68話:クルーズで知り合った内科医
21時に楽器演奏のショーが終わり、21時過ぎに部屋に戻り、テレビをみて寝る前にもう一度風呂に入り22時半には、床についた。翌日、翌々日は、終日、海上クルーズであった。
そこで、昼間、晴れて、風の弱い時には、デッキを散歩して回った。それでも海上に登る朝日は、感動的であった。フォーマルデーは、2人で、おしゃれして出かけると、特に女性達の晴れやかな笑顔が印象的だった。
それに対し、男性達は、着慣れてないせいか、学生が新しい学生服を着ているかのような、妙な初々しさが、感じられ、雨宮朋子さんが、笑い出しそうになり、何とか堪えた。
お決まりのウェルカムパーティー、シャンパンショーに参加すると大勢のお客さんが、フロアーを階段や上の階から見下ろしていて、なんだか、混雑していて、奇妙な感じがした。
そして、部屋に入ると飲んだシャンパン、「多分、スパークリングワイン」の甘ったるさが、口に残った。それでも、ほろ酔い気分になり、22時には、床についた。翌日は、2つ目の寄港地、石垣島に到着。
事前に計画していたように、以前一緒に食事をした満重夫妻と4人でタクシーに乗ってレンタカー屋に急いだ。その後、雨宮が、レンタカーを運転して、ドクター満重の指示通り車を走らせ、川平湾へ行きグラスボートに乗った。
すると、多くの色鮮やかな魚が、たくさん見られて、楽しい一時を過ごした。その後、昼は地元の沖縄料理の店で昼食を食べた。次ぎ、ドクター満重の指示通り島の北端の灯台や高台で景色の良い場所からジャングルと海の景色を眺め写真を撮った。
そして、出発時間に会わせ、レンタカーを返した。雨宮が、半分出そうとすると、君は、上手な運転手だったから、出さなくて良いと笑顔で言い、
断るのも失礼と思い、ありがとうございますと御礼を言い、タクシーで船まで帰った。
その後、船が出て、夕日がきれいな時間となり沖縄の二番目に大きな島、西表島に大きな夕日が沈んでいく、荘厳な程、美しさを見て、写真を撮った。その晩も夕食の時間となり、今日の観光の話で、盛り上がった。
食事後、ステージのマジックショーを見て、22時には、床に入った。そして、明日はいよいよ、台湾に着くと思うと、年甲斐もなく、ドキドキして、上手に眠れず、0時に眠りに落ちた。
クルーズ6日目、やっと台湾北部、基隆港に到着した。港近くの日本のコンビニのATMで日本円から。台湾ドルに替えた。そのつぎ台北中心部行きのバスターミナルに向かって、歩き出した。
バスに乗りやがて、台湾駅に着き、今回も満重夫妻と行動することになった。台北駅前からタクシーで、台北101へ向かった、到着すると、ドクター満重が、見知らぬ男性2人に手を振り会って久しぶりですとその2人が挨拶した。
そして、その1人が満重先生、昼食会場を予約しておきましたと言い、徒歩10分の商店街へ向かい、普通の中華料理屋に入った。そして、料理が運ばれ、その店は味で定評のある中華饅頭の店だと語った。
少しして中華饅頭が、運ばれ、熱いから火傷しないように、食べ方を1人男性が、見本を見せてくれた。それに従い、ゆっくりと冷ましてから、中華饅頭を食べたが、肉汁の旨さは、やはり、素晴らしい。
スープ、デーザートまで食べて、満腹になった。そして、ドクター満重が、雨宮ほたるを彼らに紹介した。すると、さっき食べ方を教えてくれた人が。私は別当武史で、新潟大学で満重先生に内科で教えてもらった弟子ですと答えた。
次ぎ、少し小太りの男性が、私は、今日、運転させていただきます山勢友則で、別当君と同期で、新潟大学循環器内科出身で、台北で循環器内科を開業していますと話した。
その後、満重先生が、以前、新潟大学循環器内科の教授をしていたことが明かされた。そして食事を終え、山勢さんが、ここでお待ち下さいと言い10分程して、大きなワゴン車を運転してやってきた。
運転手の後ろが、満重先生で、助手席が、別当さん、3列目が、雨宮夫妻だった。山勢さんが、最初、テレサ・テンの墓地ですよねと確認すると、満重先生がその通りと言うと、スピードを上げて出発した。
その後、ハイウェイを走って40分ほどでインターチェンジを降りた。その時、別当さんが、これから行くテレサ・テンの眠る墓地は、台湾でも最高級の素晴らしい墓地ですと話した。




