076 騎士王ディオール・ペンドラゴン(2)
「――!?」
戦場荒しと呼ばれた事に驚き、咄嗟に距離を取ってしまった。
椅子とテーブルはひっくり返り、お茶の入ったティーカップが地面に落ちて甲高い音を立てる。
目の前の王はそれを予見していたのか、自身の分のティーカップとお茶が入っているであろうポッドを持っていた。
「もったいない事をする。この国の食料事情を知っているなら、それがどれだけ貴重な物か分かるであろうに……」
警戒する私を前に、一切態度を変える様子がない。
戦場荒しだと分かっていて私の話を聞いていたの?
というか、そうだと分かっていてまだ私の話を聞きたいの?
この国の多くの兵を殺したというのに。
「そう構えるでない。余は其方が行っている武力介入について、どう思っているのかを聞きたかっただけだ」
そう言って王はお茶を飲み干し、ティーカップへとおかわりを自ら注ぐ。
王様が自分でお茶を注ぐ……?
「この国にも映像水晶というものがあってな。其方がここに至るまでの経緯は全て見せてもらった。よくぞあの軍勢の中を突っ切ったものよ。更には目論見通りであろうな、軍は皆引き返しこの王都を目指している。見事と言えよう」
私たちが来るのが分かっていた風だったのはそういう事か。
どうやって見ていたのかまでは分からないけど、待ち構えていたというのならここは罠だらけと考えるべきだ。
当然こいつも本物の王じゃない……!
「ふふ、警戒は解かぬか。ならそのままでよい、聞かせよ。其方が武力介入を行う意味を。それをどう理解しているのかを」
「偽物と問答している暇はありません……!」
「偽物……? ああ、影武者か何かと勘違いさせたか。王がひとりでこんなところに居れば無理もないが、さて困った。其方が信用できるか見定めるはずが、まずは余が王である事を証明せねばならんとはな」
立ち上がり、偽の王は腰の剣に手を触れた。
それに反応して私も剣を発現させる。
するとどうだ。目を丸くして私の剣をジィっと見始めた。
なんだ、剣が大好きな人か何かか。
「その剣は……。まさかイヴァン殿の物か……?」
イヴァン……?
もしかしてこの人。
「それは、イヴァン・ノイムルさんの事でしょうか……」
「如何にも、余に剣技の指導をしてくださった偉大なる師である。何故其方がそれを持っている」
はは、ここに来て意外な繋がりがあったものだ。
ブロックマスターの知り合いがまだ生きているとは思いもしなかった。
いや、ブロックマスターになってからの知り合いならありえなくないか。
「これは、イヴァンさんから譲り受けた物ですが……」
剣に触れていた手を離し、両手をこちらに広げながら偽の王は言う。
「それを、見せてはくれぬか。其方が本当に彼の方から譲り受けた物ならば、イヴァン・ノイムルの名に誓ってそれを奪いはせぬ」
この状況で武器を渡せなんて冗談じゃない。
そう思い断りの一喝を入れようとした瞬間、黙っていたクラウンが急に横から口を出してきた。
「ローズ、渡したところでお前なら問題ないだろう。見せてやるといい、それで分かる事もあるはずだ。それに第1目標は話し合いだろう、戦闘ではない」
う、うーん……。
まぁ確かに奪い取られたところで、すぐに取り返せるだろうし他にも武器はあるけど……。
数秒考えた末、渋々納得して私は偽の王の横に剣を放り投げた。
「ばッ……!?」
その行動に驚いたのはクラウンだけで、落ち着いた様子の偽の王は、すぐ横に突き刺さった剣を抜き取って眺め始めた。
「お前馬鹿か! 本物の王様だったら不敬どころじゃないぞ!」
不敬なら散々生意気に口答えしてるし、今更だと思うんだけど。
クラウンは口うるさいな……。
大体、人間社会にかぶれ過ぎじゃない?
不敬がどうとか本来魔物の貴方が気にしなくていいと思うんですけど。
「ふむ、間違いないな。これはイヴァン殿の剣だ。そしてこれを持っているという事は、其方もあの方に師事を……?」
「そうなりますね」
途端に大笑いをし始める偽の王。
何故笑う……。
「そうかそうか。師はまだ息災であったか。では師であるイヴァン・ノイムルの名に再度誓おう。余が紛れもなく正真正銘、騎士王国の王ディオール・フォルガ・ペンドラゴンである事を。フォルガは余個人を指す名でな。王は代々、ディオール・ペンドラゴンの名を継承する。同じ師を仰いだ者同士ならば、特別に余の事はフォルガと呼ぶ事を許そう。其方の名を聞かせてくれぬか」
言い終えると、約束通り剣を返してくれた。
私と同じように放り投げて。
「どう思うクラウン」
「どうもこうも、私はそのイヴァンなんとかを知らぬ。判断できるのはお前だけだ」
ふむ、どうしようか。
イヴァンさん自身は大して名前を残していないって言ってたし、私自身も他で聞いた事がない。
その名前が出てくるなら、本当なのかもしれない。
剣の師として仰いだという情報にも変なところはない。
この状況が説得力の無さを助長しているけど、とりあえず信じる事にしよう。
仮に偽物なら、わざわざ警戒させるような事も言わないだろうし。
「……イズミ。イズミ・サクライです」
「イズミ……? ローズと呼ばれていたようだが……?」
「それはその、戦場荒しですから……」
出来ればクレアノットの名前は広めたくない。
ここはいざという時のこの名前でいいだろう。
でもイズミって名前、どこから取ったんだっけ。
なんかモヤモヤするけど、いいか。
「そうか、ではイズミよ。同じ師を仰いだ者同士だ。余は其方を信じようと思う。其方も余を王であると信じてくれるか」
「はい、とりあえずは……」
「それは何よりだ、では先ほどの問いを繰り返そう。信じるとは言っても、これは聞いておかねばならんでな……」
私はその問いがなんだったのかを思い出そうとしたけど、全く出てこなかった。
警戒に集中しててちゃんと聞いてなかったな、なんだっけ。
「再度問おう。其方が武力介入を行う意味を、それをどう理解しているのかを」
………………。
「――――――――――」
「目的は戦争をやめさせる事であろう? つまりは平和を求めているのであろう?」
「――――――――――」
「屍を作らぬために、屍で作った平和を勝ち取るつもりか? その矛盾をどう正当化する」
「――――――――――」
「其方の夢物語は、大量の死と隣り合わせだとは思わぬのか」
「――――――――――」
「ただの兵にも親や子がある。守るべき家族があるのだ。それは理解しておろう?」
「――――――――――」
「其方の本当の目的はなんなのだ……?」
「――――――――……」
「それが、その他一切を失うかもしれないとしてもか」
「――――――…………」
「そうか……」
◆
王都ブリトンにある、店主も客もいない豪勢な宿屋。
誰もいないからと、枯れていない井戸の水で体を洗い、勝手に部屋を借り、埃を払った布団に潜り込む。
クラウンは外で警戒中。
私が移動している間に影で休むからって事で交代制みたいになってる。
久しぶりの屋内での休息だけど、あの王様との会話を思い返さずにはいられなかった。
何を言われたかのか覚えているのに、何を言ったのかは全然覚えてない。
武力介入に関する話だったと思うけど、思い出そうとすると激しい頭痛が襲ってくる。
断片的に現れる記憶も、すぐにノイズの波に攫われて消える。
まるで、それについて考える事を拒んでいるような。
濃く霞みがかったフィルターが、一切を拒絶するような。
スッキリしないモヤモヤだけを残して思考を放棄させる。
その後の会話は全部覚えてるんだけど……。
「はぁ……」
まぁ、その時の経過はどうあれ、ひとまず戦争をやめさせる事には成功したと言っていい。
自らを傀儡と卑下する王に、どれほどの力があるのかは分からないけど、王は王だ。
国内の惨状に目を向け、そちらに注力する事は約束してくれた。
代わりに約束させられたのが、
――其方に今必要なのは戦いではなく休息だ。争いごとから1度離れ、自身の在り方を見つめ直し、もう1度余を訪ねてくるがよい。
というもの。
ヴォルドールに関しては自分たちでなんとかするって言ってたけど、それが出来ないから戦争してたんでしょうに。
やっぱりそこは私が行かないとダメだと思う。
うん、1度ライアスさんとロンメル君に報告したらすぐに向かおう。
「それにしても、お腹空いた……」
ロンメル君の作ったご飯が食べたい。
今ならウサギの丸焼きどころか猪の丸焼きだって9匹くらい食べれちゃいそうだよ。
あれ、私って昔からこんなに食いしん坊だっけ……。




