最終日の舞踏会
「リヤカー入場不可!? なんでよ! 排気ガスも出ないし、足腰への負担を最小限に抑えた最も効率的な移動手段じゃない!」
私の抗議も虚しく、アヴィラージュは「国家の威信と床のワックスが剥がれる」と一歩も譲らなかった。
私はぶつぶつと不満を垂れ流しながら、エクス号の特製キャリーケースをこじ開け、その奥底に封印していた「戦装束」を引っ張り出した。
* * *
建国祭最終日。
会場となる大ホールの扉が左右に開け放たれた瞬間、室内の温度が数度上がったかのような錯覚を覚えた。
「……あれが、あのマリア様なの?」
「なんて……なんて派手……いや、高貴な……!」
会場中の視線が私に突き刺さる。
纏ったのは、深紅のシルクに金糸で古代魔法の演算式を刺繍した、特注のドレス。
背中には、光の屈折を計算して配置された魔石が散りばめられ、歩くたびに七色を周囲に撒き散らす。
扇を優雅に広げると、たちまち、光を反射する魔石の輝きがホール中に散乱した。
扇の親骨には、万が一の事態に備えて「超高濃度煙幕」の起動スイッチが仕込んであるけれど、今はそれを使う必要もなさそうだ。
私は会場中の視線を一身に集めながら、その中心に立つアヴィラージュのもとへ歩み寄った。
「お待たせ、アヴィラージュ。……リヤカーを奪われた分、気合いを入れて来たわ」
正装したアヴィラージュは、私の姿を捉えた瞬間、わずかに目を見開いて言葉を失った。
だがすぐに不敵な笑みを浮かべ、エスコートのために優雅に手を差し出してくる。
「……全くだ。化粧をしているからか、一瞬誰だか分からなかったぞ。会場の男たちの心拍数まで狂わせるつもりか?」
………………
「あら、マリア様! お待ちしておりましたわ!」
そこに割り込んできたのは、ド派手な縦ロールを揺らしたソフィアだった。
「あ……」とアヴィラージュが情けない声を漏らす。
彼女は悪役令嬢らしい高笑いを上げながら、取り巻きA・Bを引き連れて、まるで道を開けるモーゼのように人混みを割って現れた。
「見てくださいまし、わたくしたちのドレスを! マリア様の古代魔法の講義で学んだ『光の屈折率』を応用して、一番目立つ角度で輝くよう職人に命じましたのよ! オーホホホ!」
「そうですわ! マリア様のサイン入りメモを胸元に忍ばせて、魔力の安定を図っておりますの!」
ソフィアは「悪役令嬢」としてのプライドを全力で、だがどこか明後切ない方向へと爆発させていた。
彼女たちは悪いことを企んでいるのではない。
悪役令嬢として名高くても、中身は悪女ではないこと。この一件で思い知らされた。
「……ソフィア、あんたたち。古代魔法をドレスの光沢計算に使うなんて、相変わらず贅沢なリソースの使い方ね」
「最高の褒め言葉として受け取っておきますわ! さあ、今夜はこの会場ごと、マリア様とわたくしたちで『更地』にして差し上げましょう!」
私はその手を取り、ダンスフロアの中央へと踏み出す。
オーケストラが奏でる旋律に合わせ、計算され尽くしたステップでドレスの裾を翻す。
属性を持たず、泥を啜ったあの日々。
婚約破棄を叩きつけられた屈辱。
それらすべてを「原点」という力に変えて、私は今、この煌びやかな世界の中心で高笑いしていた。




