執務室のベランダ
「ようやくお出ましね、アヴィラージュ」
私がバットを肩に担ぎ直すと、回廊の奥から銀髪を光り輝かせたアヴィラージュが現れた。
騎士団を引き連れて颯爽と歩くその姿に、中庭の令嬢たちから一斉に黄色い声援が上がる。
「キャーッ! アヴィラージュ様よ!」
「なんてお美しい……! まるで物語の騎士様ですわ!(号泣)」
取り巻きA・Bたちが顔を赤らめて悶絶する中、それまで冷徹な悪役令嬢だったソフィアが、一瞬で「恋する乙女」の顔になって彼へ駆け寄った。
きっと彼女の中では、ドラマチックな物語が開演されていることだろう。
「アヴィラージュ様ぁ! お待ちしておりましたわ!……見てくださいまし、このカトレア! このわたくしが、彼女の卑劣な悪事をすべて暴いて差し上げましたのよ!」
ソフィアが手柄を独占せんとばかりに胸を張る。
※(私のハッキングのことは棚に上げて)
その横で、地面に這いつくばっていたカトレアが、縋るような瞳でアヴィラージュを見上げた。
「あ、アヴィラージュ様……! お願い、助けてくださいまし! わたくし、あなたに相応しい女になるために、もっと、もっとお金が必要だっただけなのですわ……!」
「黙れ」
アヴィラージュの視線は、氷河のように冷たかった。
彼は彼女の前に、私がハックして突き止めた「隠し口座の明細」と「パトロン関係の証拠」を投げ捨てた。まるで、粗大ごみを処分するかのような手際だ。
「見苦しいぞ、カトレア。……連れて行け。その声を聞くだけで耳が汚れる」
「嫌! 嘘よ! アヴィラージュ様、わたくしを捨てないで! わたくしの金! わたくしを崇める男たちがぁーッ!!」
カトレアは騎士たちに両脇を抱えられ、泥にまみれたドレスを引きずりながら絶叫して去っていった。その声が遠ざかるのと入れ替わるように、中庭には勝利の余韻と、少しばかりの土煙が舞い戻った。
* * *
執務室のベランダにて。
学園の喧騒から切り離されたそこには、心地よい風が吹き抜ける。
マリアが淹れた茶葉が水面で揺れ、夕暮れに近い陽光が琥珀色のお茶を透かしていた。
アヴィラージュはいつもの刺すような鋭さを封印し、どこか遠くを見る眼差しでカップを口にした。
「……ようやく、終わったな」
その呟きは、風に溶けてしまいそうなほど静かだった。
完璧に管理された帝国の事務官としてではなく、ただ一人の男として、彼は深く椅子に背を預ける。
「カトレアという歪な結節点が消えた。……長い数年間だったよ」
アヴィラージュは手元のカップを見つめ、ふっと自嘲気味に口角を上げた。
「マリア。君がバットを振り回し、無慈悲に演算を叩きつけるまでは、この澱んだ空気が一生続くものだと思っていた。……君の言う通り、更地というのは案外、清々しいものだな」
「そうでしょ、今日はずいぶん塩らしいのね」
「ああ……」
彼は再び遠くの地平線を眺める。
そこには、明日から始まる新しい、そして今度こそ「正当な」数字で組まれた帝国の輪郭が見えているようだった。
「……さて。お茶を飲み終えたら、戻るとしよう。世界を維持するのも、また骨の折れる仕事だからな」




