075 騎士王ディオール・ペンドラゴン(1)
軍勢を抜けて1日。
途中何度か休憩を挟みながらも王都ブリトンに到着した。
王都とは名ばかりのようで、街の中に人の気配がほとんどない。
大きな都市だとは思うがどこも異様に汚らしい。
これもまた戦争の影響だろうか。
時間帯としては既に夜。暗くなっている事もあって城までは難なく近づく事が出来た。
でもさすがに城には人がいる。
正面から突入するか否かでクラウンと話した結果、まずは出来る限り穏便に動こうという事になった。
今は上空から城の全体をクラウンが確認しているところ。
月明かりがあっても、鳥が飛んでるのはさすがに良く見えない。
これならバレる事もなさそう。
何度か旋回してから私の影に戻って来る。
「どうだった?」
「……中庭にそれらしい男がいたが……」
聞けばその男は、飛翔しているクラウンを目で追っているような動きを見せたという。
更には手招きまでして誘ったと。
「どうするローズ。罠の可能性が高い」
そうだとしても、行かない理由はない。
ここの王様に会わなければ何の意味も無い。
「行くよ、案内できる?」
「分かった。お前なら問題ないだろうが、警戒だけは怠るな」
「うん」
厚みを持たせた影を伸ばして道を示してくれた。
まずは城壁を超えるために跳び上がる。
1回では届かないので、落下が始まる前に武具を出してはジャンプしてを繰り返す。
登り切ったところで、クラウンが多少言い淀んだ理由を理解した。
魔石か何かを光源にした支柱が4つ、中庭を照らすように設置されている。
その中央で、椅子に腰かけて優雅に紅茶か何かを飲んでいる男がひとり。
初老といった感じの男性で白髪頭だが、身なりは豪華そのもの。
あんな王様ですってアピールしてるような服装、他にいないだろう。
そんな風に眺めていると、目があった気がした。
いや、目が合ったのだ。あの男は私に気づいている。
隠れる意味の無さを理解した私は、一応の警戒をしながら男の元へと向かった。
降り立った中庭は、それなりに広く汚れが見えない。
細かく手入れされているようだった。
緑が見える綺麗な庭園とだけ言えば聞こえはいいかもしれないが、実際は僅かな量の植物を飾っているせいで逆にみすぼらしく見える。
淡い光を放つ支柱自体は美しいが、照らすものが無ければその美しさは陰ってしまう。
物が少ないせいで掃除も行き届いているのだろう。
なんともバランスの悪い美しさでまとまった庭園だ。
「…………」
カチャンっと、ティーカップを置く音が響く。
男の眼光は鋭く、まるで品定めでもするかのように流し見してくる。
私が口を開くのを待っている様子だったので、人違いじゃないか確認する。
「あなたがこの国の王様ですか?」
男の目が私の瞳を真っ直ぐと見つめ返してくる。
次いで、口が開かれた。
「如何にも、余がこの国の王。騎士王ディオール・ペンドラゴンである」
なんか、独特の間を置く人だな……。
というか本当に王様かな、影武者とかそういうのじゃないかなこれ……。
「……安心せよ、人払いはしてある。用があるのだろう?」
人払いね。なんのためにかな。
益々怪しいんだけど、とりあえず話を聞いてくれそうだから話してしまおう。
「戦争をやめてほしくてきました。ダメなら殺しちゃいますけど」
「クク……殺しちゃいます、か……」
すぐに高笑いをし始める王様。
なんなのこの人、何が可笑しいんだろう。
「とにかく1度そこに座れ。余の茶の相手をするがよい。つまるところ交渉か説得、話し合いに来たのであろう? ならば茶を飲み交わしながらでも出来よう」
促された席には、既にお茶が用意されていた。
私が来る前からあったものだ。怪しくて飲めたものではない。
「生憎と食い物は貴重でな、茶だけで良しとしてくれぬか」
とりあえず座るけど、お茶は飲みません。
毒とか入ってても大丈夫だけど、なんかやだ。
「それで、何故戦争をやめて欲しい。話してみよ」
「え……?」
そりゃあ戦争で人は沢山死ぬし、兵隊はやりたい放題で民も死ぬし、私も国に帰れないし。
良い事なんてひとつもないじゃん。
でも、なんて言えばいんだろ。
こういうのってちゃんと話さないと通じないんじゃ……。
「私が話そう……」
繋がったままの影が、ちょこんとテーブルの上に現れた。
器用な事をするなぁクラウンは。
「これまた面妖な……じゃが、余はそこの娘に問うておる。無粋な横やりは控えよ」
「……どうするローズ」
少し悩んだが、私の話を聞きたいと言う王の目は真剣に見える。
彼が本物にしろ偽物にしろ、その思いには答えて然るべきだと思った。
「うん、いいよ。私が話す」
その言葉を言い終えると、影はテーブルの上から姿を消した。
そして私は、終わらない戦争が招いた惨状についてと、このまま自国を顧みない場合に予想される末路について話した。
「村の話はこの国の風潮のせいもあろうが、そんな事になっておるとはな……。まぁ言いたい事は概ね理解した。このまま続ければ国が亡ぶだろう事は余も分かっている。戦争を続けてもこのままでは勝てまい。かといって富国に努めようにもそんな時間もなく、ヴォルドールに攻め滅ぼされて終わりだ。ならばせめて、一矢報いてやりたかろう。騎士たちには戦場という死に場所を与えてやる必要があろう」
「死ぬのが決まってる戦場に行きたい人なんているんですか?」
「それは騎士としての誉れ……であろう……?」
確かにそういう人もいるだろうけど、そんなのひと握りだけだと思う。
ほとんどの人間は死にたくないはずだ。
自殺して来いって言ってるようなものだよそれは。
「本当にそう思ってる人間しかいないのなら、あの村は今も村民が暮らしていると思いますけど……」
「ふむ……。では、戦争をやめたとしてどうする。何もしなくても食料は底をつく」
「この土地でも、実る農作物はありますよね? 動物もいますよね? 滅びたという隣のフォートギアにも土地はありますよね? そこに戦争が無くなってやる事がない兵を動員すれば、なんとでもなると思いますよ」
「農作物に関しては知らぬが、動物の数は少ない。フォートギアは既に魔物の巣窟になっていて農作業など出来ん」
「魔物も食べられますよ」
「なに……? それは本当か?」
「冒険者なら皆食べた事があると思います。私は1か月以上、魔物だけを食べて過ごした事もあります」
ダンジョンに落ちてからはずっとひとりでそんな生活をしていたんだもの。
味は保証しないけど食べれない事はない。
というか食べた事ないの?
「ならば、食料事情は良いとしよう。だがヴォルドールはどうする? 滅ぼされるのを黙って待っていろというのか?」
「そんな事は言いません。ヴォルドールにも勿論やめてもらいます」
「ハハ、どうやってだ。こちらとは違い、向こうには余力がある。2年も続いた争いを何の利益も得ぬままにやめるとは到底思えん」
「でも、滅びるくらいならやめますよね」
一瞬ギョッとする王だが、すぐに言い返してくる。
「……余力があると言ったであろう。どうしたら奴らが滅びるというのだ」
「黒寂の傭兵団って、知ってます?」
その言葉に、ディオールの王は口を噤んだ。
過去、戦争を鎮静化させた原因なのだから知らないはずはない。
ひと口、茶で喉を潤してからも何事かを考えている様子だった。
少しして、何かを決心したのか突然別の話を始めた。
「この国の王がどう決められるか知っておるか?」
「……いえ」
王は、先ほどまでの少し楽し気な表情から、酷く悲し気なものへと移り変わった。
「この国は代々、王の子らの中で最も武勲を得た者が次の王となる。生まれの順も関係なくな……。ヴォルドールとの争いは、それこそ2年前からの話ではない。もう百年以上も前から続いている。発端は、この国の採掘資源が欲しいというヴォルドールからの一方的な要求を拒んだからだ」
採掘資源か。
希少な鉱石が取れる事もあるとは聞いたような気がするけど、実際どこまで希少なのかは私には分からないな……。
「昔からディオールは防戦一方でな。魔術による攻撃に対し、こちらは無理に距離を詰めさせられて被害は常に大きい。12人の兄妹たちも、次々に死んでいった。余も追い詰められ、いよいよ死ぬのだと思ったその時、通りがかっただけの老人に救われた。余はすぐに師と仰ぎ、了承をもらい、剣技を修めた。そのおかげで多くの武勲を得て結果、余が次の王となったのだ」
ただの身の上話かな。
一体何が言いたいんだろう。
「馬鹿げているとは思わんか?」
「え……?」
自信が王になった経緯を、馬鹿げていると一蹴する男の顔は、悲しみに怒りが入り混じったかのような複雑なものだった。
次第に、呆れた様相が浮き彫りになって出てくる。
「戦にしか出た事のない者が、次の王になるのだぞ? 政など何も知らぬ者がだ。そんな奴に、国が治められるはずがなかろう……」
聞いていてそうは思いながらも、失礼かと口に出さなかった事をまさか自分から言うとは。
その制度に対して少なからず、いや大きく疑問を持っている証だろうか。
「先に余が言った言葉は、全て臣下たちが言っていた事だ。実際のところを余は分かっておらぬ。老いた王はただただ与えられた選択肢を選び、最終的な責任を負う役目を持つだけ。分かるか、傀儡として生きる余の哀れさが。傀儡故に、こうして侵入者が来ても警護ひとり付かん虚しさが」
悲壮感に溢れた瞳が、私の目を強く見つめてくる。
本気でそう思っているというのが伝わってくるようだった。
でも私には、それにどう答えるべきかが分からなかった。
「余は外から来た其方と話がしたかっただけだ。それがまさか、今直面している問題の解決策を話し合う事になるとは思いもしなかったがな」
本物の王様、そう思っても問題なさそう。
自然とそういう風に思えてくる。
「して、其方の言う黒寂だが……。本当に動いてくれると言うのか?」
黒寂は動かないというか、動かせない。
連絡など取りようがないし、友好的な知り合いもいない。
ネームバリューによる脅しだけでなんとかなるだろうか……。
とりあえずここはお茶を濁そう。
「私が直接向かって話をしてきますので、大丈夫だと思います」
どこに、とは言わない。
黒寂に依頼に行くのか、ヴォルドールに説得に行くのか。
上手い具合にはぐらかせたと思った。
「其方は黒寂の者なのか?」
なのに確信を付いてくるこの疑問。
当然の疑問だろうけど、回答如何によっては傾きかけているであろう戦争行為停止に影響が出るかもしれない。
出来る限り嘘を言いたくはないけれど、決定打として「そうです」と、言ってしまおうか……。
などと逡巡している隙に、王が言葉を重ねてくる。
「そうか、違うか……」
やらかした。
この状況で是非を即答できなかったのはまずかったかも。
間を開けた事を含みと取られ、腹に一物有りと判断されてもおかしくない。
この話で最も重要な、敵国の停戦を実現させられるかの質問だったんだ。
「よい。どのみち、確実な滅びの道を行くよりはマシであろう。余は戦争をやめさせ自国の救済に着手したく思う……。だがそれも、其方が信じるに値する人間であればの話だが」
さっきので不信は買ったって感じじゃないけど、信用を得る手段なんて分からない。
「どうしろと……?」
「なに、其方の話を聞かせてくれればよい。『戦場荒し』の娘よ」




