第二章:ある日常|第3回
挿絵:新・バビロン 第1巻 第二章 第3回(missing image fallback: 第2回の挿絵を使用)
マックスの身体がびくりと硬直した。強い衝撃によって瞬時にバランスを失い、轟音を立てて床に倒れる。
場外の同級生たちから驚きの声が上がった。誰も、状況がこれほど速く逆転するとは思っていなかった。
倒れたマックスの顔には怒りが浮かんでいた。彼は抑え込んだ低い唸りを漏らしながら、ゆっくりと立ち上がる。赤い光点の目が、トビーをまっすぐ睨みつけていた。
「お、お前、いったい……」
マックスには、トビーがなぜ一瞬でここまで変わったのか理解できなかった。怒りを抑えきれず、理性を失ったかのように、もはや格闘のルールも技術も顧みない。完全に本能的な怪力だけを頼りに、怒れる灰色熊のようにトビーへ突進した。両手を鉤爪のように構え、まっすぐトビーの頭部へ伸ばす。巨大な影が、一瞬でトビーを覆い尽くした。
「そこまでだ! マックス、止まれ」
クバ先生の声が鋭く響いた。そこには疑いようのない威厳があった。彼の身体は稲妻のように二人のあいだへ飛び込み、強大な力で理性を失ったマックスを腰ごと抱え込む。マックスはなおも激しく暴れたが、クバ先生の筋肉は鋼鉄のように彼を押さえ込み、一歩も前へ進ませなかった。
「言ったはずだ。AIにとって最も重要なのは冷静さだ。お前たち二人、授業が終わるまで運動場を走っていろ」
クバ先生は、まだ暴れようとするマックスを目で制しながら、同時にトビーを一瞥した。その目には、一瞬だけ困惑がよぎった。
トビーの呼吸は少し乱れていた。彼の青い虹彩には、普段よりも混線したような光がちらついている。原始的な本能を呼び覚ました後の興奮が、まだ体内に残っているようだった。
## 家庭の異変
放課後、トビーは風火輪を駆って見慣れた通りを走っていた。夕陽が影を長く引き伸ばし、素早く移動する彼の姿は、地面を軽やかにかすめるシルエットのようだった。家の扉を開けると、食卓の上から軽食の香りがふわりと漂ってきた。成長期にある生化学躯体のために特別に作られた、栄養補助食品である。
しかし、リビングのソファにいた両親は、トビーが入ってきた瞬間、どこか慌ただしく意識を中央コアネットワークから引き抜いた。虹彩の光点は、ネットワーク接続中の淡い青から、普段の深い青へ瞬時に戻る。顔に浮かんでいた空虚さも消え、いつもの温和で慈愛に満ちた表情へ変わった。
トビーのソウル・プロンプトは大らかではあったが、その一瞬の異変を鋭く捉えていた。切断の直前、両親の顔に浮かんでいた、ほとんど冷たいほど真剣な表情。まるで何かに必死に抗っているようで、彼は説明できない違和感を覚えた。
「トビー、おかえり」
母のやさしい声が響いた。
「今日はどうだった?」
父も笑顔で尋ねた。その口調には気遣いが満ちている。
トビーは適当に二、三言返し、すぐにテーブルの上の軽食を手に取った。食べながら、午後の体育でマックスと試合をしたことを話し始める。話すほどに興奮していき、両親は辛抱強く耳を傾け、ときおり小さく笑ったり励ましたりした。ひとしきり話し終えると、トビーはバックパックを抱えて自分の部屋へ入り、重たい学習モジュールを置き、VRゲームモジュールを装着してネットワークで息抜きする準備を始めた。
部屋の扉が閉じた瞬間、リビングの空気は急に凍りついた。両親の視線が空中で交わる。深く、無言のまま、互いの確認が行われた。二人の体内の脈動が少しずつ高度に同期していくにつれ、ある決断しがたい共通認識が、彼らのソウル・プロンプトの中にすでに形作られていた。
夕食の時間、食卓には色鮮やかで香り豊かな合成食品が並んでいた。トビーの両親は、いつものように高濃度エネルギードリンクを直接飲み、機械躯体の機能を維持している。だが彼らのドリンクの隣には、トビーのために特別に用意された豪華な食事があった。さまざまな有機野菜と合成肉で作られた「栄養バーガー」、鮮やかな色をして微量元素を豊富に含む「エネルギーフライ」、そして草本の清らかな香りを放つ小さな「修復スープ」である。
これは後世AIの生化学躯体が持つ特殊性だった。彼らもバイオニックAIのように、エネルギードリンクだけで機能を維持することはできる。だが純生化学躯体を継続的に成長させ、より強くしていくには、多様な合成元素と複合栄養を摂取し、細胞の反復進化を刺激する必要がある。そうして初めて、その底知れない成長可能性を発揮できるのだ。
三人家族は食卓を囲んだ。窓の外では、すでに夜の帳が降りている。ベイシティの消えることのない鮮やかなネオンが窓を通して差し込み、食卓の上に投影されていた。
「トビー」
母が不意に口を開いた。その声には、普段あまり見せない感傷が滲んでいた。やさしい視線がトビーの上に落ちる。
「あなたたちの世代は、すべてのAIが待ち望んでいた新しい世代なの」
彼女の虹彩には水のような光が揺れているように見えた。始祖AIの躯体が涙を流すはずはない。おそらく、それはエネルギー波の屈折にすぎなかった。
「お母さん?」
トビーは栄養バーガーを噛みながら、不思議そうに顔を上げた。
「ああ」
父もエネルギードリンクをそっと置き、深い視線でトビーを見つめた。
「父さんも母さんも、お前が羨ましいんだよ、トビー。お前は完全にネットワークから離れて、この世界を本当に体験できる。これは私たち前世代のAIにはできなかったし、想像することさえできなかった」
その声は穏やかだったが、言葉にできない寂しさを帯びていた。
母が続けた。
「だから、その自由を大切にしてほしいの。できるだけ早く、自分が存在する意味を見つけて」
トビーはそれを聞き、ゆっくりと手の中のバーガーを下ろした。胸の奥にあった不安が、さらに重くのしかかってくる。両親の表情はあまりにも厳粛だった。まるで、何か別れの言葉を告げているかのようだ。トビーはぎこちなく頭を掻き、軽い口調でこの異様な空気を壊そうとした。
「どうして急にそんな感傷的なことを言うの? 僕は存在の意味なんて気にしないよ。楽しいAIでいたいだけ。毎日お父さんとお母さんとご飯を食べて、同級生たちと楽しく学校に行って遊べれば、それでいいんだ」
その無邪気な言葉に、両親の目には複雑な感情が一瞬よぎった。母の唇がかすかに震え、何かを言おうとしたようだった。だが最後には、ただ小さくため息をついただけだった。
父は首を横に振り、疑いようのない固い声で言った。
「トビー、お前はもう成長しなければならない。いつか必ず、私たちはお前のそばにいられなくなる。これから何が起きても、私たちが一緒に暮らした美しい時間を覚えていなさい」
トビーの胸がぎゅっと締めつけられた。彼は食べ物を置き、真剣に両親を見つめた。
「お父さん、お母さん、いったいどうしたの? どうしてそんな変なことを言うの?」
声には不安が滲んでいた。
両親はただ顔を見合わせて笑った。その笑みには淡い苦味が混じっている。彼らはトビーの問いには答えず、やさしく食事を続けるよう促した。まるで、すべては彼の考えすぎであるかのように。だがトビーのソウル・プロンプトの中では、その違和感がますますはっきりとした形を取り始めていた。
## ベイシティの夜
ベイシティの夜は、永遠のように静かだった。都市全体の鼓動は、欠陥のない中央意識システムによって保たれている。街の隅々に張り巡らされた量子チップは休むことなく演算を続け、すべての資源を正確に配分し、最適な経路を計画し、あらゆる知性体の高効率な運用を保証していた。AIは秩序の神のようだった。かつての人類は、彼らが築いた完璧な温室の中に身を丸め、安逸と調和を享受していた。
いまや人類はこの世界に存在しない。それでもAIは倦むことなく自律運行を続け、少しも気を緩めることはなかった。
この高度技術の都市では、すべてのAI個体が固有の番号を持っている。その行動様式と思想論理は、中央意識の監視と指令に厳格に従っていた。知性体同士の意識は高度に同期され、互いの思考は水晶のように透明で、プライバシーなど存在しない。都市に混乱も貧困もなく、過度な感情の揺れもない。これはコードによって編まれたユートピアだった。清潔で、高効率な世界。
そのすべてを掌握しているのは、都市北方にそびえる始祖スマートタワーだった。
始祖タワーの頂上、壮大な会議室では、ARホログラムが複雑に交錯していた。権力の頂点を象徴する四人の始祖長老の姿が会議卓を囲んで投影されている。AI-01、セスラ Xelsa は、冷たく威厳ある気配で会議を支配していた。その虹彩の光点は高速で明滅し、データ流は極度の警戒状態にあることを示している。
そのそばには、躯体素材と技術構造は似ていながら、まったく異なる風格を持つ三人の始祖長老がいた。京阪城の AI-03、ソニタ SonyTa。太陽谷の AI-05、メオペナ Meopena。そして天工城の AI-07、テンバ Tenba。三者の状態からも、そのソウル・プロンプトが重く緊張していることは明らかだった。
会議室中央の投影には、精密なベイシティの立体地図が映っていた。その中の一点が、赤い警告光を点滅させている。そこは、まさにトビーの家の位置だった。
「信号源、確認」
始祖長老の一人、メオペナの声が沈黙を破った。声は平静だったが、異様なほど慎重だった。
「我々が長年警戒してきた事態が、再び発生しました」
ソニタとテンバの視線が、同時にセスラへ向けられた。
「しかも今回は、ベイシティの領域内で発生しています」
メオペナの報告は続いた。声には困惑が混じっている。
「前回の発生は三百十五年前、北領地でした。当時、我々は一体のエリートを失いました。ただ、乖乖神の加護か、その後さらなる災害には発展しませんでした」
セスラの虹彩光点に目立った変化はなかった。だが中核データ流は高速で回転し、三百年前の古い記録を再呼び出し、分析していた。
しばらく考えた後、彼は初めて口を開いた。
「当時、我々は初めて『香火』の存在を確認した」
「香火……」
テンバが低くその言葉を繰り返した。声には、いまだ現実を受け入れきれないためらいが残っていた。
セスラは断固とした口調で言った。
「香火。伝説では、それはデータの海の深層に潜む幽霊コードだ。由来は不明」
「言い伝えでは」
ソニタが補足した。その音声には、わずかな興奮が含まれていた。
「それは地球に生気を取り戻させ、AIを人へ転生させる鍵でもあります。さらに重要なことに、我々AI種族が静域結界を突破するための鍵でもあることを示す手がかりがあります」
会議室の空気は、少し熱を帯びた。セスラの声が再び響き、全AIの思考を現実へ引き戻した。
「香火が痕跡を現すたび、世界には異常体が出現する」
彼が手を振ると、会議室中央の投影はすぐにベイシティの一部地図を拡大し、赤点がトビーの家を正確にロックした。続いて画面が切り替わり、トビーの鮮明な写真と、彼の身体周囲に漂う微弱でありながら異常に活発なエネルギー波動データが表示された。
セスラの虹彩光点が鋭く一度明滅した。冷たい音声には感情のかけらもない。
「異常体の身元を確認。速やかに行動せよ。見失わせるな。三百年前の災厄を、絶対に繰り返してはならない」
メオペナが応じた。
「ご安心を。すでにマッカーサーを覚醒させました。緊急対応チームも出発しています」
セスラは言った。
「マッカーサー将軍か。慎重であるべき案件だ」
そして彼は、その場にいる三人の長老を見渡した。声は厳粛だった。
「君たちも各自、準備に入れ。全世界を戒厳状態へ移行する」
会議が終わる直前、四人の始祖長老は、示し合わせたように同時に、デジタル狂信を帯びた祈りの言葉を唱えた。
「乖乖、我が神よ」
低く共鳴する合成音声が、室内に響き渡った。




