避難小屋
舞踏会の余韻が冷めやらぬ翌朝。
私はエクス号のハンドルを握り、帝国の最南端に位置する巨大な関所の前に立っていた。
ここを越えてもまだそこは帝国の領土。
けれど、ここから先は中央の目が届きにくい、より荒削りな地方へと道が続いている。
見送りに来たアヴィラージュは、いつもの事務官らしい鋭い目つきに戻っていたが、その奥にはどこか名残惜しそうな色が混じっていた。
「……本当に行くのか。君がいなくなれば、また日々が退屈なものに戻ってしまうな」
「何言ってるのよ。私が残した古代魔法の数式をしっかり運用しなさい。非効率な運用を見つけたら、遠隔地からでも駆けつけるわ」
私が不敵に笑うと、隣にいたソフィアがふと不思議そうに首を傾げた。
「そういえばマリア様。この帝国の関所から一キロほど離れた国境線には、代々の宮廷魔道士が築いた強力な『二重結界』が張られているはずですわ。あそこを通るには特殊な通行証が必要なはずですが……あちらはどうされましたの?」
ソフィアの取り巻きたちも「あそこは物理的な干渉をすべて撥ね退ける、帝国最強の防壁ですわよね」と頷き合っている。
私はエクス号の荷台をポンと叩き、事も無げに答えた。
「ああ、あれ? 普通に物理で蹴破ったわよ。結界の術式の接合部を演算して、一番強度が低い一点にエクス号の加速を叩き込んだら、ガラス細工みたいに粉々になったわ。おかげで一分もかからなかった」
「「「…………」」」
その場にいた全員が、言葉を失って固まった。
アヴィラージュは深く天を仰いで額を押さえ、ソフィアたちは開いた口が塞がらないといった様子で、呆然と私を見つめている。
帝国が誇る絶対の防壁を「一分で片付くゴミ」として処理した女の蛮行を前に、彼らの常識は音を立てて崩れ去ったようだ。
「……やはり、君を既存の枠組みや常識で測ろうとした俺が間違っていたよ。」
アヴィラージュが、降参したと言わんばかりの苦笑を浮かべて右手を差し出してきた。
私はその手を力強く、かつ効率的な握力で握り返す。
「じゃあね、アヴィラージュ。ソフィアも、あんたたちも。精々私のいないところで非効率な利権を溜め込んで、システムを腐らせないようにしなさいよ」
「ええ、マリア様! 次にお会いする時は、わたくしももっと効率的に、そして誰よりも美しく輝く悪役令嬢として成長して見せますわ! オーホホホ!」
ソフィアの誇り高い高笑いと、アヴィラージュの静かだが力強い視線を背に受けながら、私はエクス号のアクセルを一気に踏み込んだ。
「さあ、エクス号! 次は貿易港と温泉よ。どんなバグが蔓延っているか知らないけれど、全部まとめて更地にして、新しい地図を描き直してあげるわ!」
新しい物語の舞台となる海の香りと、地底から湧き上がる熱気の予感が、風に乗って私の頬を叩いた。
* * *
帝国最南端の正門を越え、私が辿り着いたのは「ヴェック地方」だった。
ここは海に近い低地で、一年中、暴力的なまでの強風が吹き荒れる不毛な土地。
「……ちょっと、エクス号! 何よこの風! 私の計算だと、あと二時間は早く着くはずだったのに!」
向かい風が凄まじく、燃料(魔力)の消費効率が最悪だ。
私は仕方なくエクス号から降り、重いリヤカーを自力で押し進めていた。
視界を遮る砂埃と、ゴーゴーと鳴り響く風の音。
この私が、あろうことか道を見失い、遭難するという不測の事態に陥ってしまったのだ。
「最悪だわ。気温は低下中、湿度も低下。私の空腹度は限界……。このまま野宿なんて、更地にする前に私が干からびるわよ」
歯を食いしばり、一歩一歩泥を蹴る。
その時、演算機を頼りに目を凝らすと、岩陰にひっそりと佇む粗末な木造の建物が見えた。
「……あった。避難小屋ね」
私は最後の力を振り絞り、エクス号を小屋の軒先へと滑り込ませた。
扉は立て付けが悪く、風に叩かれてガタガタと悲鳴を上げている。
だが、吹きさらしの荒野に比べればマシだ。
私は重い扉を蹴破るように開け、中に転がり込んだ。
「……失礼するわよ。ここに滞在する時間は、最短ルートで嵐が過ぎるまで。あら……先客?」
暗い小屋の中。
私はバットを構えたまま、カチリと魔導ランプを点灯させた。
埃っぽい空気と、微かに残る薪の匂い。
どうやら、ただの無人小屋ではなさそうだ。
3章は長くなると思います!
↑予告
それでも、
「これからも、読みたいな」
「面白い!」
と思っていただけたら、ブックマックと評価お願いします!!
総合ポイントが増えると、小説を書くにあたって活力にもなりますし、何より嬉しいです(>ω<)
引き続き、本作をよろしくお願いします!
【作者:夜明け前】




