8-前
小助達には楽太郎が居る。その事で第一回目の作戦会議から早三日目にして段ボール一箱分もの情報が集められた。だがこれは欲しい情報の十分の一にも満たない。
故にこれからは小助達の手で実際に起きた事件から、数十年前に遡った古い地図の入手まで、とにかく沢山の事を調べて、調べ尽くして、そして最後にはまとめて答えを出さなければならないのだ。
やるべき事はまだまだ沢山ある。
そう勢いに乗ろうとする小助達の目の前に突如として現れたのは、自分達がまだ小学生だという年齢の壁でもなく、高過ぎる目標に目が眩んだという事でもない。それは本当に、思わぬ所から発生した障害だった。
「あのさ、ちょっと良いか」
「それでさー、母ちゃん気付かないで洗濯機回しちゃってさー」
「なぁ……」
「気付いた頃にはさー、もう兄ちゃんの携帯天に召されててさー」
「おいってば!」
「あははっ! 何それ最悪じゃーん!」
「……………なんで」
勝が、無視をされ始めたのだ。
舌打ちと共に蹴り上げたゴミ箱が宙を舞って壁に激突した。
「勝」
強めに名を呼んで物に当たった事への行為を咎める。そして静かに見据えると勝は髪をバリバリと掻きむしってゴミ箱を元の位置に戻した。
幸い中身が少量の紙くずだけだったので小助はその全てを拾うとその中にもう一度捨てる。
教室に残っていた半数近くのクラスメイトがそれを見てヒソヒソと囁き合う。勝はそれを酷く恨めしそう目で睨みつけた。
「……ぶっ殺してやりてぇ」
「しないよ」
「何がだよ」
「勝は、そんな事しないよ」
先に歩き出して教室を出る。今日は市の図書館に行く予定だった。歩き始めて直ぐ、隣りに勝が並ぶ。小助はそちらを見ないで言った。
「ごめん」
「……」
「学校の聞き込み調査、全部勝に任せたから……」
作戦会議の翌日から勝は手当り次第に「俺の後の席って誰か居なかったか?」と聞き始めた。その仕事を頼んだのは小助だ。邪見にされる自分では出来ないと思い、市役所や神社仏閣への聞き込みを全て担う代わりにと言ってお願いした。
だが聞き始めたその日の放課後には既に勝を避け始める者が出始め、翌日にはそれが倍以上に増えた。そして今日、開始からたった三日目にして勝を無視する空気が生徒の中で出来上がっていた。
あれだけ慕われていた勝がこんな事になるなんて、と想像もしていなかった小助はショックを受ける。
ーー俺のせいだーー
自分達の意見が正しいのだと思い過ぎて突っ走り過ぎた。こんな事になると分かっていたのならもっと別の方法を考えるか、もしくは小助が一人でやるべきだった。
「本当にごめ……」
「あのさ」
勝の静かな声に思わず緊張する。俯いた顔が上げられない。そんな小助を睨んでいるであろう勝が怒りを我慢する様な声で言った。
「謝るって事はさ、俺がこんな事も出来ない奴だって分かったから? だから無駄な時間使ってごめんって事?」
「そんな事思うわけ……」
「そんな事あるだろ!!」
怒鳴った勝の声が廊下に響く。他にも居た生徒達が振り返るのを見て、小助は慌てて勝の腕を引いた。だがそれは思い切り振り払われる。
「たった三日で段ボール一箱分も調べられたのは小助のおじさんの御陰だ! 俺達だけじゃ絶対にこんなに沢山調べられなかった! だから俺も負けない様に頑張ろうって思ったんだ!」
「勝……」
「なのに俺だけ、俺だけまだ何も出来てない!」
小助は直ぐに首を振った。
「そんな事ない。勝は凄く頑張ってる。昨日も一昨日も俺じゃ思いつかない事沢山思いついたり、あとはネットで……」
「ネットでなんて誰でも調べられるだろ! なのに小助は色んな所にビビんねぇで電話掛けるし、ノートにも上手くまとめるし、調べ方も上手いし!」
「そっそれは父さんの仕事の手伝いしてるからで……ねぇ、とりあえずもう帰……」
「うるせえ!!」
伸ばした手がまた払われる。小助達の周りを「なんだ、どうした」と言い合いながら人が集まりだした。中には指を指して笑っている者や、手招きをして人を呼んでいる者も居る。
小助はどうにか勝を別の場所に連れて行こうとするが、こちらが躍起になれば躍起になる程勝は激しく抵抗した。
「家から出してくれたのも、アイツの事助けようって誘ってくれたのも、上手く計画練ってくれたのも、美味い飯食わせてくれたのも、全部全部小助の力だ! なのに俺は、俺はこんな簡単な事……ただ聞くだけなのに!」
歯を食いしばって震える勝の腕を今度こそ掴む。そして引こうとして直ぐ、進行方向に大きな壁が立ちふさがった。
「男でヒステリックとか、マジねーわ」
「………菅原君」
小助は全身で緊張する。夢との一件以来全く関わって来なくなった幹也だが、今は急激に株を落としてしまった勝と小助の二人きり。夢達は習い事で早々に帰ってしまったし、今が最高のチャンスだと思ったのだろう。
ジリッと後ずさる。
「おい千田、何をそんなに喚いてんのか知らねーけど、そろそろ止めておいた方が良いんじゃね。女子がショック受けてんぞ」
「カツクンキモーイ」
「ヒロも負けてないよ」
「ケンクンヒドーイ」
裕幸の不気味な裏声にすかさず健一がツッコミを入れる。だがその反応も裕幸にとっては笑いのタネらしく、あのキンキンと響く笑い声が廊下に響いた。
そのあまりの煩さに苛立を覚えたのは小助だけではない。裕幸の尻を蹴った健一の様子に幹也が軽く笑う。そしてちらりと小助達を見るとにやりと口角を上げて近付いてきた。ズシンズシンと効果音が付きそうな雰囲気に怯むと、その幹也が俯く勝の顔を大袈裟に覗き込む。小助は慌てて勝を背後に隠したが、幹也はそれを気にした風もなく鼻を鳴らした。
「イケメンが台無しだな」
「……」
「なんだっけ。『千田君となんとか君どっちが好き?』だっけ。あれさ、今なら小助でも勝てんぞ」
幹也の後で「マジか」と裕幸が笑い、「確かに」と健一が笑った。
「そーいや知ってるか? 皆何をヒソヒソ言い合ってるのか」
「菅原君、俺達もう帰るから……」
「『小松小助が千田勝を変な宗教に入れさせた。皆も気をつけろ』、だってよ」
掴んだ腕が震えた。小助はそれを慌てて抑える。ギュッと力を込めながら「耐えろ」と祈った。このまま耐えて、好きなだけ言わせて、そして一刻も早くこの場を立ち去りたかった。
「なぁお前ら、千田が入れさせられた宗教の名前ってなんだと思う?」
ハイっと一際大きな声で裕幸が手を挙げる。
「デブ教!」
笑いが起きた。それまで不安そうな顔をしていた人達も思わず吹いてしまい、裕幸が調子に乗って「どうよどうよ」と幹也に同意を求める。
前のめりな姿勢を止めたのは健一だ。
「千田逆に痩せちゃったし、それはないでしょ」
「でもこれからうんと太るかもしんないぜ!」
「まぁそう考えると、ありそうかも」
「だろだろ! んで大ボスはデブ助の親父!」
小助は嫌な予感がして勝の腕を引いた。なりふり構わず逃げようとするとそれを幹也が塞ぐ。この時見た酷く楽しそうな笑みは、この先何があろうとも一生忘れる事はないだろう。
裕幸が楽しそうに小助を指し、笑った。
「あいつの親父髪長くてさ、しかもモジャモジャしててそれがマジきめーんだよ! なんかそこら中のゴミ箱漁って生きてそう!」
瞬間勝が凄い形相で裕幸に飛びかかった。女子が驚いて悲鳴を上げ、身長差を突かれた裕幸がドシンと鈍い音を響かせて廊下に倒れた。更に上がった悲鳴と、そしてはやし立てる声全てを無視して小助も突っ込んだ。だが何かに躓いて無様に転ぶ。起こる笑いに、しかし犯人を探す余裕はない。勝が大きく腕を振り上げたのを見て、小助はそのままの姿勢で無理矢理頭をねじ込ませた。
ゴツっという鈍い音がする。
脳がぶれ、視界もぶれる。光という光が妙に眩しく感じた。
「あっ……」
か細い声を耳に拾いつつも重力に抗えなくて裕幸の上に倒れる。途端に裕幸が奇声を発して小助を退かした。その時オマケだと言わんばかりに何度もあちこちを蹴られる。
もう痛いともすんとも言えなかった。




