9-後
「……合コンでした」
「やっぱり」
可笑しいが合コンで良かった、と心底ホッとした。その方が今後の説明がしやすくなって助かる。
「佐々木さんさっき言ったよね。女子が三人だから男子も三人揃えるって」
「そうだけど……ねぇ、もしかして怒ってる?」
「まさか。寧ろその御陰で勝は学校に来れる様になったし、他にも色々と助かってる。だから今では凄く感謝してる」
「えーっと、どういう意味?」
訝しぶる夢に、小助は僅かに詰め寄った。
「佐々木さん、あの時のメンバー覚えてる?」
「なんで急にそんな事聞くの」
「気にしないで。それで、どう? 覚えてる?」
「一言で言うなら『覚えてる』。当然でしょ。あたしが企画したんだから」
「じゃあ女子は誰々だった?」
「何、もしかしてもう忘れたの?」
「違う。確認したいだけ」
「はぁ、もう本当に意味分かんない」
「お願い」
「………仕様がないなぁ。えーっと……先ずはあたし」
「それで?」
「次にキョウちゃん、最後にトモちゃん」
「じゃあ次。男子は?」
頼む、と小助は祈った。まだ一つ切り札はあるもののそちらもこの話しとさほどの大差はない。だからこれが駄目ならそちらも信じてもらえる見込みが薄い。
緊張する小助の前で夢は指を折った。
「だから言えるって。先ずは小松君、と勝君。それから……」
夢は眉を寄せて首を傾げる。
小助はガッツポーズをしたい気分だった。
「小松君、勝君……えっとー、小松君、勝君…………えーっと……」
「ありがとう」
「え?」
小助はもう一度座席表を指した。十二個空いた席の内の一つを。
「俺達はそのもう一人を捜してる」
夢は自分の折った指と小助の指を見比べる。
そしてまた小さく唸った。
「でもさ、当日休んだのかもしれないじゃん」
「佐々木さんは休まれたら誘った相手を忘れちゃうの?」
「……それはない、けど」
「ねぇ、どう? 勝の言ってる事信じてくれる? 一緒に悩んでくれる?」
小助は思わず前のめりになる。焦ってはいけないと分かっているのに、新しい反応を見て期待せずにはいられない。
縋る様な目で見ていると、夢がさっと顔を反らした。小助は分かっていたのに「やってしまった」と後悔して身を引いた。
「ごめん、なんか押し付ける様な事言った」
「良いよ。でも………まだ信じられない。だって元から呼ばなかったって可能性もあるし。だって本当に来て欲しかったのは小松君と勝君だけなんだから」
成る程そう来たか、と小助は一旦呼吸を整えると昨日勝が思いついた所を指した。そこは皆でリボン隠れ鬼をしようとした日付。
「これで見せたい所は最後。もう聞かないし、見せない」
「分かった」
「第四月曜日。俺達が放課後リボン隠れ鬼をしようとした日」
「覚えてるよ。それが?」
「佐々木さんはリボン隠れ鬼のルールを破りたかった。出来れば四つとも全部」
「そうだね。だってそれする為にメンバー揃えたんだから」
「じゃあその時集まったメンバーは?」
「えー……またそれ?」
「うん、またお願い」
「うー……分かった」
夢は不安そうに指を折る。また数が合わなくなったら嫌なのだろう。だが小助も不安を隠せない。普段から表情豊かな顔をしていなくて良かったと思った。
「先ずは小松君。鬼だった」
「うん」
「そしてあたし」
「うん」
「キョウちゃん」
「うん」
「トモちゃん」
「うん」
「最後に勝………」
「うん」
「……………あれ?」
「そう、全部で五人。これで佐々木さんは破りたかったルールの内一つを破れない」
とりあえず一つは、確実に。
夢は自分の手を見た。指が全部折れて拳になった所を反対の手で撫でる。
そして不安そうに小助を見た。
「勝君見学する予定だったとか」
「勝は一緒に遊ぶ気だった。それにその気じゃないとそもそも一緒にリボンを買いに行かない」
「……そう、だけど、でも………」
「それに俺はその前の週に菅原君と揉めたから佐々木さんが誰かにリボンを預けてろって言った。その人が誰だか覚えてる?」
「……言ったのは覚えてるけど、でも誰に言ったのかは……覚えてない」
「俺も覚えてない」
夢はもう震えてしまいそうだった。その姿に罪悪感が膨れ上がる。
だが夢はまだ食い下がる。
「あっ、なら他の人に預けたのかも。ゲームやらない人に」
「そんなわけない」
「なんで? だって覚えてないって事はゲームに関係ない人に預けたからで……」
「思い出して、佐々木さん。一番基本の事だよ」
「基本ってそんなの……あっ」
「そう、俺は皆から嫌われてる。だから誰も俺のリボンをーーーーー預かってくれない」
夢は黙って顎に手を置く。
小助は今度こそ詰め寄らない様に自分を抑えた。例えどんなに時間がかかろうとも、それが三日でも一週間でも待ってやる、そう思っていると意外と早く夢が小助を見た。
「納得は出来ない」
小助は小さく息をついた。
これ以上はもう無理だった。というのも小助がこれ以上の証拠を何一つ持っていなかったから。
小助は名残惜しそうにノートを閉じる。
「………分かった。ごめん時間かけさせちゃって。バス停まで送るから一緒に……」
「でも」
夢が二枚の写真を手に取る。
「あたしも調べるから、それからで良い?」
「……え? それってどういう……」
「あたしは人の噂も好きだし怖い話しも好き。でも自分の目で見た事しか信じない」
「……」
「だからあたしはあたしで調べるから、それまで少し待っててよ。調べて、見て、本当の事が分かったら直ぐ小松君に言う」
「佐々木さん……」
小助は感動した。オノシンでは駄目だったが、代わりにこんなに頼もしい味方が現れた。まだ完全に信じてくれるまでには相当な時間を要するだろうけれど、それでも相手が夢ならば「いつかは」と信じて待っていられる。
「ありがとう」
頭を下げる小助を見て夢は飽きれた様に息をつく。
「言っとくけどまだ信じてはいないんだからね」
「うん、でもそれで良いんだ。勝も絶対に喜ぶよ」
「……それなんだけど、勝君にはまだ言わないでおいてくれない? もしあたしが『やっぱり信じれない』って言ったら凄く落ち込むだろうから」
「あぁそっか。じゃあその時まで楽しみにとっておく」
「だから期待しないでってば」
夢はそう言うと帰る準備を始めた。持ってきた手提げ袋に小助が貸した写真を丁寧に仕舞う。
「じゃあ駅まで……」
「お邪魔します!!」
バシンとドアが開く。夢と二人して肩を跳ねさせると隈以外は綺麗にしてきた楽太郎がしゃもじを手に変なポーズを決めた。
「お嬢さん、是非小松家でオムライスを如何かな!」
夢がぽかんと口を開ける。小助は溜息をついてドアの前に立った。
「いらない」
「なら予定を変更してスクランブルエッグを!」
「早く降りて」
「仕方がない。ここは奮発して寿司を取ろうかね!」
「いいから、早く、降りて、何もしないで、寝て」
小助のそのはっきりとした物言いに夢が「小松君こっちの方がモテるよ」と懐かしい単語をぽつりと出した。
翌日勝を迎えに行くとやはり行きたくないと駄々を捏ねられた。それをなんとかなだめすかして準備をさせると喜糸の家に向かう。最近全く遊んであげられていないが、この日課だけは毎日継続されていた。
しかし今日はどうも体調が芳しくないとの事で、仕方がなく喜糸の家を後にする。
「じゃあ……」
「遅刻しちゃうよ。早く行こう」
案の定勝も休むと言いかけたが小助は心を鬼にして無理にでも勝を引っ張った。今の勝は家に居ても学校に居ても変わらない。なら学校に行かないとこの先一生行けなくなってしまう。
トボトボと足を引きずる様にして歩く勝が深い溜息を吐く。
「……疲れた」
「昨日ご飯食べなかったでしょ」
「……食欲ない」
「朝も食べてないでしょ」
「疲れた……」
「後でおにぎりあげる」
「いらね……」
「食べなさい」
勝が舌を打つ。それでも着いて来てくれるのが有難い。小助は手提げ袋を漁ると小袋に入れたモノを取り出した。
「あげる」
「何これ、耳栓?」
「これなら煩くないでしょ」
「なんで持ってんの。態々買ったのか?」
「違う、これは五年生の時に使ってたやつのあまり」
「五年生ってなんで……」
勝は途端に眉を寄せた。そして俯いて石ころを蹴る。
「……お前さ、なんで平気な訳?」
「平気? 何が」
「五年の頃からずっと菅原に虐められてんじゃん。あとは皆から無視されたりばい菌扱いされたり」
「そっか。勝には俺が平気そうに見えるんだ」
「そりゃ……」
言いかけて、止めた。
勝は小助の手から耳栓の入った袋を受け取るとそれを手の中で弄る。そしてぽつりと言った。
「だよな」
勝は何故小助の体重が落ちたのかに気が付いた。
二人はそれ以上は何も言わないで通学路を進む。その隣りを男子がはやし立てながら駆けて行ったが、勝は何も反応しなかった。ちらりと横目で見ればいつの間にか耳栓を装着していた勝が先を行った生徒に向けてふんと鼻を鳴らした。
下駄箱に着くと小助の上履きの上に可愛らしい封筒が乗っていた。
小助は首を傾げてそれを取る。ポップな花が大量にあしらわれているが宛先も何も書かれていない。入れ間違えたか、はたまた見掛け倒しの呪いの手紙か。
「あれ、小助どうした」
「なんか手紙が入ってた」
「えっまさかラブレター!?」
勝が興奮気味に小助の手から手紙を捥ぎ取る。電気に翳して、しかし直ぐに返して来た。
悲しそうな目を見て少しだけムッとする。
「言いたい事は分かる。でも傷つく」
「だってお前話せば良い奴だけど……」
「そうだよ、女子とは佐々木さん達以外と話した事ない」
言い方は極端だが間違ってはいない。だからラブレターなわけがなかった。小助は勝と同じ様に一度電気に翳してからノリ付けされてない封筒を開けた。
ーー小松君へ。昨日……ーー
目に入ったその文章に大きなショックを受けた小助は全力で走った。そして教室から丁度出てきた夢の腕を捕まえると一組の隣りにある空き教室に入る。
「嫌だ離して!」
小助が腕を離す前に夢が怒鳴って先にそれを振り払った。
「何すんの! 痛いでしょ!」
「そんな事よりコレ……」
「そんな事って何!」
「良いから聞いて!」
小助は目を丸くする夢の前に封筒を突き出した。
夢の目がすっとつり上がる。
「何、それで怒ってんの? 手紙にも書いたけどあたしは……」
「怒ってるんじゃないんだ。これ、なんで、こんな事……」
手紙を広げる。その時封筒から二枚の写真が落ちた。
だが気にせずに続けた。
「『小松君へ。昨日家に帰ったら手提げ袋にコレが入っていました。盗まれたと思われるのは嫌なので』」
「ちょっと手紙音読するとか最低! デリカシーの欠片もないんじゃないの!?」
「『直ぐに返します。本当に盗ったんじゃないからね。あと昨日小松君の家に行った事は誰にも』」
ガリッと手を引っ掻かれたのは夢が手紙を捥ぎ取ったからだ。泣きながら縦横無尽に引き裂くと小助に思い切り投げつける。細かくなったそれを小助は一つも取れなかった。
「最っ低!!!」
そう吐き捨てると夢が教室を飛び出す。その直ぐ後に勝がひょっこりと顔を覗かせた。
気まずそうな顔をしながら近付いてくる。
「小助……大丈夫か?」
「……」
小助はそれに返事も出来ずに手で額を覆う。
ーー怖いーー
夢は忘れていた。昨日話した事全てを。小助と交わした約束全てを。余す事なく、全てを忘れていた。
「泣いてんのか? もしかして佐々木と何か……」
「勝」
小助は喉から声を絞り出す。
勝が戸惑う様に「おう」と返事を返した。
「俺達には……無理だよ」
「…………何が……」
「絶対に、無理だ」
小助は手で隠れた目を吊り上げていた。その目で足下の写真を睨みつける。
勝が「あっ」と小さく声を漏らしてしゃがみ込み、それに手を伸ばした。小助はそれすら止めて欲しいと思った。だからそれを伝える為に名を呼んだ。
「勝」
「小助さっきからどうし……」
勝が下から小助を覗いたのが分かった。そして息を飲む勝に言う。
「諦めよう。これは俺達にはどうする事も出来ない」
小助は闇の奥に居るであろう化け物を睨みつけた。




