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6−11. それから

 マリエルは10年伸ばしていた前髪を切る事になった。もう前髪で瞳を隠し、クラレンス家と学院で違う外見をする必用は無くなったし、瞳を揶揄する人もいないから。


 前髪は眉下で切り揃え、もみあげにあたる部分はそのままハーフアップにした。それを見たマーティン・クラレンスは狂喜した。

「ああ、メアリ。髪型が普通になっただけでなんて清楚に見えるんだ。僕のエンジェル…」

マリエルの手を両手で包み込んでマリエルに顔を近づけるマーティンを危険と判断した侍女がマーティンを引き離した。

「旦那様、まだ結婚前でございます。自重をお願いします」

「ああ、マリエル…こんなに近くにいるのに触れられないなんて…」

最早、危険人物だった。さすが屑の弟。


 魔法学院の雰囲気も変わった。


 フェリシア・グラント伯爵令嬢はお供のジューン・アースキン子爵令嬢とアリー・センピア男爵令嬢を連れて、また現れた。

「あら、マリエルさん。しっかりした身だしなみをする様になったのね。良い事だわ」

マリエルとしてはこのグラント伯爵令嬢の事は警戒していたが、実は孤立していたマリエルの事を心配して言葉をかけてくれていただけの様だ。

「おはようございますグラント伯爵令嬢。本日もご機嫌麗しい様で何よりです」

「あら、あなたと私の仲じゃない。フェリシアと名前で呼んで頂戴」

「それでは失礼いたしまして、フェリシア様。朝の忙しいお時間をいただきありがとうございます」

「こちらから話しかけたのだから、気にする必要はないわ。ところであなた、クラレンス侯爵の婚約者になったって本当?」

「いえ、婚約者候補としてご指導いただいているという段階です」


 ここからが本題らしかった。フェリシアはぐっとマリエルに顔を近づけて尋ねた。

「ところで、この間にハミルトン公爵邸の花見会で、クラレンス侯爵を素手で守った侍女はあなただって言われているけど、本当?」

(ぐう、人前であんな姿を晒すのでは無かった。黒歴史だ)

「ええ、侯爵閣下をお守りする必用があったので、死に物狂いでさせていただきました」

「やっぱり愛故?愛する人を守る為ならどんな困難も克服出来ると言う事!?」

(愛ってより怒りだよなぁ…騙し討ちとか、兄の妹への思いの薄さとか)

「いえ、色々苦労されている侯爵閣下のお力になりたい一心でした」

「やっぱり愛なのね!?」

ジューン嬢もアリー嬢も一緒になってきゃーきゃー声を上げ出した。

(やめて…黒歴史なんだから)

と大きな声では言えなかった。クラレンス家やソフィア・リズリー等の悪評を美談で上書きしようという、多分王妃周辺が流している噂なのだから。


 一方、クラレンス家としては確かめる事があった。だから人払いをした魔法練習場にダイアナ・クラレンス、マーティン、執事のエドガーと共にマリエルが立っていた。

「じゃあ、やってみて」

ダイアナが言う。

マリエルの前には6本の杭が立てられていた。


(あまり魔法の実力は他人に見せたくないのだけど、侯爵家としては婚約者の魔力は気になるところよね)

仕方なく、マリエルは必殺のアイスランス攻撃を見せた。


 魔力を体外に集めてから的を射抜くまでの時間の速さがマリエルが追求した部分だ。


 バリバリバリバリッ


 2本の杭は真っ二つに裂けていた。2本の杭は上半分が吹き飛ばされていた。


 マリエル以外の三人は言葉を発しなかった。ダイアナは笑顔のまま固まっていた。マーティンは開けた口を閉じる事が出来なかった。執事はこめかみを手で押さえて俯いた。


 マリエルは数秒後に振り向いてダイアナを見た。ダイアナもはっとして再起動した。


 ぱん、と手を打ち合わせてダイアナは口を開いた。

「よし、マリエル、今日からあなたはアイスランスは一本しか打てません。4本同時に打てる事は結婚式まで隠し通す事。良いですね?」

「お母様、お言葉ですが、私は2本までしか同時に打てません。今のは連続して4本を打ち出しているだけです。同時ではなく、連続です」


 ダイアナは呆れた。

「他人が見て同時に見えれば一緒の事です。マーティン、魔法学院の水魔法事情をマリエルに教えてやりなさい」

「うん。メアリ、魔法学院の3年生は、上級魔法を二つ見せられないと卒業出来ないんだけど、水魔法師は普通、アイスボールとアイスシールドがやっとなんだよ。アイスウォールが数人出来るかどうか。アイスランスを的まで飛ばせれば、もうそれだけで騎士団の魔法兵として連れていかれてしまうよ」

「え、でも本気で練習すればこのくらい…」

「本気で練習しても素養が無ければどうしようも無いよ」

もちろん、風魔法のマーティンは卒業に苦労した人間だった。


 執事のエドガーが自称メアリを逃がさなかったのはこれだった。明らかに魔法を武器にして暗殺に来ているメアリは、魔力が代々弱まっている侯爵家の嫁として逃す事が出来ない相手だった。だから、春先庭園渓谷で崖が崩れたと聞いた時は

(やり過ぎだ。王家にばれたらどうする)

と頭を抱えたのだ。偶然崩れた等とは思いもしなかった。どう見てもマーティンを救う為に崩したのだ。時間が経って怒りが収まったころに穏便にお帰りいただき、改めて婚約を申し入れるのがエドガーの筋書だった。


 ちなみに、4本同時に打てる事にマリエルが拘った理由を尋ねる者はいなかった。必殺、つまり必ず標的を殺る為に四方同時の攻撃を練習したのは明らかだったから。生真面目な事に。


 日曜の午後、マーティンはマリエルの手を取ってクラレンス家の庭園を歩いている。

「ああ、メアリと人前でイチャイチャ出来るなんて、夢の様だ」

「旦那様、大袈裟です」

マリエルから見て、マーティンが色々大袈裟な表現をするのは気恥ずかしかった。とは言え、これも含めてこのクラレンス家がマリエルの心の在り処になっていた。


「ほら、木漏れ日もキラキラ輝いて二人の幸福を祝福しているよ」

「暖かくなって来たのは良い事ですね」

(私はかなり初期からこの人も屑達の被害者であると思っていた。その被害者が毎回八つ当たりの様に命を狙われるのを理不尽に感じていた。だから毎回助けようとした。その気持ちを多分この人も感じていたから、こんな風に最初から懐いていたんだろう。そして執事もその辺りを察していたから、私を放置していたんだ)


「ほら、メアリ」

急にマーティンはしゃがんだ。その前に雑草が生えていた。

「こんな小さな草も何とか人に踏まれずに花開いている。僕らの愛も、例え踏みにじられそうになっても、やがて小さくても綺麗な花を咲かせられると良いね」

「…そうですね」

雑草の花などと言う小さな事で喜べるくらい平和な事、それが幸せと言う事かもしれない。


 急にマーティンが両手でマリエルの手を掴んだ。

「メアリ、今すぐ結婚しよう!」

「急にどうしたんですか、旦那様」

「だって、そんな花びらが綻ぶような笑顔を見せられたら、もう君を誰にも渡したくないと思ってしまうじゃないか!」


(笑っている?私が?)

思わずマリエルは視線を横に逸らした。

「ああっ、そんな風に頬を染められたら、どんな男だって君に夢中になってしまうじゃないかっ!」


 マリエルは頬を染めた。自分が笑顔を見せられるくらい、マーティンを身近に感じている事が分かったから。

(私にとって、この人は家族や親友の様に心を許して良いと思える人になったのかもしれない)


 二人の恋はまだ始まったばかりだ。

 え〜と、舞台劇寄りの本作にお付き合いいただき、ありがとうございました。前作の終了前からイメージを練っていた為、前作完了後1ヶ月でそれなりに書き進められました。中編なだけに心の余裕を持って書けました。


 例によって、作者の思いが隠れており、単純に娯楽作と思えない方もいたかもしれません。次回はもうちょっと娯楽寄りに振りたいな、とは思っております。次回作は5月の第二日曜あたりを開始予定のつもりです。今のところ、二組の恋愛を書く予定。

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