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リボン隠れ鬼  作者: 作空うむき
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8-後

 殴られたといっても勝の腕に頬を滑らせただけで大袈裟な怪我はどこにもない。痛みの方だって最後裕幸に蹴られた所の方がずっとあるし、痣になる事も確実。

 狭い資料室にあるパイプイスに座りながら太ももを摩ると、オノシンが苦笑いを零した。

「喧嘩は男の勲章ともいうが、今回のはとんだとばっちりだったな」

「いえ、僕は……寧ろとばっちりを受けたのは千田君の方だと思います」

 小助が幹也に虐められていなければこんな目には遭わなかった。

 その勝は小助が保健室に行っている間に幹也達と一緒に説教を受け、その場でオノシンの采配により喧嘩両成敗が確定された。そして残っていた勝と保健室から戻ってきた小助とで早々に話しをつけると、勝は酷く落ち込んだ様子で下校していった。

「小助は優しいな」

「そんな事ありません。千田君は俺の父の為に怒ってくれたんですから」

 ゴミを漁って生きている。そんな風に思われていた事も、言われた事もショックだったが、まさか代わりに勝が怒ってくれるなんて。それはそれで嬉しいというか申し訳ないというか、とにかく小助が勝を怒る理由は何一つない。

 だからオノシンが両方の親に連絡を、と言った時点で直ぐに断った。

 ーーでも本当、怪我したのが伊藤君じゃなくて良かった……ーー

 裕幸の為ではなく勝の為だ。

 裕幸の父はPTAの会長をしていて、おまけに両親共に息子に甘い。運動会の時には裕幸が大好きだというチョコレートケーキをホールサイズで持ってきたり、冬休みが終わると「今年はお年玉が二十万越えたんだぜ!」と鼻を高くしている姿を何度も見た事がある。

 とはいっても学校を牛耳る程の権力を持っているわけではないので、いきなり「退学!」と言い渡される事はないだろう。ただ、もしあの拳を裕幸が見事に受けていたのであれば暴力事件として校長を引っ張り出し、色々と面倒な騒ぎになっていたに違いない。

 だから幹也は態と裕幸を煽る事を言うのだろうと思っていると、オノシンがコホンと咳払いをした。

「でな、なんで小助だけ残したかっていうと……」

「あれですか? 皆噂してる宗教とか、そういうの」

「あー……まぁ……」

 あの噂、実は昨日から知っていた。トイレに行った時偶々聞いたのだが、小助にはどうする事も出来ないのだからと諦めて放置していた。勿論誰にも止められないのが噂というものなのだが、今思うと何かしらの対策があった様に思える。

 そう俯いているとオノシンが三色ペンの色を忙しなく変え始めた。こういう教師の落ち着かない姿を見ていると、こちらも同じくらい、いや、それ以上に緊張する。もしかして休学や退学を言い渡されるのではと身構えていると、オノシンが遂にペンを机に置いて意を決した様に言った。

「お前の父さん、漫画家だろ」

「えっ、はい。一応」

 小助の知らない所で干されていなければ、の話しだが。しかし単行本も出ているしファンレターもそれなりに届く。それに映像化はまだ無理でも、毎年夏になると地元と東京で呼ばれるラジオの仕事もある。

 そういう細かい仕事を知らないにしても、何故担任であるオノシンが小助の父親の職業を改めて確認してくるのか。

 そう首を傾げた時、漸くある結論に辿り着いて小助の血の気がサッと引く。逆に上った怒りに任せて立ち上がった。

「父の漫画、千田君には見せてません!」

 楽太郎の漫画は年齢指定。それもR12。意味は十二歳から読めるという事ではなく、小学校を卒業したら読めるという事だ。

 それでも小助は修羅場の手伝いと称して数えきれない程の作品を見てきたが、これだけははっきりと言える。楽太郎が描く漫画はいつだって悪を裁く内容だ。善をないがしろにするとこうなるのだという教訓を込めている。故にただ面白可笑しくグロテスクな漫画を描いているのではない。

「そもそも父が漫画家だというのも教えてませんし、一応オカルトの本が揃った資料室みたいな部屋はありますが、父は僕の事を考えて制限付きの物や立体の物は別にしてくれています。というか僕自身オカルトに興味がないからそういう話題を広めようとした事なんて一度も……」

「分かった、悪い、悪かった。謝る」

 オノシンはガバリと頭を下げた。小助をそれを息も絶え絶えに見下ろす。だが胃の中はまだ怒りと悲しみでムカムカとしていた。

 それが伝わっているのだろう。オノシンが気まずそうに頭を上げる。視線が小助を見ない様にウロウロと動いた。

「正直言う。疑った」

「……」

「でも、これには訳があってな」

「…………なんですか」

 小助はイスに座る。燃える様に熱い頭でも想像がつく言い訳をオノシンの口から聞こうと思った。

「勝がな、幹也達を帰した後に言ったんだ。『俺の後に誰か居ましたよね』って」

「それで先生はなんて答えたんですか」

「………それが答えられなかった。代わりに『なんか悪い夢でも見たんじゃないか』と言ったらもの凄い顔された」

 オノシンが疲れた様に溜息をつく。

「先生不安になったよ。腹痛で休む前は学年の人気者で、勝の事が好きな女の子も沢山居て、何より元気で……」

 小助だってそれは分かる。そんな勝だから小助とも仲良くしてくれたのだとも。

 ーーきっと、自分が虐められると思ってなかったから混乱してるんだーー

 小助だってそうだった。

 何故自分が。何も悪い事はしてないのに。何故自分が。こんな目に。

「そしたら色々言ってきたんだ。妖怪の事とか催眠術がどうのとか変な組織がどうのとか。あとは……」

「あとは?」

「えっと……」

「先生、あとは何を言われたんですか?」

 ソレを言ってオノシンが信じてくれたのかが気になる。楽太郎の話題を出した辺りそれは確実にない事は分かっているが、それでも聞かずにはいられない。

 子供は大人、特に親や教師の事を信じているから、逆にこちらの事も心から信じて欲しいと思っている。

 ーーオノシンが味方になれば……ーー

 オノシンが小助達の言う事を信じてくれれば、一体どれだけ強い味方になるだろう。

「まぁ、あれだよ、あれ」

 しかし、期待とは裏切られるもの。

「あとはまぁ、色々だよ」

 誤摩化す様に笑ったオノシンの顔を見て、小助はもう何も言えなかった。



 とぼとぼと帰路を進むと前を見ていなくてもそろそろ自分の家だと分かった。

 小助は溜息をつく。

 ーー家に帰ったら電話しようーー

 そして「また明日」と言って電話を切ろう。

 こつんと爪先に当たった小石を蹴る。それがテンテンと転がって、やがてこつんと赤い靴に当たった。見慣れた靴だと思い顔を上げる。

「佐々木さん」

「今晩は」

 家より少し離れた道の途中で夢が手提げ袋だけを持って立っていた。

 小助は慌てて駆け寄る。

「どうしたの? 習い事の帰り?」

「そう」

「迎え待ってるの?」

「ううん、バスで帰る」

「なら表の通りまで送るよ。まだ暗くないけど、女の子一人じゃ……」

「あたしね、小松君に話しがあって来たの」

 夢は寄り掛かっていた電信柱から離れると小松の前に立った。近付いた事で夢の表情がより一層はっきりとする。

 怒っている、のとは違う。何かを決意した様な表情だった。

「俺の家直ぐそこだけど、どうする?」

「行かない。キョウちゃんに悪いし」

「八重樫さんも居るの?」

 振り返ってみるが、しかし京香どころか人っ子一人いない。夢があからさまに溜息をついた。

「小松君」

「はい」

「本題。勝君の事、もっとどうにかしてあげられないの」

 息を飲む。ギクリともした。

 小助は今夢に責められている。そう分かった。

「ねぇ、聞いてる?」

「……どうにかしなきゃ、とは思ってるよ」

「思ってるだけなの」

「そんな事ない。勿論、なんとかしたい。だけど……」

「だけど?」

「何を、どうして良いのか………分からない」

 勝がこれ以上無視されない様にするにはどうすれば良いのか。

 今日こんな事になってしまって明日からどう学校で過ごせば良いのか。

 そもそも消えた存在を取り戻すにはどうすれば良いのか。

 ーーーーー皆目見当がつかない。

 悩みに悩んで黙っていると、夢がドンと小助の胸を突き飛ばした。苛立った、というよりは喝を入れた、という感じだ。

「もしキョウちゃんかトモちゃんか、どっちかが虐められたらあたしは虐めた奴全員の首根っこ捕まえて、泣いても謝っても何しても反省するまで振り回し続けてやる」

 絶対にやる、と小助は身を引く。夢をその分詰め寄った。

「それとも何、小松君は勝君の事そこまでの友達だと思ってないの?」

「……えっと」

「はっきり言って」

「……その」

「こんな簡単な質問にそこまで悩んでる様じゃ駄目だね」

 小助はぐっと腹に力を込めた。

「だったら、佐々木さんが助ければ良いじゃないか」

 言って、直ぐに後悔した。小助は言ってはいけない事を口にした。ランドセルのベルトを強く掴むと夢が「ふーん」と強い調子で鼻をならした。

「あたし小松君の事カッコいいと思ってた。皆に避けられても菅原君達に虐められても誰にも助けてって言わないし」

「それはっ」

「それは小松君もこれまで虐められてきた子のこと、一度も助けてこなかったからでしょ?」

 小助はぐうと唸る。

 一年生の頃から、もっと遡れば幼稚園の頃から虐められて独ぼっちにされてきた子を沢山見てきた。だが小助は夢の言う様に何もしてこなかった。話しかけられれば話し返しはしたけど、だからといって虐めっ子に注意をしたり撃退をしたりなんて事は只の一度もした事がなかった。

 小助は素直に頷いた。

「あたし女の子だからよく分かるけど、どんなに困った事があっても友達を助けない事ってあるよ。さっきキョウちゃん達の名前も出したけど、理由によっては助けない事もあると思う。だってあたしは結局あたしが一番可愛いんだもん。だから今の勝君には正直近寄りたくない。いくら好きでも、あたしも周りから変な目で見られるのは絶対に嫌だから」

「そう、だね」

「でも解決してあげられる事ならいくらでも頑張る。今日はそれを小松君に言いに来たの」

 夢が胸を張ってそう言った。

 瞬間、その頼もしい姿に小助はパチンと目が覚める。

 どうして夢はこうも小助の目を覚まさせる様な事を言ってくれるのか。でもその御陰で意気地なしの自分に気が付けた。

「そう、だね」

「そうだね?」

「俺も、そうしたい」

 勿論まだ何をすれば良いのかは全く分からない。でも勝は裕幸に飛びかかってまで怒ってくれた。他にも色々な事を小助にしてくれた。

 だというのに小助がやった事は面倒な事を勝に全て押し付ける事だけ。

 自分が情けなくて仕方がない。だから自分ももう少し背伸びをしたい。

 まだ真っ直ぐには夢を見られないけれど、出来るだけ自分の決意を見せたくて顔を上げれば夢は安心した様に笑った。

「そう、良かった」

 その笑顔に思わずドキリとすると、夢が手提げ袋を反対の手に持ち直した。

「じゃあさ、早速だけど小松君」

「うん」

「勝君の側からーーーーー離れてくれないかな」

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