夜会の準備
シェリーがエイル伯爵家に持ち込んだのは様々なデザインのドレスとドレスに合わせた首飾りや耳飾りなどの宝飾品だ。カレンが細部までよく見えるようにドレスを吊るす。
最近話題に上り始めた薄い布を幾重にも重ねたスカートはふわりとして甘やかだ。色によって感じも違う。あまりにも煌びやかで驚きつつも、うっとりとしたため息が出た。
わたし自身、子爵令嬢として身分に合った物を両親に誂えてもらっていたがそれ以上の質を持つドレスにため息しか出ない。
「貴女に似合いそうなものをいくつか用意したの。この中から選んでもいいし、どれも気に入らなかったら別のものを見てもいいわ」
「こんな素敵なドレスですもの。気に入らないなんてありえないわ」
目は広げられたドレスに向けたまま答えれば、シェリーは楽しげに笑った。
「見ているのと着てみるのではまた違うわよ。夜会まで日程がないから、一から作ることはできないけど、貴女に似合う一枚を見つけたいの」
そう言いつつ、吊るされたドレスを手に取り、一つ一つ色を確認するようにわたしに当てていく。全身が映る大きな鏡の前で次々と当てられるドレスを夢見心地で見つめていた。
裾に向かうほど青の色が濃くなるドレス、薄いグレーとピンクを組み合わせたドレス、重厚な色を使ったドレス。
どれもこれも目を引く。わたしの持っているドレスよりも斬新な意匠だ。意匠は異なるのだが、どのドレスも濃い色の布の上に淡い色の薄絹を合わせていた。重ねることで、色が少しだけ透けて元の色と違った色を見せる。ドレスの動きに合わせてその濃淡の浮き上がりが変わるのだ。
「素材の違う布を重ねていくドレスがこれからは増えていくわ」
「増えていく?」
「そうよ。貴女が広告塔になるのだもの」
唖然としてドレスからシェリーを見た。シェリーはにっこりと笑う。
「丁度、贔屓にしている商人がいてね。彼が面白い素材を持ってきていたから、色々と作らせていたの。貴女の体形にぴったりだし、雰囲気もとてもいいわ」
「ええ?」
「カレン、そちらの箱からも出してちょうだい」
シェリーはわたしの戸惑いなどお構いなしに、カレンにまだ空いていない箱を開けるように指示する。カレンは言われるまま、箱を開けた。
「まあ!」
いつもは声を上げるなどしないカレンだが、小さいながらも感嘆の声が上がる。シェリーはそれを咎めず、どことなく嬉しそうに笑う。
「とても素敵でしょう?」
カレンが慎重な手つきで取り出したドレスを見て、目を見張った。
一枚の淡い青色のドレスの上にもう一枚濃い目の藍色のスカートが巻き付いているのだ。左わきから中の柔らかなドレスが見えるように斜めにカットされ美しくドレープが作られていた。二色の濃淡がとても目を引く。
「今、夜会ではフリルたっぷりのドレスが主流だし、重めの刺繍も人気よね。特別の日に皆と同じものを着たら印象に残らないけど、こうした新しいものを着ると印象に残るわ」
印象に残る、と言われて動揺した。
「わたしは貴族籍から抜けてしまうので、よほどのことがない限り夜会には参加しません。ですから印象に残らなくても……」
「印象に残らないと、変な勘違いする女が沢山出てくるのよ。思いっきり印象付けて、ヒューバート様といちゃついてみなさいな。突撃してくる女がぐっと減るわ」
驚きの解釈に言葉が出ない。
「最初が肝心よ? 初めに舐められたら、何度も同じことを繰り返すから」
ヒヤリとした物言いに思わずたじろいだ。シェリーはいつでも柔らかく、楽しげだったのだ。だが、目の前にいる彼女は同じ笑みを浮かべているにもかかわらず、どこか冷たく遠い。
「シェリー様?」
「控えめに生きることもいいでしょう。だけど一歩引いたことによって、一生が変わってしまうこともあるわ」
わたしはこの時初めて彼女がどんな過去を持っているのか、知らないことに気がついた。
王弟殿下の寵愛を一身に受ける、娼婦上がりの愛人。
それが彼女を表す言葉だった。だけど、彼女の立ち振る舞いや気品、それらがただの娼婦ではないことを示している。高級娼婦になるためには、高い教養が必要なのだ。その教養を身につけるにはかなりの時間とお金、そして努力が必要になる。それを楽々とこなして行くのだから、生まれが自ずと知れた。
そして貴族令嬢が娼婦になるということは。
悲しい出来事しか思い浮かばない。
「シェリー様は貴族だったのですか?」
シェリーはわたしの問いには答えなかった。答えは貰えなかったが、シェリーの満足そうな笑みを見て、正しいことを知る。
「一つだけ教えてあげる。わたくしも家族にとても愛されて、とても甘やかされた末娘だったの。貴女よりももう少し若い頃ね。本当に何も知らなかったわ」
だからこそ、貴女を見ていられない。
そんな言葉が続きそうだった。だけどシェリーはそれ以上は言わずに気を取り直すかのように明るい声を出した。
「このドレスを作っている商会はわたくしの御用達なの。一目でわかるから、貴女の後ろに誰がいるのかもわかるのよ」
「そこまでしてもらっていいのでしょうか?」
「いいのよ。大体、王族がしっかりしていれば、貴女がこんな苦労をしなくてもよかったのだから。きっちり補填してもらわないと」
よくわからなくて、目を瞬いた。
「ヒューバート様に関しては、王族の方も関係ないのでは?」
「……そうね」
シェリーが気持ちを落ち着かせるために、大きく息を吐いた。
「カレン、これをエレオノーラに着せてあげて」
「わかりました」
カレンはわたしに近寄ると、手早く着ているドレスを脱がす。
「あら?」
下着一枚になったところで、シェリーがとても面白そうに目を輝かせた。揶揄うような眼差しに意味が分からず、首をかしげる。
「どうかしましたか?」
「ここ」
シェリーが自分の指で胸元を叩いた。よくわからず、その位置を見下ろす。下着の衿から見える肌を見て悲鳴を上げた。慌ててそれを隠すが、そこだけではないと後から気がつく。
「嫌だわ。普段あんなにも無表情なのに。独占欲が強いのかしら。いい年した男が初恋をこじらせると大変ね」
はっきりとつけられた痕に顔が真っ赤になった。
昨夜はヒューバートはシェリーと一緒に来てそのまま家で過ごして、今朝仕事に行ったのだ。
当然結婚したのだから、夜は夫婦の時間。
時間をかけて、ゆっくりと愛されて温かな気持ちになったことしか覚えていない。
「いつの間に……」
「寝ている間じゃないかしら? ほら、起きている時だと嫌がられるでしょう?」
昼間から艶事を揶揄されて、全身が火照ってくる。変な汗まで出てきた。
「は、恥ずかしい」
「いいじゃない。新婚なのだから。でもこれなら心配はいらなそうね」
心配と言われて、別の不安が頭をもたげた。
「この痕は夜会までに消えるからでしょうか?」
「それもあるけど。夜会の時に愛情たっぷりな対応を期待できるわ」
「……あの、王族の方もいらっしゃると」
恐る恐る聞いてみた。
「そうね。でも、王族なんて関係ないわよ」
肩をすくめると、シェリーはドレスに合った宝飾品を選び始めた。




