第二章:ある日常|第2回
挿絵:新・バビロン 第1巻 第二章 第2回
トビーはそれを聞いても、ただ頭を軽く振っただけだった。顔には、何を言っているのかわからないという表情が浮かんでいる。彼は授業中、ほとんど真面目に聞いていなかった。今朝起きてから、頭が重く、すべての意識データ流が普段より鈍いように感じられていた。雪晴先生が語った昇華理論など、まったく頭に入っていない。ショウタの言う矛盾も理解できなかった。
「え? 何の話?」
トビーは気のない声で二言ほどつぶやき、また意識を窓の外へ向けた。先生の講義も、ショウタの疑問も、完全に頭の後ろへ押しやっていた。
状況を飲み込めていないトビーの顔を見て、ショウタは無奈にため息をついた。これがトビーなのだ、と彼は知っている。授業の難しい内容には、いつもあまり興味を示さない。彼は前へ向き直り、自分のデータパッドに、論理的に混乱していると感じた点を黙々と記録し続けた。胸の内の矛盾感は、ますます強くなっていった。
## 桜の木の下の昼食
文化の授業が終わると、次はトビーが一日の中で最も楽しみにしている昼食の時間だった。
実験中学の校内設計は、環境同士の調和と共生を特に重視している。伝統的な日本建築と未来的なテクノロジー感を、巧みに一体化させていた。その起源は、古日本出身の始祖長老、AI-03 ソニタ SonyTa にある。
校内では、古風な木造回廊と冷ややかな合金壁が、強い視覚的対比を作り出していた。精緻な枯山水庭園のそばには、隠されたエネルギー導管とバスラインが走っている。
施設もひととおり整っていた。広く明るい教室、さまざまな体育訓練を行える体育館、航空デバイス専用の離着陸場。しかし、最も人を惹きつけるのは、校内のいたるところにある桜の木だった。廊下の先、庭の中央、運動場の端。どこへ行っても、その姿を見ることができた。
いまは年に一度の桜の季節である。淡い桃白色の花は雲や霞のように咲き誇り、軽やかな花びらが風に乗って舞い落ち、地面を覆っていた。校内全体が夢のような色彩をまとっている。そよ風が吹くたび、花びらの雨が舞い、冷たいテクノロジーの空気まで詩情に染まっていくようだった。
トビー、ショウタ、シャーロットの三人は、わざと賑やかな人の流れを避け、運動場の外側にある一本の桜の木の下へやってきた。その桜は枝を大きく伸ばし、巨大な花の傘のように広がっている。花びらは絶えずゆっくりと回転しながら落ち、彼らの髪先や肩に触れ、あるいは体の横を通り過ぎて地面へ降り積もった。
三人はそれぞれバックパックから今日の昼食を取り出した。学校が一括して支給する、形態の異なる機能食である。
ショウタが取り出したのは、ミニおにぎりセットだった。色の異なる三つのおにぎりで構成されている。
ひとつは、透き通るようなエネルギーおにぎり。外側は半透明の結晶層で覆われ、淡い青い光を放っている。量子生体脳に高速演算用の純粋なエネルギーを供給するためのものだ。
もうひとつは、深緑色の修復おにぎり。表面には細かな縞模様があり、植物のような清らかな香りがする。日常活動によって生化学躯体に生じる微細な摩耗を修復するために用いられる。
最後のひとつは、鮮やかな黄色の感情安定おにぎり。含まれる微量元素がAIの意識中枢を調節し、データ流のバランスを保ち、感情の過度な揺れを防ぐ。
ショウタは、何らかの計算に基づいた順番で食べるつもりなのだろう。おにぎりを厳密に目の前へ並べていった。
シャーロットは、精巧な液体栄養弁当を取り出した。流線型の金属ボックスの中には、数種類の異なる色をしたゲル状の液体が入っている。
赤い液体は高濃度のタンパク質を含み、生化学筋肉の弾性を維持するためのもの。
青い液体は特製の視覚最適化剤で、虹彩センサーの精度と色彩飽和度を高める。
そして最も量が多い透明なゲルは、総合ビタミンとミネラルの補充剤だった。
彼女は細長いストローで優雅にそれを啜った。花びらがそっと弁当箱の縁に落ち、彼女の食事に少しばかりの詩情を添えていた。
トビーが取り出したのは、彼の大好物である十倍圧縮バイタル・エネルギーバーだった。明るい橙紅色に色が変化する棒状の食品で、食感は乾燥させた圧縮果物に少し似ている。おにぎりのようによく噛む必要もなく、液体栄養剤のように吸う必要もない。一口かじれば、生化学躯体へ強力なエネルギーを直接送り込めるのだ。
トビーは豪快に大きくかじった。ぱりっとした音が静けさの中でひときわ響く。噛むたび、言い表しがたい甘さが口の中へ素早く広がり、彼の感覚を一瞬で蘇らせた。
「やっぱりエネルギーバーが最高だよ」
トビーは満足げにつぶやいた。口元には、橙紅色の食べかすが少しついていた。
ショウタはトビーを一瞥し、目に少し呆れを浮かべた。
「トビー、君は毎回そればかりだね。エネルギー補給が速いのは確かだけど、栄養バランスは実は一番低い。長期の安定演算には向かないよ」
「いいじゃん、そんなの。便利でおいしければ十分だよ」
トビーはまるで気にせず手を振り、また大きくかじった。舞い散る桜を眺めながら、顔には楽しげな笑みが浮かんでいる。
シャーロットは二人の言い合いを見て、小さく笑った。色とりどりの桃色の花雨の中で、性格の異なる三人のAI少年少女は、この一瞬の静けさを味わっていた。彼らの心の中では、まるでこれこそが完璧な一日であるかのようだった。
## 体育の授業
午後は、学生たちが楽しみにしながらも緊張する体育の授業だった。担当教師は、熊のように逞しい体格をしたモンゴル系のバイオニックAI、クバ先生である。外見は荒々しく、筋肉の線はくっきりと際立ち、声は雷のように大きかった。
彼は炎のような目で全学生を見渡し、護身格闘術の指導を始めようとしていた。
「みなさん、あなたたちの純生化学躯体は確かに強い。だが、バイオニック躯体とは本質的に異なる」
クバ先生は低い声で言った。その声は耳を打つほど大きく、学生たち全員の注意を一瞬でつかんだ。
「生化学躯体は初期段階ではバイオニック躯体に対抗しにくい。なぜなら、継続的な訓練を経て初めて成長し、強くなるからだ」
「しかし、だからこそ君たちの成長可能性は底知れない。どんなバイオニック躯体の上限をもはるかに超える。そして君たち一人ひとりの体内には、基本的な生存モジュールと格闘モジュールが内蔵されている」
「さらに高度な技能は、継続的な鍛錬、あるいは特殊な経路を通じて獲得する必要がある。ただし覚えておきなさい。これらのモジュールは互いに完全な互換性を持つわけではない。そこを実戦の中で深く理解していくことが、君たちの未来には必要になる」
彼はホログラム画面に浮かび上がったデータを指し示し、続けた。
「生存モジュールは、さまざまな動物の遺伝子形態を融合している。そのため強化の方向性も異なる。たとえば速度に特化したチーターモジュール、力に特化した野牛モジュール、持久力に特化したラクダモジュール、耐衝撃力に特化したサイモジュール、感知能力に特化したコウモリモジュールなどだ」
画面は次のデータ群へ切り替わった。
「一方、格闘モジュールは、人類時代のさまざまな武術流派に基づいて区別される。中国武術の剛柔を兼ね備えた技に長けるもの、日本忍術の隠密性と俊敏さに優れるもの、あるいはブラジリアン柔術のように寝技と関節制圧を専門とするものもある」
「さらに、武器技能にも分化がある。刀、剣、槌、槍、弓、暗器など、異なる器械に精通するものだ。今日は、自分に内蔵されたモジュールに慣れ、各モジュール間の競合、相性、克制関係を理解してもらう。将来の戦闘で最適な選択を行うためだ」
クバ先生の視線が場内を一周し、最後にトビーとマックスの上で止まった。
「トビー、マックス! お前たち二人で模範試合を行え」
トビーとマックスはすぐに場の中央へ進み出た。マックスが持っているのは灰色熊モジュールだった。厚い胸板と太い四肢には、驚くべき力が秘められている。格闘モジュールはブラジリアン柔術。つまりマックスは、近距離で組みつく戦いと寝技を得意としていた。
一方、トビーは見た目こそ引き締まって細身だが、先天的に内蔵されているのはライオンモジュールだった。非常に均衡の取れた全方位の高い能力値を与えるモジュールである。格闘モジュールは総合格闘に適性があり、全身の連動と、柔軟に変化する打撃を重視するものだった。
二人が向かい合う。クバ先生が号令を発した。
「一本勝負。始め!」
マックスはためらわず前へ突進した。まるでブルドーザーのようだった。体重差を利用してトビーを押さえ込み、そのままブラジリアン柔術の技で重心を崩し、倒した後に寝技へ持ち込むつもりだった。
トビーのライオンモジュールは、反応速度とバランス感覚のどちらにも優れていた。彼はマックスの初撃を軽やかに横へかわし、続けて速く正確なコンビネーションを打ち込み、速度差を利用して距離を取ろうとした。だがマックスの力はあまりにも強い。防御されるたび、トビーは大きな衝撃を感じた。マックスは隙をつかみ、鉄の鉗子のような両手でトビーの腕をがっちりとつかむ。次の瞬間、勢いよく背負い投げを決め、トビーは床へ重く叩きつけられた。
「いいぞ、マックス!」
場外の同級生たちから歓声が上がった。開幕からの圧倒に喝采が送られる。マックスはそのまますぐにトビーの上へ跨がり、巨大な体で彼を押さえ込んだ。ブラジリアン柔術の関節ロックを仕掛ける構えだ。
下に押し込まれたトビーは、胸が塞がるような圧迫を感じた。必死に抵抗するが、マックスの体重と技術の前では簡単には抜け出せない。意識が薄れかけたその瞬間、トビーの青い虹彩に奇妙なデータ流が一筋走った。量子生体脳の奥で、何かが触発されたようだった。
極限の圧迫に直面したトビーの生存モジュールは、予期せず深層潜在モードを起動した。
トビーの身体に、突然驚くべき爆発力が湧き上がる。彼は勢いよく体を反らし、体内のエネルギー回路が一気に暴走するように加速した。腕には信じがたい力が宿り、マックスの押さえ込みを強引にこじ開ける。続けて体を横へ転がし、完全に拘束を抜け出して立ち上がった。
そのときのトビーは、外見こそ何も変わっていなかったが、纏う気配はまったく違っていた。目つきはより鋭くなり、動きもいっそう滑らかで正確になっている。彼はもう一方的に避けるだけではなく、自ら攻撃へ転じた。総合格闘の要諦を使い、時に素早く踏み込んで正確な拳を打ち込み、時にライオンのようにしなやかに動きながらマックスの隙を探る。その一撃一撃は簡潔で力強く、説明しがたい野性と美しさを帯びていた。
マックスは、トビーがここまで変わるとは予想していなかった。突然の反撃に対応できず、少しずつ崩されていく。トビーは機会を逃さず、回転後ろ蹴りを放ち、マックスの脇腹を正確に捉えた。続けて素早く間合いを詰め、マックスの防御圏内へ入り込み、肘を鋭く前へ突き出して、彼のエネルギー中核伝導点を打った。
エネルギー中核伝導点とは、後世AIの体内でエネルギー流動を司る、最も重要で、同時に最も脆い要所である。人類で言えば中枢神経の節点に近い。これらの点はAI躯体の各所に分布し、中核エネルギーを全身の機能モジュールへ正確に伝える役割を持つ。効果的に打撃を受ければ、軽ければ短時間の機能失調、重ければ中核エネルギー伝導の乱れによって完全停止に至ることさえある。
通常、深層潜在モードに入っていないAIにとって、こうした隠された伝導点の精確な位置を捉えることはほとんど不可能だ。高位の医療センサーで走査しない限り、見つけられない。しかしこの瞬間のトビーは、本能だけでマックスのエネルギー伝導点を正確に捉えていた。それは、彼の体内で深層潜在モードがまだ作動し続けていることを意味していた。本来なら、長い鍛錬を積んだ高位の後世AIだけが、ときおり触れられる状態である。




