それでもわたしはわたしなのよ2 -コンスタンス-
晴れ晴れとした気持ちで領主の館を出てきたわたしは、ジェイクに捕まっていた。思いがけないほど力強く手を引かれて、引きずられるようにして移動する。
「ちょっと、手を離しなさい!」
振り切るように腕に力を入れた。先ほどまで強く握られていた腕がじんじんと痺れる。
「修道院へ行くって本当なのか?」
痛む腕をさすっていると、少年はそんなことを聞いてくる。
「盗み聞きしていたの?」
「違う、父上が教えてくれた」
全く面倒な奴に教えたものだと、内心ため息をつく。
「そう。聞いての通り、修道院へ行くわ」
「なんでだよ」
ぶすっとした言い方をされて、眉を寄せた。
「なんで、って。元々そういう予定だったから」
「お前はここで頑張っていたじゃないか。平民が知らないようなことも教えて、みんな作業が楽になった。恩赦だって出るって聞いた。それまでここで」
「あのね」
少年の言い分に、頭が痛くなってくる。
「知識はたまたま知っていたから。わたしも教えてもらっているからその対価よ。別に崇高な志があるわけじゃないわ」
「俺はお前が好きなんだ! 出て行ってほしくない」
13歳の少年の告白に唖然とした。少年は顔を真っ赤にして、両手をぎゅっと握りしめている。緊張しているのか、恥ずかしいのか、いつもとは違い真面目な顔をしていた。
ただ、好きだと言われても、困惑しかなかった。
彼がわたしのどこを好きになったか、さっぱりわからない。少年が気になる要素としては王族らしい顔立ちと身分ぐらいか。
この1年間を振り返る。意地悪ばかりされていると思っていたが、どうやら少年特有の好きな女の子につい意地悪をするというやつらしい。畑のお爺さんに言われた言葉を思い返し、納得したような納得できないような気分になる。
わたしはため息を吐いた。
「あなた、何を言っているか理解している? わたしはね」
「わかっている! お前は王女で、年上で、綺麗で。何もできない奴だし、どうしようもなくバカな奴だ」
「バカとはなによ!」
むかっとしてつい言い返せば、少年もきっと睨みつけてきた。
「俺は将来、領主だ。王女である馬鹿なお前を嫁にしたって問題ない」
なに、それは。
ふんぞり返って言う言い分が子供過ぎて、疲れがどっと出る。
「わかったわ。気持ちだけは受け取っておくわ」
「お前、本気にしていないだろう!」
適当に紡いだわたしの言葉に怒ったのか、目つきがさらにきつくなる。少しだけ近寄って、彼の頭に手を置いた。
まだ少しだけ低い身長。
少年は驚いて目を見開くが、気にせず彼の頭を撫でた。
「本気とか、本気じゃないとか、そういう問題じゃないのよ。あなた、わかっていないでしょう?」
「わかっている」
「わかっていないわよ。わたしは王女さまなのよ。しかも、致命的なことをやらかした王女」
嫌がる彼を無視して、わしゃわしゃと頭を撫で続ける。見た目よりも柔らかな濃い茶色の髪が触っていて気持ちよくなってきた。
「知っている。他にもお前は不器用で馬鹿だ」
「王女さまに向かって何を言うのよ。でも、今回は目を瞑ってあげる」
そう言って手を離した。少年はむっつりとした納得していない顔になっていた。その顔を見下ろすように見つめて、にこりと笑みを浮かべた。
「それでも少年の気持ちは嬉しかったわ」
「おい」
何か言いたそうな彼を残して、わたしはその場から離れるため歩き始めた。数歩、歩いたところで、強烈な衝撃を受ける。
「うっ」
勢いあまって前のめりになったが何とか踏みとどまった。腰には力いっぱい少年が抱き着いている。後ろから回された腕がぎゅっと腰に回されていた。
その腕はまだまだ少年のものだ。わたしを守りたいという気持ちがあったとしても、すぐにはがされてしまう程度だ。
どうしようかと迷ったが、そっとその手に自分の手を置いた。
「お前は全然わかっていない! 王女を嫁にしても誰にも文句言わせないほどになってやる」
「……泣いているの?」
「うるさい」
そうは言っても、ずずっと鼻をすする音がしている。
「わかったわ。貴方が成人した時に同じ思いを持っていたら、考えてあげる」
「本当だな?」
「ええ」
「約束だぞ!」
「約束ね」
困ったな、と思いつつも何故か気持ちは穏やかだ。
何もかもが足りないわたしが愛されるなんて、過ぎた希望だけれども。
こんなのは一時の気の迷いだと思いつつも、心が温かくなるのを感じた。
この5年後、彼が18歳、わたしが24歳の時。
突然現れた彼にぽかんとなった。この修道院は決められた場所であれば訪問客と顔を合わせることができた。訪問者がいると言われて、開かれた庭にやってきたのだが。思わぬ訪問客に目を丸くした。
「ジェイク?」
彼はわたしよりも大きく成長していた。肩幅もがっちりし、鍛えているのか胸も厚い。領主なんだからこんなに鍛える必要はないのではないかと思わなくもない。
彼は突然わたしの前に膝をついた。大きな花束が差し出される。
「え?」
「約束だ。結婚してほしい」
「その約束は……」
返答に困ってしまうと、彼は舌打ちをして立ち上がった。頭一つ分以上大きくなった彼を見上げれば、真剣な眼差しで見下ろされた。射貫かれそうなほど、鋭い視線だ。
こんな顔をしていたかしら?
最後にあった時はまだ子供だったから、なかなか記憶の中の少年と一致しない。
「断るなよ。俺はお前が好きだ」
「初恋は勘違いというけど」
「勘違いじゃないぞ。勘違いで、こんな年の差のあるお前をずっと好きでいられるか!」
それもそうだと納得する。納得すると、じわじわと恥ずかしさがこみあげてきた。
え、彼が?
わたしを好き?
蘇るのは意地悪されて水を被ったことと、彼が結婚してやるとえらそうに言い放った時だ。
あの時は全然彼のことを思ってはいなかった。子供だと思っていたし、自分が誰かに好かれるなどないと思っていた。
「お前は俺のことをどう思っているんだ」
「どうって」
距離を詰められて、狼狽えた。
目の前にいるのは、もう少年ではない。知らない男の人だ。
「コンスタンス」
彼がわたしの名前を呼んだ。心臓が跳ねる。同時にぱっとその場から逃げ出した。
「え? あ! おい、逃げるな!」
逃亡されるとは思っていなかったのか、彼の焦った声がした。それを振り切るように全速力で走る。走ったが。
「遅い」
ぜいぜいと息を切らして捕まった。もう24歳なのだ。元々運動神経などよくないのに、鍛えられている男から逃げ切れるわけがなかった。
「それで、返事は?」
「すぐにできるわけない」
「どうして? 5年もあったんだ。少しは考えてくれたんじゃないのか?」
ごめんなさい。考えていませんでした。
わたしの心の声が聞こえたのか、彼のこめかみに青筋が立った。
「じゃあ聞かない。もう許可は貰っているんだ。今日からコンスタンスは俺の嫁だ」
「えええ?」
驚きに声を上げれば、彼はさっと抱き上げてしまう。男の人に抱き上げられて、混乱した。
「ちょっと、いくらなんでも、これはまずいわよ!」
「まずくない。これ、読んで」
そう言って彼はわたしを抱き上げたまま器用に手紙をポケットから出した。少しよれっとなっているけれど、それは見なかったことにする。きちんと国王の印璽で封蝋されている。
震える手でそれを受け取り、じっと見つめた。
「コンスタンス宛だから、ちゃんと読んで」
「でも」
グタグタしているとため息をつかれた。驚いて彼を下から見上げれば、若草色の瞳とぶつかる。
「読んでやろうか」
「自分で読む」
覚悟を決めて、封を切った。震える手で手紙を広げれば、そこには覚えのある文字が並んでいる。何度も何度も読み返した。
体が震えた。
「王都から離れた6年、どれだけ一人で頑張ったかは知っている」
「でも、わたしは」
「俺は実際の所、やらかしたコンスタンスのことは話を聞いただけだ。呆れはしたがそれだけだ」
意味が分からず、黙って彼を促す。
「俺が知っているのは、どうしようもない性格だが前向きに頑張っているコンスタンスの姿だけだ」
「ジェイク」
「間違えそうなら俺がきちんと指摘する。止まりそうになかったら、部屋に閉じ込める。逃げそうなら、鎖でつなぐ」
とんでもない言葉に顔が引きつった。
「え、なんか断りたくなってきた……」
「断ったら、どうするかな」
にやりと笑われて、揶揄われたことに気がついた。むっと不機嫌になれば、唇をついばむようにキスされた。
「とりあえず、妻になってくれ。俺の手伝いを期待する」
「手伝い?」
「そうだ。俺にはまだ経験が少ないからな」
「仕方がないわね。わたしの優秀さを見せてあげるわ」
偉そうに胸を張ってみせた。ジェイクは優しく笑った。わたしも笑顔になる。
だけど、そのあと一人になった時に。
嬉しくて少し泣いてしまったことは永遠の秘密。
Fin.




