食堂にて
翌朝。
食堂の喧騒の中、私は山盛りの最高級雑穀米をスプーンで口に運んでいた。
プチプチとした食感が心地よく、デバッグで疲れた脳に染み渡る。
そこへ、周囲の女子生徒たちの熱い視線を背中に浴びながら、アヴィラージュが歩み寄ってきた。
彼は溜息混じりに、数枚の書状を私のテーブルに置く。
「……マリア。君宛てに、公爵令嬢ソフィアから預かりものだ」
「ええ……朝から何なの?雑穀米が冷めちゃうじゃない」
「君、そんな食いしん坊キャラだったか?」
アヴィラージュは呆れた声を出す。
(仕方ないわね……)
内容は、明日の古代魔法の授業を代行してほしいというもの。
さらに、建国祭の最終日に行われる舞踏会への華やかな招待状が記されていた。
アヴィラージュは椅子を引いて座ると、少し困ったような、それでいて親しげな苦笑いを浮かべた。
「その招待状、彼女に無理やり押し付けられてな。宛名や文言を彼女のこだわり通りに整えるだけで、一時間もかかってしまったよ。俺の事務処理能力も、公爵令嬢の熱意の前では形無しだ」
あの完璧主義な彼が、たった一枚の招待状の代筆に一時間も費やすなんて。
私は雑穀米を噛み締めながら、彼をジロリと睨みつけた。
「一時間も? 随分と非効率なことに付き合ったものね、第六王子様。……で、そのソフィアは今度は何を企んでいるわけ?」
「彼女からの伝言だ。いずれ我が公爵家にも正式に招待したい、とのことだよ。どうやら彼女、君という『嵐』を、すっかり気に入ってしまったらしい。……どうする、マリア? 予定表に空きはあるか?」
アヴィラージュは楽しげに目を細め、私の答えを待っている。
更地にしたはずの私の周囲に、また騒がしくも華やかな縁が広がり始めていた。
「舞踏会? 冗談じゃないわ。あんな動きにくい布の塊を纏って、非効率の極みみたいなステップを踏むなんて時間の無駄よ」
私は口の中に残っていた雑穀米を飲み干すと、アヴィラージュを指差して断言した。
「いい、ソフィアに伝えなさい。私がその場に出る条件はただ一つ。ドレスを着るくらいなら、私の愛車(エクス号)をドレスアップして、リヤカーに乗ったまま入場させてもらうわ! 緞帳やフリルで着飾るべきは私じゃなく、この高性能な荷台よ」
「……リヤカーで舞踏会に乗り込む令嬢か。……って! 許すわけないだろう! 国家行事だぞ!?」
「アヴィラージュってそんな、突っ込みキャラだったっけ」
私が呆れたように雑穀米を口に運ぶと、彼は額を押さえて深く溜息をついた。
「君のせいで、俺の積み上げてきた冷静なパブリックイメージが更地になりそうだ……」
そんな私たちのやり取りを余所に、隣で静かに台帳を整理していたリリアナが、紙の束をトントンと揃えて立ち上がった。
その動作はいつも通り無駄がなく、極めて優雅だった。
「マリア様。……私、そろそろ故郷へ帰らせていただきます」
唐突な別れの言葉に、私の思考回路が一瞬停止する。
そういえば彼女がなぜこの学園で私の助手をしていたのか、その経緯を詳しく聞いたことがなかった。
「……リリアナ、あんた、そもそもなんでここにいたのよ? どこで拾ったんだっけ」
私が問いかけると、リリアナはいつもの冷徹な無表情のまま少しだけ昔を懐かしむように目を細めた。
「ああ、お話ししていませんでしたね。」
「数年前、帝国の関所が非効率な検問で大渋滞を起こしていた時……あまりの遅さに腹を立てた私が、鉄格子の門を台帳でガンガン叩き続け、門番を論理的に罵倒し続けていたのです。 そこを通りかかったアヴィラージュ様に『その執念と計算能力を国のために使え』と……」
「関所を叩き割る勢いで抗議してた女をスカウトしたわけ……。あんたもあんただけど、スカウト基準が狂ってるわね、アヴィラージュ」
アヴィラージュは「有能な人材だったからな」とだけ言って視線を逸らした。
リリアナは最後に、私に向かって深く、優雅に一礼した。
「マリア様。あなたとのの日々は、私の人生で最も幸福で、もっとも……騒がしい時間でした。後のデバッグは、その第六王子様にでも押し付けてくださいませ。それでは、さようなら」
彼女はそう言い残すと、驚くほど身軽な足取りで、夕闇の向こうへと去っていった。
「…行っちゃったわね。あいつがいないと、私の演算の整合性をチェックする奴がいなくなるじゃない」
ぽっかりと空いた隣の席を見つめ、私は少しだけ、雑穀米の味が薄くなったような気がした。




