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帝国魔導貴族学園



帝都の喧騒を離れ、険しい崖を削って建てられた「帝国魔導貴族学園」。

そこは帝国の魔導エリートが集う学び舎であり、浮遊する尖塔や幾重もの防護魔法が刻まれた威容は、まさに「魔法帝国」の権威そのものだ。



折しも季節は「建国祭」の真っ只中。

街が祝祭に浮き立ち、名家がこぞって社交界シーズンに身を投じるこの時期、学園では要人たちが一堂に会する大規模な舞踏会が計画されている。


当然、その裏側の事務処理は、一国を動かすほどの膨大な熱量――というか、文字通りの「地獄」と化していた。



* * *




「……ん、……ふ、……ふかふかすぎるわよ、これ……」




私は、アヴィラージュが用意したベッドに、顔面から沈み込んでいた。


シーツからは太陽と高級な石鹸の香りがして、指先一つ動かそうとするたびに、吸い付くような羽毛が私の全身を甘やかし、堕落させようとしてくる。



「……あー……ダメ……。意識の演算が、停止、する……」



昨夜は徹夜でリヤカーを改造し、明け方には帝都の結界を修復、さらにその足で暗黒竜の巣まで叩き潰してきたのだ。

私は枕元に置いた革袋を、手探りで引き寄せた。



中身を振ると、カラン……と心許ない音が響く。




「……銀貨が、あと三枚……。リヤカーの燃料代と、私の雑穀粥数日分、それにエクス号の部品代を考えたら……一週間も持たないわね。効率的に稼がなきゃ……」




生活感の塊のような悩みを抱えながらも、私の意識は深い眠りの底へと沈んでいった。





* * *





翌朝。

私は寝ぼけ眼のまま、山積みになった「帝国魔導貴族学園」の年報や地誌、そして分厚い紳士録に埋もれていた。



「マリア、まだそんなものを読んでいるのかい? 魔法を使えば一瞬で検索できるだろうに」


アヴィラージュが呆れたようにコーヒーを差し出してきたが、私は本から目を離さずに言い返した。



「あんたが言ったんでしょ! 『書類仕事には魔法を使うな、足がつく。アナログな証拠こそが貴族を追い詰めるんだ』って。だからこうして、自分の目と指で調べてるんじゃない!」




そう、アヴィラージュの命令で、事務作業における魔法行使は厳禁。


私は、例の「悪役令嬢」の出身地や、彼女の家門が所有する領地の地質、果ては過去数年間の収穫量までを、紙の束を捲って調べ尽くしていた。



「……あったわ。彼女の出身地、北西部の魔力鉱山地帯ね。この土地の収益報告と、学園への寄付金の額が、統計的に見て1.2%ほど乖離してる。魔法を使わずとも、この不合理は隠しきれないわよ」



指先はインクで黒く汚れ、目の下にはうっすらとクマができているけれど、私の瞳には獲物を見つけた猛獣のような光が宿っていた。



「さあ、朝食が終わったら執務室へ行くわよ。例のリリアナって子も待ってるんでしょ? 魔法抜きでどこまでやれるか、見せてもらおうじゃない!」



私は寝癖のまま立ち上がると、最後の一切れの硬いビスケットを齧りながら、戦場へと向かった。




* * *


朝。

執務室にて二人して書類仕事に勤しんでいると、そこへ、一人の女性が音もなく入ってきた。



「失礼いたします、アヴィラージュ様。……それから、こちらがマリア様ですね?」



おっとりと微笑みながら、非の打ち所がない完璧なカーテシーを披露したのは、助っ人として呼ばれたリリアナだった。


彼女は北側諸国の貧乏男爵令嬢だったが、あらぬ罪を着せられて国外追放されたという、筋金入りの「元・令嬢社畜」だ。


「マリア様、あまり根を詰めすぎないでくださいね。……もっとも、この『帝国魔導貴族学園』の事務構造は、わざと複雑化して利権を隠す『魔導官僚特有のブラック仕様』になっていますから、手作業だと骨が折れるのは分かります」



リリアナは、慣れた手つきで山積みの書類を手に取った。




【帝国魔導貴族学園の予算書は、わざと古代語の難解な言い回しで書かれている。


これは「専門性を盾にして、外部の監査をシャットアウトする」ための伝統的な隠蔽工作。

現代の社畜で言うところの「上司しか分からない独自マクロが組まれたExcel」のようなものである。】




「リリアナ、あんたもそう思う? この書類、わざと視認性を下げて計算ミスを誘発させてるわよね」

「ええ。ですが、数字は嘘をつけません。……ほら、ここです」



リリアナが指差したのは、地味な数字が並ぶ「第三区画の兵糧予算」の綴りだった。



「ここの物流コストを見て。魔法触媒の輸送経路を変えれば30%は浮くはずなのに、支出が変わっていないわ。それどころか、輸送ギルドへの支払いが別の項目で重複している」

「本当ですね……。マリア様、ご覧になって。この二重決済の署名、魔法で複製したような完璧な書体に見えますが、払出票の端にある数字の書き込みだけ、わずかに筆跡が乱れています」


「ええ、気づいた? 魔法で偽造された完璧な署名の横にある、手書きの端数。……魔法の自動修正なら、こんな人間臭い乱れは起きない。アナログだからこそ見えた、不正の証拠よ!」



私は勝ち誇ったように笑い、アヴィラージュを見上げた。



「アヴィラージュ、これ、この重複分を差し止めるわよ。浮いた予算は、北の領地の兵糧支援に回す。……はい、更地完了!」



魔法に頼らず、泥臭い調査で導き出した真実。

私は、インク汚れを気にせず、最高に「効率的」な成果を手にした充実感に浸っていた。

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