講義
翌朝、私は気が進まないまま、指定された講義室へと向かっていた。
廊下を歩くたび、周囲の生徒たちから突き刺さるような視線と囁き声が聞こえてくる。
「ねえ、あれよ。あのリヤカーを引きずり回してカトレア様を追放させたという……」
「噂の『リヤカー令嬢』!? 淑女の欠片もないわね」
そんな野次馬たちの雑音は、すべて右から左へ受け流す。
効率の悪い陰口に付き合うほど、私の演算処理能力は安くない。
講義室の重い扉を開けると、そこにはソフィアを筆頭に、好奇心と懐疑心の入り混じった顔をしたエリートたちが揃っていた。
私は教卓にバットを置くと、チョークを手に取り、黒板に大きく「無属性」と書き殴った。
「いい、聞きなさい。南側諸国では六歳になると教会で属性を定められる。火、水、土、雷……あるいは幻影や結界。誰もがその型に嵌まり、属性の優劣で人生が決まると信じ込んでいるわね」
教室内が静まり返る。
私は冷めた瞳で彼らを見渡した。
急に始まった授業、生徒を思いやる気持ちも微塵もない。
「私には、その属性が一つもなかった。ゴミ以下、欠陥品、無能。そう呼ばれてひどい扱いを受け、虐待を耐え忍び、挙句の果てには婚約破棄だわ。属性という名の『型』に嵌まれないだけで、この国のシステムは私を排除しようとした」
ソフィアが息を呑むのがわかった。
私は黒板の文字をバサリと消し、力強く一文字だけ書き加えた。
『原』
「……でもね、私は絶望する代わりに、あるものに出会った。それが『古代魔法』。つまり、すべての魔法の源流であり、属性という色に染まる前の純粋な基礎魔法よ。火が出る原理、水が生まれる数式、空間を固定する定義。それらすべての『原点』を理解すれば、属性なんていう不自由な枠組みは必要なくなる」
私は教卓を指先で叩き、熱を帯びた声で続けた。
「基礎を、理を、真理を解き明かしなさい! 古代魔法を演算レベルで理解すれば、属性の壁を越えて結界を張ることだって、神話の竜を更地にすることだって可能なのよ! 魔法は才能じゃない、理解という名の『効率』よ!」
私の魂の叫びとも言える講義に、さっきまで私を馬鹿にしていた生徒たちの目が、いつの間にかキラキラとした輝きに変わっていた。
* * *
「マリア様! 私、今まで属性の相性ばかり気にしていましたわ!」
「基礎魔法で竜を倒せるなんて……なんて効率的なの!」
感動に目を潤ませた令嬢や、未知の数式に興奮したエリート生徒たちが、紙や教科書を手に教卓へと押し寄せてくる。
かつての「無能」を見る目はどこにもなく、そこにあるのは新時代の旗手を見るような崇拝の眼差しだった。
しかし、私はそんな彼らの熱を、冷徹な一言で遮った。
「チッチッチ、感動はタダじゃないわ。私の演算時間を奪うなら、それ相応の対価を払いなさい」
私は教卓の上に、エクス号の予備の集金箱をドンと置いた。
「サイン一枚、銀貨三枚よ! セットで古代魔法の基礎数式メモを付けるなら銀貨五枚! ほら、並びなさい。割り込みは非効率だから禁止よ!」
生徒たちは一瞬呆気に取られたが、ソフィアが「安いものですわ!」と叫んで財布をひったくるように開けると、現場は一気に即売会のような熱気に包まれた。
チャリン、チャリンと集金箱に心地よい重みが加わっていく。
「マリア……君という女は、教育の場すら市場に変えるのか」
廊下で様子を伺っていたアヴィラージュが、頭を抱えながら入ってきた。
その顔には、呆れを通り越して「もう勝手にしろ」という諦めの色が浮かんでいる。
「何言ってるのよ、アヴィラージュ。これが本当の『収益の効率化』よ。無意味な称賛より、現金の重みの方がよっぽど信頼できるわ」
私は次々とサインを書きなぐりながら、ニヤリと笑った。
属性がなくて虐げられていた頃の私に見せてやりたいわね。
今の私は、その「無属性」を武器に、王侯貴族から金を巻き上げているのだから。




