茶会
中央中庭に設置された白磁の円卓。
そこには、見る者の視覚を暴力的に刺激するほど派手な、フリルとレースの要塞を纏ったソフィアが君臨していた。
深紅のシルクに金糸の刺繍が施されたドレスは、歩くたびに聞き苦しいほどの摩擦音を立てる。
対するカトレアも、清楚を装いながらも、その指先にはこれ見よがしに大粒の魔石が輝く。
「カトレア様、見て。このブローチ、本当に素晴らしいですわ。あまりに素敵なので、お礼に鉱山からの寄付金をもう一段階増やそうかしらって考えているの」
ソフィアが扇子を優雅に広げ、その端から三日月のような目でカトレアをあざ笑う。
その瞬間、周囲に控えていたソフィアの取り巻きたちが、一斉に口を開いた。
「まあ! ソフィア様、なんてお慈悲深いのかしら」
「本当ですわ、カトレア様。こんなに尽くしてくださるソフィア様にたてつくなんて、万死に値しますわ。ひどいですわー」
取り巻きAとBの、感情の欠片もない平坦な声が中庭に響く。
それはもはや会話ではなく、様式美としての「断罪の儀式」だ。
「あら……何のことですの?」
とぼけるカトレア。
しかし、あまりにも沈黙が怖くなったのか、再度口を開いた。
「ふふ、ソフィア様。相変わらずお気前がよろしいこと。その純粋なご厚意、私が責任を持って『適切に』運用させていただきますわ」
* * *
一方。
カトレアが隠し持っていた魔導端末を操作した瞬間、私の計器が火を噴いた。
私たちは今、中庭を囲む立派な回廊の影、手入れの行き届いた巨大な植木の裏に潜伏している。
「移動式オペレーションセンター」に改造したエクス号の荷台。
そこで私は魔導演算機にかじりつき、リリアナはその横で紙の台帳をめくりながらデータ照合中だ。
ソフィアの耳元に仕込んだ極小の魔導通信ピアスからは、現場の緊迫した(あるいは白々しい)空気が手に取るように伝わってくる。
「食いついたわよ、リリアナ! 欲望のままに特大のバックドアを開きっぱなしだわ。……ついでにこれ見て。彼女、横領した金で学園の男子生徒数名に魔導馬車を買い与えてる。この『定期的な振込』……あら、昨日も別の男と密会してるじゃない。随分と派手な男性関係ね」
「マリア様、全データの同期完了です。……この『特別奨学金』という名の口止め料リスト、実に非効率な口封じです」
リリアナの冷徹な報告が、私の耳元で踊る。
通信【「ソフィア、全権限掌握したわ! 彼女の隠し口座も、その『お財布代わりの男たち』との繋がりも、全部今この瞬間に更地にしたわよ!」】
通信を受けたソフィアは、あざ笑うような微笑を崩さぬまま、ゆっくりと立ち上がった。
その派手なドレスが太陽を反射して、カトレアの目をくらませる。
「カトレア様、わたくし、今日のお茶は少し『安物』の香りがすると思っていたのですけれど……。どうやら、あなたの人生そのものが、偽物で塗り固められていたようですわね?」
ソフィアは胸元の「ニコイチ模造品」を引きちぎり、それをカトレアの足元へ投げ捨てた。
「――チェックメイトよ。あんたの数字は、もう皆無よ。お友達の男たちにも、今頃あなたの真実が詰まった請求書が届いているはずですわ」
………………シー――ン。
一瞬の静寂。
中庭の風さえ止まったかのような沈黙の後、カトレアが震える声で漏らした。
「えっえ……? どういうことですの?」
彼女が手元の端末を二度、三度と叩く。
表示されるのは無情な「0」。
そして、今まで「特別奨学金」という名の付け届けをしていた男子生徒たちから、次々と届く『絶縁状』と『返金拒否』の通知。
意味を理解した瞬間、カトレアの顔が、屈辱と怒りで沸騰したように真っ赤に染まっていく。
「え……。は? ――なんですって!? ふざけないで、わたくしの金よ! わたくしが苦労して集めた金よ、返しなさいよおおおッ!!」
カトレアの清楚な仮面が完全に剥がれ落ちた。
彼女は髪を振り乱し、鋭い爪を立ててソフィアの喉元へと飛びかかる。
その様はもはや令嬢ではなく、飢えた獣そのものだ。
「危ない、ソフィア様!」
「ああ、なんて恐ろしい! ソフィア様が危ないわ!!」
取り巻きAとBが、これまでの棒読みが嘘だったかのように、舞台役者も顔負けのドラマチックな悲鳴を上げた。
彼女たちは大げさに身を震わせ、ハンカチを握りしめて涙を浮かべるという、感情の激流のようなパフォーマンスを披露する。
ドガァァァンッ!!
その時、
中庭の芸術的なトピアリーが粉砕され、枝葉を撒き散らしながら「エクス号」が突進してくる。
「人の更地に手を出すんじゃないわよ、このバグ令嬢!!」
私はリヤカーの荷台から飛び出すと、慣性エネルギーをそのままスイングに乗せ、カトレアとソフィアの間に「改良型金属バット」を叩き込んだ。
石畳がメキメキと音を立て、衝撃波でカトレアの突進が物理的に強制終了される。
「……あ、マリア!」
「間に合ったわね。あんたみたいな寄生虫に、私の大事な協力者を傷つけさせるわけないでしょ!」
私は肩にバットを担ぎ直し、土煙の中からカトレアを睨みつけた。
彼女の足元には、ハッキングによって価値を失った「偽物のブローチ」が転がっている。
「な、なんなのよ、あなたたちは……! わたくしの金を、わたくしの地位を……!」
「あんたの金? 違うわね。それは帝国と、このソフィアの実家から掠め取った『不合理の塊』よ。私が全部、あるべき場所へ最適化してあげたわ」
隣では、リリアナがリヤカーから優雅に降り立ち、埃ひとつついていない手つきで台帳を閉じている。
「カトレア様。あなたが貢いでいた男性方からは、既に『そんな女は知らない』という迅速な縁切りの署名をいただいておりますわ。実に効率的な手のひら返しでした」
リリアナの追い打ちに、カトレアはついに声も出せずに絶望の淵へ沈んでいった。
「さあ、更地完了。……アヴィラージュ! いつまで隠れてるのよ、後の片付けはあんたの領分でしょ!」
私がそう叫ぶと、回廊の奥からようやく騎士団を引き連れたアヴィラージュが、頭を押さえながら現れた。




