐影の瞳から涙が飛び散った。狐影の言葉に村正がなにかを呟いた。そして、顔をあげながら言う。
「馬鹿。あんたはいつまでも馬鹿ですよ…友人になれて、こちらこそ良かった」
「はは、謝ると感謝二つって。こっちこそどうも」
「オレと狐影は、親友だ。オレだって嬉しかった。ありがとな!」
「あの言葉がお前の力になったなら、それで十分だ」
彼らの言葉に狐影はキョトン、とした後、ふにゃりと笑った。そして、粒子となって消えて行くその寸前に、頭上を見上げ、誰かを探すようにその視線をさ迷わせた。
「待っててね……父さん…」
父さん、が誰なのかなんて分かりきっていることだった。完全に消え、魂となって昇っていく狐影を見送った後、灰色の煙を軽く吐いて夕顔が村正達を見た。匡華を見るような、優しい眼差しに三人の体に緊張が走った。
「匡華が坊主どもを連れてきた時、正直に云えば、奇跡だと思った。『天地の三神』が転生した姿だと云う確信は『神を守護せし武器』との会話だったが。覚えてないだろうな、前世、俺とも会ってたんだ…………ありがとな、匡華を慕い、支え、信じてくれて。あいつの両親も喜んでるだろうよ」
そう言って夕顔は笑った。それに祢々切丸が口を開く。
「こちらこそ、匡華と同じように匿ったりしてくれて感謝してる」
「部屋をくれたり、真実を教えてくれたりもな」
「匡華の伯父、と云うわけではなく人個人として尊敬してました」
「「「歴史を訂正してくれて、ありがとう」」」
三人の言葉に夕顔は煙管を軽く吸い、顔を背けた。泣いているのか、肩が震えている。持っている煙管が粒子に包まれる。彼も時間のようだ。夕顔は三人に軽く手を振り、粒子となって消えて行く。誰に言う訳でもなく、最期にこう呟いて。
「お前らの子供は、本当にそっくりだな……これより先は、有料…ってな」
クスリと、そう笑って消えてしまった。残ったのは三人。蜘蛛切丸が頭突きのような抱擁を兄である村正と祢々切丸にぶつける。それを受け止めながら、祢々切丸がクスクスと笑って蜘蛛切丸の頭を撫でる。蜘蛛切丸が村正と祢々切丸の爪に塗られた証を見ながら、言う。
「オレ、兄さんと兄貴と一緒で良かった。弟になれてよかった。今度は、証がなくてもあっても繋がっていられるような、そんな兄弟になりてぇなぁ」
同じ血を持つ、と云ってもそれは『荒神』としてと云うこと。三人の前世が『天地の三神』であったとしてもそれは変わらない。
「例え、兄弟でなくともずっと一緒ですよ。前世でもそうだったんですからね」
「村正の言う通りかも。三人でいれたから乗り越えられた事だってあったんだし」
「匡華にも会えたしな」
「迷惑かけて、かけられて……楽しかったよね」
「そうですねぇ。楽しすぎてどれが一番かは分かりませんが」
「それな!」
ハハハッと笑い合う三人の声が響く。村正は両の爪に塗られた黒を見る。同じ守護を持ち、同じ血を持ち、同じ出生を持ち、同じ守護を持ち、同じ境遇を持つ友人で仲間で兄弟。前世でも一緒だった彼らはまた、離れてしまう。けれど、怖くはない。三人が何を思ったか納めた状態の武器を交差させ、その上に手を重ねて行く。多くを語る事はない。手に取るように相手の感情が分かる彼らにとっては。自分達を守って来た武器に声を届ける。
「村正、一番に僕のところに来てくれて嬉しかったです。今まで、ありがとう。お休みなさい」
「祢々切丸。ありがとう、きみのお陰でぼくは成長できた。ゆっくりお休み。そして、また」
「蜘蛛切丸ーオレさ、感謝してるぜ?色々あるし。見捨てないでくれて、ありがと。お休み」
三人の言葉が通じたかのように三振りの武器達は粒子となって消えて行った。最期に彼らの耳元で「こちらこそありがとう」「嬉しかった」「お休みなさい」「「「また、会おう。今度は、来世で」」」と、告げて。その声のうち一つが明らかに泣いているように聞こえたのは気のせいか。その次に祢々切丸と蜘蛛切丸の体が消えて行く。彼らは視線を合わせ、ただ一言。
「「「また」」」
そうして、二人の魂は粒子に包まれて昇っていく。最期の一人になってしまった村正は、何故自分が最期になったのかが、分かる気がした。半分まで消えてしまった手を見つめた後、これまで出会った人々、思い出を思い浮かべる。走馬灯のように鮮やかに甦るのは、きっと何処でも誰でも同じだろう。嗚呼、けれど、村正の頬を伝うものは、悲しみの涙ではない。きっと。村正は今まさに創造神としての任を果たそうとしている匡華に向かって言う。彼女も此処に来るのだろうが、それよりも先に自分が消える方が早い気がした。
「匡華、僕、あんたに出会って本当に良かった。救ってもらえて感謝しています。でも、それだけじゃない。あんたのお陰で僕は様々な事を体験出来ました。友人が出来て、笑って、泣いて……そして、人を愛する事を知りました…………一人の女性として、愛しています、匡華」
此処にはいない匡華に、愛しい人に向かって想いを馳せる。最初は祢々切丸や蜘蛛切丸と同じようにじゃれているつもりだった。いつからそれが、愛しい人の色んな表情が見たいと云う理由になったのだろう。ずっと側にいたいと思うようになったのだろう。相棒の枠も、友人の枠も越えたくなったのだろう。もう、いつだったかは思い出せない。けれども、両親を一度に亡くし、冷たくなった亡骸の前で子供のように泣きじゃくる匡華を見た時、自分の目を疑った。頼りがいのある、凛々しくも優しく大人びた少女は自分達よりも大人だと思っていた。けれど本当は、自分達と同じように子供だった。嗚呼、あんたもまた、自分達と同じだったんだ。誰かのために背伸びをしていたんだ、と気づいた。守りたい。そう、匡華を守り、愛してきた両親の代わりにはならないけれど、彼女を守ろうと思った。彼女は、自分のことを後回しにしてしまうくらいに、大きくて小さな存在だから。救ってくれた恩人という恩返しからではなく、友人として仲間として支えようと云う部分もあった。けれど本当は、愛しい人がずっと笑顔でいられるように守りたかった。自分はその端くれも出来なかったかもしれないけれど、匡華の相棒として、支えてこれた。笑顔を与えられた。だから、最期くらい、我が儘を言ってみてもいいでしょう?
村正が消えかけている手を空に伸ばす。そこには誰もいない……と思った次の瞬間、そこに手が現れ、村正の手を握った。驚く彼の目の前で二色の光が薄く舞い、晴れて行く。そこにいたのは、今彼が最も会いたかった人、匡華だった。匡華は村正に向かってもう片方の手を伸ばす。村正がその手を掴み、引き寄せると二人は向かい合う。匡華は村正を見上げ、嬉しそうに、安心したように笑う。
「間に合った。創造神って大変だね……みんなは先に逝ってしまったか……」
匡華が悲しそうに頭上の魂達を見上げる。あの中に彼らがいると思うとなんだが寂しくなかった。よく見ると匡華の体も粒子となって消えかけていた。村正はクスリと笑い、言う。
「みんな、匡華に感謝してましたよ」
「ふふ。そうか……伽爛には色々迷惑かけたが、とても頼りがいがあった。狐影は最初は不思議だったけれど、良い友人だ。祢々とはよく飲み物について議論したよ、楽しかったなぁ。蜘蛛とは稽古をしたね、いつも負けまいと必死になってしまった。伯父さんは私を此処まで育ててくれた。村正達もいる中で研究に没頭する中で私達を養ってくれた。そして、村正。貴方には感謝しても仕切れないよ。いつも、助けてくれてありがとう。信じてくれてありがとう。支えてくれてありがとう」
「それは、僕もですよ匡華」
クスクスと二人で笑い合う。匡華が「ねぇ」と悪戯っ子のように笑う。嫌な予感。
「実はね、さっきの村正の告白、聞いてしまったんだよ」
「……そう、そうですか。僕はもう開き直りますかr「私も、愛してるよ」……」
匡華がそう言った。それにキョトンとすれば、匡華が楽しそうに笑う。彼女の頬は真っ赤で、側にいた村正には意味がわかって、自分も紅くなる。
私はね、村正。貴方と出会った時からきっと、惚れてしまっていたんだよ。村正の美しくも妖艶な黒蝶が、私の白蝶と調和したあの瞬間からきっと。貴方が、私をからかいながらも、愛おしそうに見るから、自惚れても良いのかなって思って。側にいて、支えてくれた。背中を預けて、命を預けられた。如何なる時も隣を見れば、村正がいた。それが、どんなに安心できたか、貴方は知らないだろうね。嗚呼、母さんが死ぬ直前、私に言った遺言の意味が、本当に理解出来た気がする。母さんにとって父さんがそうだったように。千早の気持ちも分かった気がする。鳳嶺が託した彼の意図が今になって分かった気がする。けれど、今は関係ない。…………私はずっと、貴方が好きだった。
繋いだ両手の指をどちらとも云うわけもなく、絡ませて、二人は額同士を軽く擦り合わせる。今、この時だけでも良い。時間が止まって欲しい。それは、叶わない願いだけれども。
「愛しています、匡華」
「私もだよ、村正」
二人は幸せそうに笑い合う。心の底から。そして二人は粒子となり、消えてしまった。この世界での彼らの命が尽きた瞬間だった。けれど、彼らの魂は、美しく上昇し、新たな世界へと飛んで行く。新たな命が造られる、新たな創造神が創り、描いた世界へと。
もうすぐ終わってしまうー




