6−10. ゴードン家の始末
私的な謁見室でゴードン侯爵夫妻と対面した国王ジョージは口を開いた。
「近頃、貴族の中でルールを破って行動する者が多く、騒動を起こしている。嘆くべき事態だと思わんかね、侯爵?」
「はっ、仰る通りにございます」
「公爵までルールを破ろうとした例すらある、憂うべき事態だと思わんかね?」
アレックス・ゴードン侯爵は心中汗をかいた。
「はっ、仰る通りにございます」
一方、アレックスの隣に座る妻ブリジットからは顔をこわばらせる雰囲気が漂った。表情自体はもちろん変わっていないのだが。その理由は、先程から王の隣に座る王妃アレキサンドラが微笑みを浮かべながらブリジットを見つめ続けているからだった。
「幸い、君達夫婦は社交界に影響力があると聞く。今後、そういった噂があれば、鎮める方向に動いてくれないかね」
「はっ、もちろんです。陛下の忠臣たる我等夫婦、問題が起きる様な噂がありましたら、鎮静化する方向で対処いたしたいと存じます」
「頼むぞ」
こうして謁見は終わった。
王宮の馬車乗り場まで不機嫌を隠さなかったブリジットに対し、馬車に乗るやアレックスは釘を刺した。
「おい、ブリジット、目を付けられているのだから、しばらく大人しくしろよ?」
「私が何時はしたない真似をしたと仰るので?家の為にと思って振舞って来た私を、侯爵夫人としてあるまじき行動でもしているとお思いで?」
ゴードン家夫婦は仲は良い方だった。少なくともブリジットの陰然たる影響力はゴードン家を利する事が多かったから、アレックスもブリジットを好きにさせておいたのだ。
「それでも、国王夫妻がわざわざ釘を刺して来たのだ。ここはほとぼりを冷ますタイミングだ」
「ええ、国王夫妻の陰日向のお力で、社交界は万事よろしく回っていく事でしょうよ」
「おい、とにかく、しばらく大っぴらな社交は封印しろよ」
「分かっておりますとも」
ブリジットは表向きは大人しくするつもりだった。社交界に張り巡らせた蜘蛛の巣の糸は多岐に渡っている。その陰の行動で貴族界隈の世論を動かせば良いのだ。
まず月曜の朝、クラレンス侯爵家を出た馬車を第一騎士団の部隊が制止しようとした。その部隊を第一騎士団長直属の内務調査班が取り押さえた。本件の準備に関わった者が一斉に拘束された。
続いて第三騎士団の国境警備隊と、王都の出入国管理部署にも内偵が入り、複数人が拘束された。同時に第二騎士団内でも王国騒乱罪で拘束される者が相次いだ。
同様に商務省、財務省でも拘束される者が相次いだ。それらが何の罪に問われているのかは、分かる者には分かった。同時に外務省に務めるゴードン家の次男が拘束され、三十日の自宅謹慎と国境の密輸入捜査班への左遷が発表されたからだ。一連の動きが、ゴードン家の諜報網の壊滅を目的としているのは明らかだった。
貴族家の係累に対して何らかの処分を発表するのは自主退職を促すものだったから、ゴードン家の次男はすぐ退職届けを出したが、外務省からは「謹慎完了後に受領する」との回答があった。普通は退職届は迅速に処理されるものだったから、これが見せしめである事は明らかだった。
これほど迅速に摘発が行われたのは、N・B対抗同盟が長年調べて来た情報がダイアナ・クラレンス経由で王妃アレキサンドラに手渡され、それが有効利用されたからだった。
一段落ついてから、ダイアナはマリエル・リズリーに内幕を話した。
「隠れていて見つけられないなら、動かしてやれば良いのよ。人は怒ると普段ならもっと慎重に動く人でも、迂闊な行動を取るものだからね」
マリエルは肩を竦めた。
(それ、私の事でもあるから)
そんなマリエルをダイアナは抱きしめた。
「全く、あなたったら本当に真面目過ぎるんだから。やっぱり真面目な女の子は良いわ。こんな娘を小さい時から育ててみたかったけど、まあ今からでも充分楽しめるわね」
(…いや、楽しまれても困るけど)
「王妃様には私の兄スティーブ・コクランから入手したブリジットの諜報網情報が渡っていたの。後は指令の流れに沿って動きだすネズミを捕らえれば良いだけだったのね。その為にブリジットを挑発したわけ」
マリエルとしては王妃に睨まれて動き出すゴードン侯爵夫人の心理が分からなかった。
「いくら怒ったとは言え、王家を敵に回す行動を取るものでしょうか?充分な立場がある者が」
「元々、ブリジットはアレクサンドラ妃を妬んでいたとは思われていたのよ。ジョージ国王が王太子だった頃、婚約者候補にはブリジットも入っていたからね。自分を押し退けて王太子の婚約者になったアレクサンドラ様には、何時か仕返しをしようと思っていた様ね」
「…選ばれなかったからって、選ばれた人を妬むのは正当とは思えませんが…」
「正当とか不当とか、裏工作で正邪を変えられると思っている人にはどうでも良い事よ。例えば、ブリジットの裏の指示でクラレンス家の馬車を押さえられそうになったでしょ?あれはクラレンス家から学院に向かうあなたを押さえて、過去のクラレンス侯爵襲撃事件の重要参考人として尋問をしようとしたの。侍女も付けずに騎士団で尋問された令嬢に、ある事無い事誹謗中傷が乱れ飛ぶ事は免れないし、そうなるとマーティンとの婚約も吹き飛んでしまう。そういうやり方で私の血を引く者が侯爵家を継ぐ事を妨げようとした訳。正当も不当も無い、手段なんて選ばない。望む結果になれば良いのよ、ブリジットという女にとっては」
(そうなったらアイスランスの連射で逃げるしかなかったか…何人殺す事になったやら)
マリエルとしてはそこまで他人の人生を振り回して何とも思わない人物に感情移入が出来なかった。
「その、外務省内のゴードン家の子息を処分したのはどういう根拠なのでしょうか?」
「もちろん、外交情報を不当に入手してゴードン家に流していたのがN・B対抗同盟の情報に含まれていたので、その証拠を確保していたからこの機に同時に処分しただけ。彼が今回の件で何か動いた訳じゃないわ。ただ、今回の件でゴードン家を処分する、そういう王家の意思を見せただけよ」
(まったくのシロではないにしろ、新たな騒ぎがなければもっと穏便な処分になったかもしれないのに。母が家族の事など構わず感情で走った結果か)
やはりマリエルとしては肩を竦めるしかなかった。他人事じゃない。
王家があからさまにゴードン夫人の社交界での影響力の排除に動いたのを見て、蜘蛛の巣の糸達は生き延びる為に競ってゴードン夫人の誹謗中傷を行った。話はどんどん大きくなり、謀反の疑いまで噂され始めた。
だからゴードン侯爵アレックスは、引退してブリジットを領地に連れて行く決心をした。
明日で完了します。中編だから説明抜けはなさそうに思ってますが…




