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6−5. 断罪

 三つの音が響いた時、人々が見たのは両腕を掴む護衛の間でブランコの様に宙に浮かぶノーマンの姿だった。


 マリエル怒りの踏込みと蹴りのスイングを目視出来た者はいなかった。皆が目にしたのは水平位置で左斜め前まで振り抜かれたマリエルの右足だった。その足が地面に降ろされた後、ノーマンはブランコが戻る様に地面に叩きつけられた。


 ノーマンは茫然としていた。何が起きたか理解していなかった。真っ白い顔で呆然としているノーマンを見て、クラレンス家執事のエドガーは控えさせていた医師兼聖魔法師を呼び、診察させた。


 3家の中でリズリー家のマリエルを最後にしたのはこの為だ。ノーマンが怒らせ、その結果、跡形もなく吹き飛ばす事すら予想されたのだ。医師は聖魔法で内臓を診察した結果、内臓破裂に至っていない事を確認し、執事に頷いてみせた。続行となった。その場の全員、あばらが折れている事を確信していたが。


 その時、マリエルは両手で顔を覆って嗚咽を漏らしていた。

「メアリ、こっちにおいで」

マーティンはメアリ=マリエルの両肩に手を乗せ、マリエルを移動させた。


 マリエルとしては、屑の言葉の中に一片の真実があるのを感じた。

(姉さんは私の思っている通りの人では無かった。姉さんが私に見せていた顔は姉の顔で、他の顔もあったんだ。屑の一つ下の学年の姉さんは、屑が屑である事を知っていた筈だ。それでも卒業後に屑に近づいた。それが危険な事とは知っていた筈だ…つまり、欲に目が眩んだ)


(両親は見目の良い姉さんの縁談は持って来ていた筈だ。なのに話が纏まらなかったのは、つまり姉さんが自分の未来に夢を見ていて、その夢に相当しなかったからだろう。それでも卒業してしまえば、そろそろ結婚を考えないといけない。だから最後のチャンスとして屑に近づいた。何人も騙されているのに近づいたのは、自分なら屑をものに出来ると思ったのか…欲に目が眩んだとしか言えない)


(托卵を嫌う貴族は、跡取りの相手に処女を求める。そのカードを切ってしまえばもう次はないのに…だから、もう自分の望んだ未来が無いと分かったから、姉さんは自分の人生を終わらせたんだ。発覚後に私と顔を合わせなかったのは、もう姉として振舞う気持ちが無かったからだ。姉さんは家族がどう思うか、結果が家族を苦しめるとか、そういう事より自分の未来の可能性を優先した。だからその結果の責任は自分で取るしかない、兄さんはそれを分かっていたから冷たいんだ)


「メアリ、部屋で休んだ方が良い、移動しよう」

マーティンは言ったが、メアリ=マリエルは首を振った。この場でメアリはマリエル・リズリーとして顛末を見る事を許された。だから顛末は見ないといけない。


 一方、場を仕切ったのは執事のエドガーだった。

「皆様、当主が取り込んでおりますので、私の方から発表させていただきます。当家の一員でありましたが今は平民のノーマンは、認知されなかった3家のご令嬢との関係を白状したと考えます。これについて、ひとまず魔法学院在学中の被害者の家に払われた賠償金を支払うと共に、ノーマンを労役につかせ、その対価を継続して3家にお支払いする様にいたします」


 ここでリズリー子爵が口を開いた。

「発言をしてもよろしいか?」

「ええ、どうぞ」

「リズリー家としてはその賠償を辞退いたします。すでに当家からは本人へ罰を与えていますので」

「お考え直しをお勧めしますが…」

「いえ。同じ罪で二重の罰を望む訳にはいきません」

「分かりました」


 執事と父との会話を聞いて、マリエルは青くなった。

(自分が勝手な事をしたから、家としては辞退するしかなくなった)

青くなっているマリエルを見て、隣に立つマーティンは話しかけた。

「君は悪くないよ」

マリエルは首を振るしかなかった。ノーマンの責任を取らせる、一度はクラレンス家の当主の命をもってとまで考えていたマリエルである。一方で自分の行動の責任は取らない。それでは話が合わない。これは自分の責任で、その結果、両親は辞退をする事になったのだ。


 フォーブス子爵も口を開いた。

「当家としてはお話しを受け入れる。ノーマン氏の僅かな労働の対価も。でないと娘が浮かばれない」

「分かりました」


 執事の答えに対して、今度はライナス・ボイル子爵も口を開いた。

「ノーマン氏が充分な労働をしない場合はどうするおつもりか?」

「食事が減ります」

「…了解した」

ノーマンと言う無責任男が他人への賠償の為に汗をかくとは思えない。その場の全員が、近い将来のノーマン氏の餓死、あるいは病死を確信した。


 親世代は、ノーマンの放蕩の代償をクラレンス家に払わせる事を実は重視していなかった。ノーマンの様に無責任な人間は、家族が殺されようが苦しもうが、自分に被害が及ばなければ全く気にしないと知っていたからだ。だからこうして本人に罰を与える事を重視していた。


 ノーマンは口を挟まなかった。挟めなかった。腹部に力を入れると痛みが走る為、小さく息をする以上の事は何も出来なかった。


 一方、口を挟んだ人間がいた。

「発言をしてもよろしいかしら?」

「どうぞ、サマンサ様」

「私、婚約解消の際、本当はノーマン氏に言いたい事がありましたが、言えずじまいでしたの。その代わりに、今したいと考えている事がありまして、許可をいただけませんかしら?」

「何をされたいのでしょうか?」

「ほら、今さっきマリエル嬢がされた事、私もしてみたいわ。恨みを買ったと言う罪、それに対して当然罰があると言う事を、ノーマン氏に行動で示したいのです」

え、折れてるんだよ、と皆思ったが、執事のエドガーとしてはメアリ=マリエルには黙認した事をサマンサには許可しない事で彼女の恨みを買う事は避けたかった。

「どうぞ、出来れば一回だけで済ましていただきたいですが」

「今なら一回で充分ですわ」


 サマンサ・ランバートはゆっくりノーマンに近づいた。微笑みながら。跪いているノーマンは脂汗を流しながら見上げた。言葉は出なかった。止めてくれ、そう言いたいが、言葉を出そうとすると腹が痛んだから言えなかった。


 ノーマンのすぐ近くに立ったサマンサは言った。

「多分、自分が悪いとは今でも思っていないのでしょうね。あなたはそういう人だから。だから、罰で思い知らせるしかないと思いますわ。妊娠した女性達はお腹が痛かった事でしょう。少しでもその痛みを思い知りなさい。そして、私の心の痛みも思い知りなさい」


 サマンサは小さく右足を後ろに下げて、やはり小さく前に出した。とは言え、尖ったハイヒールのつま先がノーマンの左横腹に突き刺さった。


 ノーマンは両腕を護衛に掴まれた状態で飛び上がった。再び地面に着地した時、ノーマンは気絶していなかった。彼は悲鳴を上げなかった。悲鳴を上げようとすると腹が痛いからだ。俯いた彼の瞳は見えなかったが、顎からはだらだらと液体が流れ落ちていた。

 さすがに折れてる場所に打撃は出来ませんよね。私には無理です。とは言え、サマンサ嬢の言う「恨みを買ったという罪」からすれば当然の罰ですが。刺されないだけマシだよね。

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