第4巻 第6章「消された記憶の告白」
「お前が、消した人間や」
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その言葉が、やけにゆっくりと落ちてきた。
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浮浪雲の足元が、わずかに揺れる。
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だが——
崩れない。
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「……ほな、証明してみい」
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煙草を取り出す。
火をつける手は、わずかに震えていた。
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「俺が、お前を消したってな」
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男は、少しだけ首を傾げた。
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「冷たいな」
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「昔は、もっと優しかったで」
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——ドクン
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その一言で、心臓が強く打つ。
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「……やめとけ」
浮浪雲は低く言う。
「そういう安い揺さぶりは効かん」
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男は、笑った。
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「ほな、見せたるわ」
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次の瞬間——
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世界が、裏返った。
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雨の音。
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古いアパート。
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薄暗い部屋。
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若い頃の浮浪雲が、そこにいた。
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まだ、今ほど擦れていない顔。
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だが、その目だけは——
今と同じだった。
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そして——
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もう一人、いる。
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「……晴明」
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その名前に、現在の浮浪雲の呼吸が止まる。
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男は続ける。
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「俺や」
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「お前が、唯一“対等”やと思っとった人間や」
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記憶が、開く。
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——二人で笑った日
——酒を飲みながら語った夜
——くだらないことで殴り合った日
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「……思い出したか?」
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浮浪雲は、何も言わない。
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だが——
煙草の灰が、ぽとりと落ちた。
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「お前はな」
男の声が、少しだけ低くなる。
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「ある日、気づいたんや」
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「“観測”の仕組みに」
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場面が変わる。
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机の上に並ぶ本。
呪術、陰陽道、量子論。
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その中に、一冊——
異様な本があった。
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「虚空蔵求聞持法」
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「お前は、それを“やりすぎた”」
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若い浮浪雲が、何かを書き続けている。
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「覚えすぎたんや」
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「世界の“構造”を」
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「そして——見てもうた」
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男の声が、はっきりと響く。
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「“人間は、観測でしか存在できへん”ってことを」
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浮浪雲の目が、わずかに揺れる。
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「観測されへんもんは——」
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男は一歩、近づく。
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「“なかったこと”になる」
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「せやからお前は、選んだ」
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「世界を守るために」
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「一つの存在を、切り捨てることを」
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沈黙。
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「……嘘やな」
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浮浪雲が、初めて口を開く。
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「俺がそんな“綺麗な理由”で動くかい」
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男は、静かに笑った。
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「せやな」
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「ほんまは——」
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その言葉が、刃のように落ちる。
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「怖かったんやろ?」
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「俺の方が、“外側”に近づいてたから」
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時間が、止まる。
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浮浪雲の手が、わずかに止まった。
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「お前はな」
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男は続ける。
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「俺を“消した”んやない」
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「“観測から外した”んや」
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「記録を消して」
「記憶を消して」
「存在を、なかったことにした」
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「せやけどな」
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男の目が、まっすぐに刺さる。
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「完全には消せへんかった」
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「お前の中に、“残っとる”からや」
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その瞬間——
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世界が、激しく歪んだ。
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街。
顔のない人間。
崩れた空。
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すべてが、ひとつに重なる。
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「これが真相や」
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男の声が、低く響く。
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「この街はな——」
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「“お前が切り捨てた世界”の集合体や」
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浮浪雲は、目を閉じた。
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呼吸を、整える。
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そして——
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ゆっくりと、目を開ける。
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「……なるほどな」
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煙を吐く。
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「ええやん」
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男が、わずかに眉を動かす。
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「全部、戻したるわ」
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「観測から外れたもんも——」
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「俺が、“見たる”」
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沈黙。
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次の瞬間——
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男が、初めて笑った。
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「……それ、世界壊れるで?」
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浮浪雲は、肩をすくめた。
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「知るかい」
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そして——
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あの言葉を、静かに吐く。
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「見えるもんが全部や思うなよ」
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その瞬間——
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“観測”が、逆転した。
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