第1話 江戸市谷の貧乏道場
「俺は武士になりてぇ」
呆気にとられる兄姉たちの前でそうぶちまけたのは、いつの頃だったか。
多摩川に注ぎ込む浅川の土手で空を見上げつつ、土方歳三はそんなことを思った。
昨晩に降った雨の影響かわからないが、多摩川の水嵩が増しているらしい。おかげで対岸に渡る船はすぐには出られないという。
ここは彼が生まれ二十数年暮らした武州は多摩・日野で、江戸・日本橋から数えて、甲州街道十番目の宿場である。
江戸に行くためには、多摩川を越えねばならない。なぜなら多摩川が甲州街道を横切るように流れているからだ。それゆえ江戸から来た者は府中宿の柴崎から渡船で多摩川を渡り、日野宿へ至らねばならない。
歳三は現在でこそ袴を穿き、腰に刀を差しているが、元は代々農家・土方家六人兄弟の末っ子であった。
といっても土方家は豪農で兄弟が多くとも食うに困ることはなかったものの、歳三の「武士になる」という言葉にはさぞ驚いたことだろう。
「所詮、蛙の子は蛙だ。トシ」
その時、兄たちはそう彼に言った。
百姓が武士になれるわけがない、身分不相応な夢を抱くな、彼らはそう言う。
(やってみねぇとわからねぇじゃねぇか)
かつてバラガキと呼ばれた歳三は、二十歳を越えた現在でもその夢は捨てていない。
「武士になって、何がしてぇ? トシよ」
土方家を継いだ二番目の兄からの問いに対し、歳三は現在も答えられない。わからないのである。
戦国の世ならともかく、武士は身を守る以外に刀を抜くことはなくなった。
天下泰平は大いに結構だが、中には私欲のために刀を抜くやつがいる。長閑なこの多摩の地も、食うに困った浪人に家を襲われ、人が斬られるという殺傷沙汰が起きていた。
歳三は思う。
俺はそんな武士にはならねぇ___、と。
「そこにいるのは、もしかしてあのトシじゃねぇか」
声に対し振り向けば、土手の上に畑帰りらしき農夫がいた。
人の記憶というのは悪いほど残るのか、歳三は昔の自分を知る人物に出会ったことに居心地の悪さを抱いた。
昔のことを忘れたいわけではないが、かなりの悪ガキだったことは隣村まで伝わっていたようだ。
人の家の柿を狙ったとか、喧嘩相手をぼこぼこにしたとか、おかげでついたあだ名がバラガキである。
「へぇ、江戸に行ったと噂に聞いたが、あのバラガキが侍になってるとはねぇ。なんでまたここにいるんだ ?」
農夫は歳三を上から下まで見やり、首を捻っている。
「義兄さんの所の帰りなんだよ。今日の出稽古は俺の番なんでな」
歳三は立ち上がり、袴についた草を乱暴に払いつつ、ぶっきらぼうに言葉を返した。
歳三の義兄・佐藤彦五郎は甲州街道沿いに屋敷を構え、敷地内に天然理心流の道場・佐藤道場を構えていた。
ここに、江戸の天然理心流宗家から出稽古に来るのが通例になっていた。
歳三は現在、その宗家に身をおいている。
彼が剣術を始めたのは姉である土方家二女・のぶの夫である、彦五郎の影響もある。だがまさか、その宗家に内弟子として行くことになるとは、さすがの歳三も思いもしなかった。ただ正式入門として半年の人間が出稽古に向かうことは、本来ならないことなのだが。
歳三は多摩川を船で対岸に渡ると一路、江戸を目指した。
日野の隣、 府中宿まで来ればあとは甲州街道を上石原宿、下石原宿と進んで最後の内藤新宿までいけば江戸の入り口・日本橋とは目の鼻の先である。
江戸に入った時は八ツ半(午後三時)___、市谷八幡神社の前を通って甲良屋敷町までたどり着くと、今ではすっかり見慣れた門構えが視界に入った。
歳三が実家を離れ、江戸で暮らし始めた場所___、天然理心流宗家・近藤家と隣接した道場・試衛館である。
「おかえり、トシさん」
歳三が井戸端で顔を洗っていると、背後から声をかけられた。振り向くと年は三十路ぐらいの男が火吹竹を手に、にこにこと微笑んで立っていた。
「その、さん付けはやめてくれ、源さん。俺より年上で、兄弟子だろうが」
井上源三郎___、歳三と同じ日野の出で、試衛館内弟子の一人である。
「そうだね」
源三郎は苦笑している。そんな源三郎は小脇に茄子や胡瓜が入った笊を抱えていた。
「また、夕餉の手伝いか。門弟のあんたが」
源三郎が手にしている火吹竹は窯の火のためだろう。 そして野菜は今夜の食材かもしれない。
「また人が増えたからねぇ。それに人を雇うより、手の空いているものがほうがいいと、わたしはおもうんだけどね」
源三郎はさして気にしている様子もなく、それに動いている方が好きなんだよと最後に言葉を付け加え、厨の方へ消えていった。
確かにここは、人が多い。しかも、門弟以外の人間が、である。
「近藤さんの、来るもの拒まずという性格はときに良し悪しだな」
試衛館の道場主は三代目・近藤周助だが、その息子・勇は人たらしな一面がある。人に頼られるのは悪いことではないが、そのたらしの才を門弟獲得に活かせられないものか。
といはいえ、歳三が嘆いたところで現状は変わらない。
歳三は軽く着替えをすませ、ある部屋へ向かった。
当の勇の部屋である。
「近藤さん、俺だ」
障子の前で入室の許可を求めると「おお、トシか。入ってくれ」という声が返ってきた。
「ご苦労だったな、トシ。本来なら俺が行くべきなんだが」
「べつになんてことねぇよ。佐藤道場はここに来る頃から通っていた場だし」
腰から刀を抜いた歳三はそういいつつ、廊下に面した障子を背負う感じで勇の左側に腰を下ろした。
勇はがっちりとした体躯で、顔の形は岩のようにみえる。歳三と同じく総髪だが髷は背に垂らさず折り曲げにしている。
「彦五郎さんは元気か ? 会いに行きてぇが、稽古場を空けると義父どのに叱られるんでな」
勇の口調は歳三のように荒くはないが似ている。それもそのはずで、勇もまた多摩農村出身なのである。
武州多摩・上石原村(現:東京都調布市野水)の百姓・宮川家の生まれで、歳三が初めて勇と会った当時は宮川勝太と名乗っていた。
嘉永元年に、この天然理心流・試衛館に入門したという。数年後に近藤周助の養子となり、近藤勇と改名したらしい。
歳三からすれば同じ多摩農村の出で、一つしか年が違わぬ男が武士になったことは憧れの存在でもある。要は歳三も、勇のたらしの才に釣られたのだが。
「会いに行きぁいいじゃねぇか。門弟の稽古なら総司のやつが喜んでするだろうよ。あいつ、竹刀にしろ木刀にしろ、剣なんか握らせたら人が変わるからな」
「確かに総司の腕はいい。義父どのの太鼓判つきだ」
総司こと沖田総司は、内弟子の中で古株である。
なにしろ九歳で内弟子となったというから、腕は相当なものだ。
普段は明るい青年なのだが、剣を握ると鬼になるようだ。とにかく加減しない。相手が農村出身者だろうと商家の出だろうと、門弟には本気でかかっていく。
総司はいう。
「わたしはね、土方さん。剣に本気でない人間は嫌いなんですよ」
そんな総司も、いまや試衛館の塾頭である。
「今回の出稽古、総司を行かせても良かったんだが……」
勇の表情が曇りだす。
出稽古は道場の資金源のひとつなのだが、今回は事情が事情だけに、試衛館入門半年の歳三が出向くことになった。
歳三は懐から、彦五郎から預かったという包みを畳の上においた。
なかには、数十両の金子があった。
佐藤彦五郎は、試衛館の援助者でもあったのである。
といって、いつまでも彦五郎に頼るわけにもいかないだろう。
「そろそろなんとかしねぇと、あんたが四代目を継ぐ前に試衛館は潰れるぜ ? 近藤さん」
「それはわかっているんだが、このご時世だ。どこも懐事情は厳しいだろう。食い詰めた挙げ句、盗賊の手先になるって輩もいるって聞くじゃないか」
勇の表情は険しい。
この江戸には、食い詰め浪人となった下級武士が何人もいるらしい。
仕官先の宛もなく、見つけたとしても士官する金もない。内職に精を出すものがいるにはいるが、勇の言う通り、賊の手先に堕ちる者がいることは確かだ。
「だからって、旗本や御家人の子弟がが試衛館に来ると思うか ? やつらの頭ンなかには、試衛館は入ってねぇと思うぜ。なにせ、三大道場がこの江戸にあるからな」
江戸の三代道場___。
南八丁堀大富町蜊河岸(現 中央区新富)の鏡新明智流・士学館。神田於玉ヶ池の北辰一刀流・玄武館。そして九段坂上(現在の靖国神社境内)の神道無念流・練兵館の三つである。
「あそこと比べられてもなぁ……」
勇はそう笑っているが、
「このまま芋など言われて、馬鹿にされて悔しくねぇのか ?」
歳三は勇を見据えた。笑っている場合じゃねぇと思いながら。
「芋 ?」
「そう言われているんだとよ。試衛館は」
天然理心流は多摩などでは広まったが、江戸では無名に近い。門弟に農村出身者が多いことで、上級武士は試衛館を芋道場と認識しているらしい。
ゆえに彼らが門弟になることを期待はしていないが、門弟獲得は死活問題なのである。
「トシ、いつか奴らの鼻を明かしてやろうじゃないか」
「あんたと出会った当初にも、同じことをいったな」
歳三はふっと笑った。
彼が勇に惹かれるのは、こういったところだ。
「武士になろう、本物の武士に。権力や身分の上で胡座をかいている武士ではなく。そして奴らを見返しやるのさ。いいじぇねぇか、農民の俺たちが武士になっても。なぁ ? トシ」
佐藤道場で初めて出会い、何度か会っていくうちに意気投合した二人。
稽古終わりに浅川の土手で、歳三は勇に江戸に来いと誘われた。
本物の武士とは何なのか、それは勇にもまだわかっていないらしい。
(そうだ。俺は武士になるために江戸に来たんだ)
そしてなんとしても見つけるのだ。自分が武士になる意味を、目的を。
※※※
この年の安政六年___、相模国にある横浜の港が異国に対して開港したという。
この日___、近藤家を訪ねてきた者がいた。
試衛館を望む近藤家の中庭で、その訪問者は幕府内の話をしだした。
「この間は、小普請組の本田さまが腹を召されたとか。怖いねぇ。障子に目あり壁に耳ありってよくいうが、幕閣への不満を口にしただけで腹を切らなきゃならないんだから」
小普請組とは、家禄三〇〇〇石以下で無役の旗本や御家人らしい。
幕府の小規模な造営・修築工事に従事し、人夫を差し出す義務があったそうだが、現在は小普請金として上納しているという。
「いったい何をいったんです ? その方は」
この訪問者の応対をしていたのは、総司だった。
試衛館での稽古を終え、汗を拭おうと井戸に向かったところにこの訪問者がいた。
年は総司と同じだという。
名は伊庭八郎といい、御徒町にある心形刀流宗家・練武館の八代目、伊庭秀業の息子である。
「俺はただの剣客だぜ ? 幕臣だった親父が生きていりゃあ、俺も幕臣になっていかもしれないが」
練武館には幕臣の門弟もいるらしく、話はその門弟から聞いたという。
旗本といえど無役となると、生活が困窮するらしい。その不満を口にしただけで切腹とは、確かにいかがなものか。
「たぶん___」
「たぶん___、なんです ?」
「現在幕府内では、大老(井伊直弼)さまに不満をもつ人間が次々と切腹させられているしい。本田さまはその煽りを食らったんだ」
「とんだとばっちりですね」
大変なのは、試衛館だけではないようだ。
伊庭八郎いわく、鎖国から開国に転じた幕府に対し不満を持つ人間は、幕臣だけではないらしい。
伊庭八郎は最後にもうひとつ、別の話をしてきた。
辻斬りが出るというのだ。襲撃されるのは武士から町人と幅広いのだが、問題は見事なまでの斬り方だという。
兄とも慕う近藤勇が聞けば、憤慨するだろう。
「けしからんっ! 武士とあろうものが人斬りだぁ!?」
案の定、勇は憤慨した。左横では、土方歳三が相変わらず眉間にしわを寄せつつ、味噌汁を黙々と啜っていた。そんな歳三が口を開いた。
どうやら、勇が放った米粒が口を開かせたようだ。
「近藤さん、怒るなら食べてからにしてくれ……。お前もお前だ、総司。飯時にする話じゃねぇだろう」
確かに、食事時にする話ではない。
「土方さんだって、怒っているじゃありませんか。すぐ表情に出るんだから」
「そういうお前は、面白そうな面してるぜ。総司」
「人斬りになんか面白くないですよ。わたしが興味があるのは、下手人の腕です」
この話に、勇が食いついた。
「会ったことがあるのか?」
「まさか。今日、辻斬りの話を聞いたばかりですよ。近藤先生」
「そんなに凄い腕なのか? そいつは」
剣客のさがなのか、いい腕と聞くと立ち会いたくなるのは勇も同じらしい。しかし、歳三は違った。
「近藤さん、話に乗るんじゃねぇよ。自分の立場を考えろって言わなかったか?」
「ずいぶんと口うるさくなりましたねぇ、この人」
これでは、どちらが道場主かわからない。
「ははは……、口は悪いが、良いやつだよ。トシは」
勇はそう笑って、膳のたくあんを口に突っ込んだのであった。




