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『浮浪雲晴明事件場  第4巻』  作者: 智利


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7/7

最終章「観測者が消えるとき」


静かだった。



あれだけ歪んでいた世界が、今はやけに整っている。



空は、ある。



地面も、ある。



人も——いる。



だが。



「……薄いな」



浮浪雲は、呟いた。



まるで、すべてが“仮置き”のようだった。




「無理やり戻したからや」



背後から声がする。



振り向かなくても分かる。



晴明だ。




「全部、観測し直したんやろ?」



「そら、歪むで」




浮浪雲は、煙草に火をつける。



だが——



火が、つかない。




「……ああ」




自分の手が、少し透けていることに気づく。




「来たか」




晴明が、静かに言う。




「代償や」




沈黙。




「お前、分かっとったんやろ」




浮浪雲は答えない。




ただ、空を見上げる。




「観測を広げすぎたら——」



晴明が続ける。




「“観測者”が分散する」




「つまり」




「お前という“中心”が、消える」





風が吹いた。




人々が、歩いている。



笑っている。



会話している。




それを、浮浪雲は静かに見ていた。




「……ええやん」




小さく、笑う。




「ちゃんと“おる”」





晴明は、その横顔を見つめる。




「お前は?」





少しの間。




そして——




「別にええ」





浮浪雲は、肩をすくめる。




「最初から、そんな大層なもんやない」




「ただの“見る側”や」





その身体が、さらに透けていく。




指先が、風に溶けるように消えていく。





「なあ、晴明」





「なんや」




「最後に一つ、ええか」




「なんでも言え」




浮浪雲は、少しだけ考えて——




笑った。




「……俺のこと、覚えとけ」




その言葉に——




晴明の目が、わずかに揺れる。




「無理やな」




即答だった。




「観測が分散した時点で——」




「個人の記憶も、均される」




「お前という特定の存在は、維持できへん」




浮浪雲は、静かに頷く。




「……やろな」




そして——




空を見上げる。




「ほな、ええわ」




「誰かの中に、ちょっとでも残っとったら」




「それで十分や」




その瞬間——




風が、強く吹いた。




浮浪雲の身体が、粒子のように崩れていく。




光でも、闇でもない。



ただ——



“薄れていく”




晴明は、何も言わない。




ただ、見ている。




最後まで。




そして——




完全に消えた。




……。




数秒後。




晴明が、小さく首をかしげる。




「……なんや、今の」






思い出せない。




だが——



胸の奥に、妙な感覚が残っている。




懐かしいような。




寂しいような。




理由は分からない。




ただ——




空を見上げる。




「……まあ、ええか」




誰かが、笑っている。




誰かが、生きている。






それだけで——




世界は、成立している。





(完)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。


この物語は、「観測とは何か」という問いから始まりました。


私たちは普段、見えているものを“現実”だと信じています。ですが本当にそうでしょうか。


見ていないものは、存在していないのか。忘れてしまったものは、なかったことになるのか。そして——


「自分」という存在は、どこまでが本物なのか。


浮浪雲という人物は、特別な存在ではありません。むしろ、「誰もが持っている一部」を極端な形で背負った存在です。


選ばなかった道。忘れてしまった人。なかったことにしてきた記憶。


それらは本当に消えているのではなく、どこかで“観測されないまま”残り続けているのかもしれません。


そしてもし——それらすべてを見ようとしたとき。


人は、「一つの自分」でいられなくなる。


それが、この物語で描いた“代償”です。


けれど同時に、こうも思うのです。


たとえ忘れられても、たとえ名前が消えても、


誰かの中に“感情”として残るものは、確かにある。


理由は説明できなくても、なぜか懐かしい。なぜか寂しい。


そういう感覚こそが、本当の意味での「存在」なのかもしれません。


最後に。


もしこの物語を読み終えたあと、ふと誰かの顔を思い出したり、忘れていた記憶が少しでもよみがえったなら——


それは、あなたが“観測した”ということです。


そしてその瞬間、その存在は、確かにこの世界に戻ってきています。


どうか大切にしてください。


あなたが見ているものは、あなたにしか守れない現実です。



また、どこかの物語でお会いできることを願って。

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