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ごくごく普通の恋をしています  作者: あさづき ゆう
番外編

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それでもわたしはわたしなのよ1 -コンスタンス-



「ははは、ずぶぬれの王女だ!」

「ジェイク、やりすぎ!」


 引っかかったことで大喜びする声と、流石にやりすぎたと慌てる声。

 ぽたぽたと髪から雫が落ちる。前髪から落ちる雫は頬を伝わり、首筋を通ってドレスを濡らす。


「こんの、クソガキども!」


 転がっている箒を手にすると、振り上げた。5人の子供たちが声を上げて逃げ始める。


「わー、王女が怒った!」

「逃げろ!」


 わたしも何度もバカにされているのだ。そう簡単に逃がすわけがない。ぶんと勢いよく箒を振りまわし、足の遅い子供たちを捕らえる。


「ぐえっ」


 腹に食い込ませて転がし、そばを走っていた子供が一緒になって転がる。

 残り、3人。


 こちらは悪戯慣れしており、逃げ足も速い。だが、毎回同じ行動をしているのだ。その行動を先読みすることなど、造作もない。


 にっと笑うとわざと距離を縮めないように後ろを追いかけた。


「うわっ!」

「いたっ!」

「あわわ」


 3人が姿を消した。わたしはにんまりと会心の笑みを浮かべて、地面を見下ろした。大きな穴に3人の子供が転がっている。


 逃げ道がいつも同じなので、落とし穴を作っておいたのだ。もちろん自分では掘っていない。野菜を作っているお爺さんに相談して、大きく穴を掘ってもらった。


「ほほほほ、悪戯にはお仕置きが必要ですわね」


 優雅な手つきで濡れた前髪をかき上げた。ぎっと強い眼差しで睨みつければ、子供たちが不貞腐れたように頬を膨らませる。


「なんでだよ! 王女はいつだってつまらなそうだから遊んでやったのに。バーカ」


 子供たちが穴から這い出ると一目散に逃げていく。その後姿を見送って、ため息を吐いた。


 自分がどれだけバカかなんて理解している。

 教えられていることの意味を理解せずに、自分は特別だと思っていた。それが最悪な形で現れたのが婚約破棄だ。初めは理解できなかったけど、結婚も不透明になり、修道院と名の付いたこの場所に来てからわかるようになってきた。

 わかるように、ではない。わからざるを得なかった。王女の身分以外にわたしは何も持っていなかったのだ。


 今では料理は無理だが、掃除や洗濯ぐらいならできる。縫物は元々嗜みでやっていたので十分だったがそれ以外はほとんどできなかった。そして、ここでは自分がやらなければ代わりにやってくれる人がいない。


 初めは癇癪を起したが、癇癪を起こしても受け取る人がいないので諦めるのは早かった。だって、自分でしなければ不快な状態がいつまでも続くのだ。食事だって生野菜とパンが置いてあるだけなのだ。だけど、幸いにして聞けば教えてくれる人たちがいた。

 少しずつ、少しずつ自分でやることを失敗しながらも覚えていった。もちろん、まだまだ十分ではないが不自由はしていない。自分が拘らなければ、適当でいいのだ。

 あれほど何もかも質を気にしていたのに、今の生活では質はさほど気にならなくなっていた。


「派手にやられたね」


 ふわりと頭からタオルが掛けられた。驚いて振り返れば、いつの間にかこの修道院のある領主がいた。問題児の王女を引き受けた稀な人でもある。宰相の遠縁にあたる伯爵のため、王家から頼み込まれたのだと思う。ここに送られて早々、王女として扱わないと宣言されていた。


 人当たりのいい笑みを浮かべた、食えない男だ。正直に言えば大嫌いである。

 むすっとした顔でタオルを頭から外す。


「着替えに戻りますから、お返しします」


 本当なら洗って返すのがいいのだろうが、そんな気分じゃない。

 湿ってしまったタオルを頭から外し、畳んでから差し出した。


「いや、息子が水をかけたようだからタオルを使ってほしい」

「……注意しておいてください」


 そうなのだ。あの悪ガキの中心にいるジェイクはこの領主の息子だ。確か長男だったはず。それに追従している4人は次期領主の側近候補たち。


 領民の評判だけ聞けば、あのような悪戯をするような性格はしていないのだが、わたし限定で悪ガキになる。それがまた腹立たしい。先ほどのやり取りを思い出し、苛ついた。


「注意はしておくよ。初恋を拗らせているだけだから聞かないと思う」

「初恋?」


 何を言っているのだこの男は。


 許容できない言葉に、不機嫌に黙りこむ。

 少年からしたら年増のわたしにそんな感情など産まれるわけがない。この男は何でも恋愛沙汰にしたいようだ。


「そう、男の子の初恋は不器用でね。できれば温かく見守っていてほしいな」

「……そういうものですか」


 見守るつもりは全くないので、同意はしなかった。


「まあまあ、今日も派手にやられてしまって」


 騒動を聞きつけたのか、修道院長が慌てて出てきた。手にはタオルを持っていた。


「修道院長さま」

「さあ、部屋に戻って着替えをしていらっしゃい」

「着替えたら、屋敷の方へ来てもらえないだろうか」


 どうやらわたしに用事があってきたようだ。そのことに気がついて、領主の方を見た。


「用件は何でしょうか?」

「簡単に済む話ではないので、屋敷に来てから話すよ」


 そう言い置いて、元来た道を戻っていった。残されたわたしは修道院長に促されて部屋へと戻った。


******


 手早く身支度をして、領主の屋敷へと赴いた。

 どっしりとした上質な調度品を使った執務室へと通された。


「ああ、そこに座って」


 使用人にお茶を用意するように指示しながら、長椅子を勧められる。わたしは促されるまま長椅子に座った。


「お話は何でしょう?」

「世間話をしようかと思ってね」


 簡単にすまない話が世間話ではないとは思うのだが、にこにこと笑顔で言われてしまえば頷くしかない。薫り高いお茶の入ったカップが置かれた。香りだけでも美味しさが伝わってくる。

 優雅な手つきでカップを手にした。覗き込めば、顔が映るほど透明感がある。ゆっくりと一口飲んだ。

 久しぶりに自分以外が入れたお茶だ。


「美味しい」

「それはよかった」


 わたしが使う道具と全く変わらないのに、この違いは何だろうかと不思議になってしまう。美味しいお茶を飲むだけで気持ちがほぐれた。


「先ほどは息子が申し訳ないことをしたね。きつめに叱っておいたが……」


 息子、と聞いてつい眉根が寄る。考えていることを全く見せない男の息子とは思えないほど、何もかもが明け透けだ。嫌われているとは思っているが、それなら関わらないでほしい。


 子供たちに嫌われているのは、ここでの生活態度が、というよりも単純にわたしの悪い情報が回っているのだと思う。大人たちは流石に面と向かってはいう事はないが、きっとここだけの話と噂しているのだろう。そうでもないと、子供たちまで伝わるわけがない。


「本当にどうにかなりませんか。ここに来た時から……この1年、あの調子です」

「そうだね。本当に困った子だ」


 領主の様子に変わらないのだろうなと察した。それはある程度分かっていたので、怒りは感じなかった。ただもうここはいいかなという気持ちになる。


 この土地において、わたしは異物であったという認識だ。どんな思惑で王女の身分のまま修道院とは名ばかりの場所に送られたか、わからない。

 わたしはすべてにおいて知っていても、想像してきちんと理解する能力に欠けている。何かに気がついて王族とは何たるかに気がついてほしいのであれば、こんな遠回しのことをせずに、普通の修道院に幽閉でもすればよかったのだ。自分に甘かった両親や兄達を思い笑みがこぼれる。


「1年経ったので、そろそろ修道院に行きたいと考えています」

「コンスタンス王女」


 驚いたように領主が声を上げたが、わたしはそれを無視して淡々と告げた。


「わたしは1年、王女でありながら王女としての暮らしはしてきませんでした。そこで気がつくことも沢山あった」


 気持ちを落ち着けるようにお茶を飲んだ。領主は口を挟むことをせずに静かにわたしを見つめていた。


「ですが、わたしはそう簡単に変わることはできない」


 使用人がいない生活を1年した。掃除も洗濯も自分ですべてやってきた。

 それでも考え方は簡単には変わらない。理解したことは、仕えてくれた侍女や使用人が如何に優秀であったかということだ。わたしが手を荒らしながらやる仕事でもないとも思っている。

 この考えを出さないように表向きは取り繕えるだろうが、根本的には変わらない。


 わたしと顔を合わせている時には笑顔でも、裏では陰口をたたいているのを見れば、不敬罪だと叫んでしまいたくなるし、王女のわたしのために動かない人間など不要だと心では思っている。それをうまく隠すことができるようになっただけ。


 婚約破棄も余計なことをするのは結婚してからにすればよかったという程度の反省しかない。もしくは、側室で我慢しておけばよかったという後悔だ。

 きっとこれは求められている反省ではないとは思うが、こうしか考えられないのだから仕方がない。多少なりとも自分で面倒が見られるようになってきたことだけが、この1年の成果だ。


「修道院へ行くことにどうしてつながる?」

「単純に修道院ならわたしの性格が迷惑をかけることも少ないだろうと言うことです」


 王族を幽閉するためにあるような修道院だ。あちらも慣れているだろう。


 それに。


 こんな平民みたいな修道院だかわからないところにいるよりは、王族の幽閉場所として有名な修道院へ入った方が王女しては見栄えがいいはずだ。そして平民もその方が喜ぶだろう。


 我儘一杯の王女が、他国で怒りを買い、幽閉された。


 物語の締めとしてもとても座りがいい。

 わたしはにこりと笑った。


「わたしはわたしですもの。それ以外に変われないのですわ」


 きっぱりと言い切るわたしに、領主が難しい顔をする。


「もう少ししたら、王女には恩赦が出る予定だ」

「恩赦?」

「そう。来年に王太子殿下の後継者として王子殿下のお披露目があるのだ」


 お兄さまには王女はいたが王子はいなかった。私がここに引きこもっている間に生まれたらしい。


「恩赦などいりませんわ。今は修道院へ行きたいだけですから」


 冗談じゃない。失敗した王女として王都に戻るなんてしたくない。

 憐れむ血縁者や噂話の好きな貴族たちがどんな風にわたしを見るかを想像して、顔が歪んだ。

 それならば一生修道院で腐っていた方がマシだ。


「本気ですか?」

「ええ、本気です。近日中に移動できるように準備をお願いします」


 思いがけない方向にまとめたわたしに領主はため息をついた。



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