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リボン隠れ鬼  作者: 作空うむき
15/20

7-後

 勝は案外人見知りだ。喜糸の両親にはため口で、しかも本当の息子の様に我侭も言えば癇癪を起こしたりもする。だが初めて会う楽太郎には凄く消極的だった。というより出来るだけ話しかけられない様に小助の影に隠れた。同級生や下級生の子とはすぐに仲良くなるのに、とその意外性に驚く。

 だがよくよく考えてみれば小助も年が近い人よりかは大分年の離れた人と話す方が得意なので、人の事は何も言えない。

「いっくぞーー!!」

「お願いだから見栄はらないでね。いつも通りで良いんだからね」

「何を言う。勝君を前にして見栄を張らずにいられるか!」

「ほいっ」

「あーーーー!! なんで小助がやるんだよーーーー!!」

「あっソース忘れた。お父さんお願い」

「よし行ってやろう」

 息子の「お父さんお願い」に喜んで従う楽太郎に僅かな不安を覚える。オレオレ詐欺の被害に遭ったらどうしよう。

 隠していたソースをテーブルに出すともう一つの方もひっくり返す。

 それに勝がぷっと吹き出した。

「おじさん可哀相ー」

「大丈夫、なんのこれしき」

「なぁ、ソース冷蔵庫になかったー」

 残念そうに戻ってきた楽太郎の手には何故かスルメの袋が握られている。絶対に炙る気だ。見栄を張りたいならチーズとかエビとかを持ってくれば良いのに。そういう所が雑だ。

「ごめん床に落ちてた。お詫びにスルメのサラダ作ってあげるね」

「マジで!? 勝君、こいつスルメ料理得意だから楽しみにしとけよー」

「っはい!」

「スルメー、スルメー、スルメちゃーん」

 と鼻歌を歌いながら頃合いのお好み焼きを細かく切っていく。キャベツの盛り過ぎで分厚いそれだが、見た目は申し分なく最高だ。先ず勝の皿に盛ると次に小助、そして自分の皿に乗せた。

「ではいただきます」

 楽太郎の合図で二人も手を合わせた。

 食事も半分進むと勝もそれなりに慣れて来る。まだ敬語だし、たまに反応に困っている時もあるが楽太郎の人の良さもあるし大丈夫だろう。

 今は本物とは大分素材が異なるエセシーザーサラダをモリモリ食べている。

「どうだ、小助の料理美味いだろう」

「はい、昨日作ってくれたおじやも美味かったっす」

「簡単だから勝にも出来るよ。後で教える?」

「いや、いい。俺食う専門だから」

 確かに勝が料理しているのは想像出来ない。

 小さく笑うと楽太郎がにししと笑った。見れば嬉しそうな顔をしてこちらを見ている。

「子供が元気なのはいい事だ」

「父さんオヤジ臭いよ」

「親父だからオヤジ臭くて良いのよ」

「じゃあ俺未婚でいいや」

「それ傷つく」

 ショックを受ける楽太郎を見て勝が笑った。

 そして手の甲で口元を拭って、サラダに入れたスルメを箸で弄る。

「もし俺の父ちゃんも無職だったらこんな風に話せたかもな」

「こんな風?」

「だって母ちゃんも父ちゃんも俺が寝た頃に帰ってきて、学校行った後に起きるから全然話さねぇんだもん。俺がちっせぇ時は弁当に手紙付けてくれたけど、喜糸の所に行く様になってからはそれもなくなったし」

 なんでもない様に語る勝だがやっぱりその表情は寂しそうだ。

 小助がサラダのキャベツだけを小皿に乗せてやると軽いパンチを喰らう。

 そんな二人を見て楽太郎がしみじみする様に言った。

「きっと勝君の親御さんも寂しいんだろうなぁ」

「え?」

「子供が大事じゃない親はいないよ。でなきゃ働く気力も半減だしな」

「……半減」

 その言葉を勝は迷う風に繰り返す。楽太郎はあの家の事を知らないからそう言えるのだろう。弁当を用意してくれるあたり親としての最低限の義務は果たそうとしているのだろうが、勝本人からすればどうしても他の親子と比較してしまう。

 ーーもしかして喜糸の家に居座るのって……ーー

 自分も家族の温もりを得たいのだろうか。

 喜糸と勝はまるで兄弟の様。喜糸の両親と勝はまるで親子の様。ならば勝の後の席の子も、まるで兄弟の様だと思ってきたのだろうか。

「………父さん」

 箸を置くと楽太郎が首を傾げる。

 その不思議そうな顔を見ながら悲しくなった。もし楽太郎がある日突然消えてしまったらどうなるだろう。それも漠然とした存在感だけを残して。母の時はまだ思い出があった。あり過ぎてそれが逆に小助を苦しめたが、だが忘れたいと思ったことはなかった。

 ーー勝も、そんな気持ちなんだろうかーー

 だから学校を休んでふさぎ込んだのか。次は自分だと怯えつつ、思い出せない家族の事を思って自分を責めたのだろうか。

 これらの事は想像でしかないが、そんな思い小助は絶対にしたくない。そして一刻も早く勝に家族を取り戻して欲しい。

「宇宙人でも妖怪でも神様でも良いんだ。ある日突然人が消えるって事は何があるの?」

「おい小助!」

 勝が焦った様に小助の肩を掴んだ。こんな狐に化かされた様な話し、いくら非現実的な事が苦手な勝でも想像しただろう。神隠しにあったから消えたのか。宇宙人に連れ去られたから消えたのか。だがそれを信じればもうその人は取り返せない。裏を返せば消えた人物自体も空想上の存在だと言う事になりかねないのだから。

「小助がそんな事聞いてくるなんて珍しいなぁ。オカルト系は興味ないだろ」

「うん」

 嘘をついても仕様がない。そして、見栄を張っても仕様がないのだ。今は少しのヒントも欲しい所なのだから。

「勝君はこういった話し嫌いじゃない?」

「きっ……」

 勝は視線を彷徨わせた。小助はそんな勝の脇腹に肘を軽く入れた。そしてこっそり耳打ちをする。

「信じるわけじゃない。もしかしたら何かのヒントになるかもしれない」

「でも、オカルトにヒントなんて……」

「こらこらオカルトってのはヒントだらけだぞ」

 びくっと二人して肩を跳ねさせる。

 とんだ地獄耳を発揮した楽太郎は最後の一枚を切り出す。

「あぁいうのは子供を悪い大人から守る為の術なんだよ」

「まも……る?」

 勝が首を傾げる。確かにオカルトの類いは子供を教育するのに必要不可欠。それが結果的に子供を守る事に繋がるのだろうが、大概は恐怖心をただただ煽っているだけのモノが多い。

 切ったお好み焼きをそれぞれの皿に分けるとホットプレートの中に水を敷く。

「先ずは食べちゃいなさい。勝君門限は?」

「ない、です。いっつも喜糸の家に八時くらいまではいます」

「じゃあ帰りはおじさんが車で送って行こう。それなら沢山話しが出来るだろうからね」

 きらり、と楽太郎の目が光る。これは話しが長くなるヤツだ、と小助は覚悟を決めた。



 夕食の片付けも程々に、最初に居た資料室に三人で入る。本棚だらけのそこは八畳もあるのに凄く狭い。だというのに楽太郎は問答無用で漫画や雑誌をありったけとると床にバラまいた。

「人が消える現象について、だったよな」

「うん」

「はい」

「なら最初に思い当たるのは神隠し」

 楽太郎は神隠しの資料を開く。

「神隠し、別名天狗隠し。その名の通り神、天狗、若しくは鬼、山姥、狐等が人をさらってしまう事。場所自体が人を迷わせて一生出られない様にする事もあり、そういう所は禁足地と呼ばれる。日本で有名なのは“八幡の薮知らず”(やわたのやぶしらず)かな。千葉県にあるんだ」

「山に関連する事が多いね」

「そうだな、勿論それにも諸説色々あるが、先ずお二人が望んでる答えを出してみよう。はい、勝君」

「えーっと、子供が不用意に山に入らない様にって事っすか?」

「そう、そう! 山は危険だ。いくら慣れているからと言っても人が制御出来ない部分は常に地形も変わるし景色も変わる。だから安易に深入りしない様に戒めた」

 だが、と楽太郎は言う。

「話しはそんな綺麗ごとだけじゃない。これは大人の為の作り話でもある。ショックかもしれないけど、子供や老人は口減らしの為に山に捨てられた。年が若ければ売られるし、憎ければいくら健康体でも殺される。これはそういうのを誤摩化す為の隠語でもある。と、俺は考えているね」

 先程楽太郎は言った。「子供が大事じゃない親はいない」と。でも実際は子供を憎く思ったり、育てる事を拒否する事もある。勝が考え深げに資料を覗いた。

「用が終わった後は『神隠しにあったのだ』と周りに語れば良い。そうすれば同情されるか、神の側に行けたのだと祭り上げられるかのどっちかだ。もしくは純粋にいくら探しても見つからない子供を心配する親に『仕様がない』と諦めさせる常套句でもある」

「そんなの信じるの?」

「今よりももっともっと神様とか妖怪が信じられていた時代だったからなぁ。逆に『大丈夫、いつかきっと見つかるよ』と慰められるより良かったかもな」

「でも……」

「ん?」

「もし俺が消えた側ならそれでも諦めて欲しくないっす」

 勝が拳を握る。その時これまで考えもしなかった重要な事にふと気が付いた。小助は今こちら側で奮闘する自分達の事しか考えていなかったが、実際に今一番辛いのは消えた相手の方だろう。友人にも先生にも、なにより家族にも忘れられた。これで更に酷い目にあっていたとしたらーーーーーぞわりと鳥肌が立った。

「神隠しがそういうのだってのは分かった。でも何か方法はないの? 確か神隠しにあっても戻って来る場合もあるんだよね?」

「あるぞー。親が近くのよばり山……雨を呼ぶとか、そういう山な。そこで子供の名前を呼ぶ、もしくは部落総出で太鼓叩いて「かえせ」と言う」

「うーん、それは……」

 むずかしい。消えた人の名前も知らないし、部落民ーーこの場合近隣住民ーーを集めてやってくれと頼むのも難しい。

「まっ、大概の場合はまた消えちゃうけどな」

「えっ消えるの? 折角帰ってきたのに?」

 素直に驚くと楽太郎が困った様に眉を寄せ腕を組んだ。

「一説で櫛と神様の関係が深い事から自分の櫛を取りに戻って来るとも言われている」

「えぇ……」

 じゃあもし取り戻してもまた消えてしまう可能性もあるのか。であれば一体何をどうしたら良いのだろう。ゲームみたいにラスボスを倒してハッピーエンドなのだろうか。

 勝と一緒に唸っていると楽太郎が軽くデコピンをしてきた。

「だからドツボに嵌まるなよ。俺が考える様に考えてみろって。“帰ってきた子がまた消える”。つまり捨てられた子、もしくは売られた子が命からがら帰ってきてもまた戻される事を意味しているんだと思う。あとは年が小さ過ぎてまた山に入ってしまうとか、知的障害があって学習する前にまた同じく山に入ってしまうとかな。そうやってオカルトをオカルトだけで考えると何故その話しが誕生したのかと予想する事を止めちまう。それは“視野が狭い”というんだ。勉強をしない事よりもずっとずっと悪い癖だぞ。忘れんな。オカルトは常に現実と直結してる」

「直結?」

「神隠しは山の危険性、個人の過失、人為的に消された人達をひっくるめて、もうこれ以上探させない様にする為の常套句だ」

「うん。それは分かった」

「じゃあ次のお題に移るぞ。“隠し神”は?」

「隠し神?」

 神隠し、隠し神。同じモノではないのか?

「違いが分からないんですけど……」

「これはさっき言った神隠しの犯人の一つ。神と名は付いているがこれはまぎれもなく妖怪だ。例えば俺達が住む東北。ここでは“油取り”と呼ばれる妖怪が居る」

「油取り……油を取るの?」

「ただそこらの油を取るんじゃあないぞ。さらった子供の腕をこうやってぇ……」

 と、楽太郎が小助の腕を掴むと雑巾を絞る様に捻った。ざわざわ、というかブチブチ、というか変な感覚がする。

「子供の体を絞って油を出すんだよぉ」

「へー」

「薄い」

 楽太郎がショックを受けた様に顔を覆い泣きまねをする。それを無視して腕を振るうと勝が興味ありげに自分の腕を触った。

「油取ってどうするんです? つかそんなに絞ったら血ぃ出そう」

「東北のはあまり言い伝えがされていないが、島根県の方は皿を焼く為に絞るとも言われてんな」

「大人は捕まらないの?」

「子供より逃げ足が遅い大人っているよな」

「その“子供”と限定されているのがミソなんだろう!」

 楽太郎が興奮した様子で次々とページを捲ってはおどろおどろしい絵を沢山見せてくる。

「隠し神ってのは子供が遅くまで遊ばない為に言い伝えられたもんだ。声だけでおびき寄せるモノもいればかますっちゅー袋みたいなのに子供を入れちまうのもある。子供だけじゃなく親への忠告として幼児の魂をさらうってのもあるな。つまり幼い子から目を離すなってことだ」

「成る程。なんか分かってきた」

 確かに現実と直結している。現代でも言葉巧みに子供を誘い込んだり、車の中に引きずり込んだりもする。食事中楽太郎が言った「子供を守る為の術」というのが正にこれ。

「○○がある。だからそこに行くな、家に早く帰ってこい、知らない人について行くな、側にいても安心するな。今でも親が子供に教える事だ。それを今は常識として子供にただ注意するが、昔はこうやって子供が恐れる様に仕向けた」

「暗示だね」

「そう。だからある意味では妖怪も神もこの世に存在していると言っても過言じゃない」

「犯罪者は妖怪、自然現象は神、ってことっすか?」

「その例え、好きだよ」

 楽太郎が勝の頭を撫でると頬が赤くなる。

 息子としてちょっと羨ましくなっているともう片方の手で鼻を摘まれた。

「神隠しは人が消えた現象を総称する言葉。妖怪は人が何故不幸になるのかを教える為の呼称。大概の人が買った機械の説明書を読まないのはそれが固い形式的な文字の羅列だからだ。だから人はこうして分かりやすく危険な事、昔起きた事の教訓をオカルトとして伝える。お前らが何をそんなに必死になって探しているのかは知らないが、先ずは根気強く必要な情報も必要じゃない情報も集めてみな。そしてそれぞれから少しずつヒントを貰って答えを見つけるんだ。空回りも無駄に過ごした時間も本当の意味では無駄じゃない。でないと現象の解明をする科学者も猫を見つけてくれる探偵も妖怪を捕まえてくれる警察もいらなくなっちまうからな」

「はい」

「ふぁい」

 突き放す様にポンと押されて二人で蹌踉ける。髪を手櫛で直す勝の側で鼻を摩っていると、がははっと笑った楽太郎が天井を見上げて、何故か固まった。そして至極真面目な顔をして勝に言う。

「勝君」

「はい」

「俺無職じゃないから」

「えっ」

 小助は吹き出した。

※参考【Wikipedia】

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