いざロンドンへ!part3
時計塔を眺めながら、そんなことをぼんやり考えていると、ヘンリーが両手に大きな袋を抱え、同じように荷物を抱え、息も絶え絶えになっているメガネの青年と一緒に戻ってきた。
「どうしたんだい、アーサー君。ずいぶんと黄昏ちゃって」
アーサーはあわてて涙を拭うと、笑顔を浮かべた。
「あ、いえ、ぼくの生まれた町とは大違いで、すごいなあって。ところで、なんですか、その荷物?それに、そちらの方は……?」
「これかい?まあ色々とあってね。こっちは来る途中に話したと思うけど、俺の同僚で親友のクイントンさ。忙しい仕事の間を塗って、喜んで休職中の僕の手伝いをしてくれてるんだよ」
クイントンはヘンリーの後ろで大きく首を振って否定している。
「クイントン、彼がウォルズリーの次期当主候補のアーサー君だ」
明らかに力仕事に慣れていないクイントンは、荷物をなんとか車に積み込むと、汗だくで荒い息のままアーサーに手を差し伸べた。
「よろ、よろ、よろしく、クイントンだよ、アーサー君」
「えー!じゃあ、あなたがヘンリーさんのトライアンフのチューンナップをした方なんですか!?」
アーサーの尊敬の念に満ちた目に見つめられ、クイントンは少し上気した顔で応える。
「え、ま、まあ、そうだよ、うん。僕がやったんだよ。どうだった?」
「すごいです!カッコよかったです!!本当に乗ってみたかったんです!」
「え、あ、ああ、そうなの?いや、なんかゴメンね」
ヘンリーはアーサーの肩をぐっと引き寄せると、クイントンに向かって大げさな口ぶりで嘆いてみせた。
「ほら、こんなに純真な少年が目をキラキラさせて乗りたがってたのに、おまえが取り上げちゃうからさあ」
「ちょっ、待てよ!あれは君が無茶な乗り方をしてエンジンを損傷させたからー」
二人のコメディのようなやり取りに、アーサーは思わず吹き出していた。
「でも、クイントンさん!この車もすごく早くてカッコいいです!」
「そうだろう?なんせ部の予算なんか無視して、ミッションから何からオリジナルパーツで作っているからね!」
クイントンは熱中すると、周りが見えなくなるタイプである。
「特にあの、スイッチ一つでエンジンが爆発的に早くなる機能がすごかったです!」
「……ちょっと待って、スイッチ一つでエンジンが爆発的に早く……?」
クイントンは素知らぬ顔をしているヘンリーの方を振り返った。
「ヘンリー、君まさかアレを使ったのか?慣らし運転も終わってないのに使わないでって言っただろ!」
「そんなに怒るなよクイントン。何事も使ってみなけりゃわからないじゃないか。ものすごい加速だったぞ!おまえの研究の役に立つように、またレポートを書いて渡すから、な」
「今度こそは壊さないでくれよ、頼むよ。それと、これ。頼まれてたもの」
クイントンはポケットからシルバーのケースを取り出すと、ヘンリーに手渡した。
「取り急ぎ、君のいつも使用している銃に合う口径で二装填分、十二発は用意したから」
「おお!さすがわが親友!やってくれると信じてたよ!」
ギュー!ヘンリーの熱烈なハグに、ちょっと頬を赤らめるクイントンであった。
「い、いや、まだ使えるかどうかはわからないよ?試射もしてないし。とりあえず昔からのカトリックの悪魔祓いや何やら参考にしただけだからね」
「いいんだいいんだ、後はこっちで何とかするから。お礼と言っちゃあ何だが、食ってくれよ」
ヘンリーは袋の中から新聞紙に包まれたものを無造作に取り出すと、クイントンとアーサーに放り投げた。
「何ですか、これ?」
「下町の名物料理、フィッシュ&チップスさ。食べてみなよ、うまいぜ」
それは大きな白身魚を揚げたものとカットしたジャガイモを揚げた料理で、酸っぱいソースがかかっていた。
テムズ河岸に止めた車にもたれ、三人はいっせいにかぶりついた。
「あふ、あふ!美味しいですね、これ!」
「うん、美味しいな。ヘンリー、これ西岸の屋台のやつだろ?」
「ああ。店によってはまあーけっこうな当たり外れがあるんだが、ここのはいつも最高だな」
ヘンリーは油まみれの指を行儀悪く舐めながらにっこりと笑う。
「こんな料理、ママは作ってくれたことはなかったなあ」
ヘンリーは吹き出した。
「そりゃそうだよ!これは俺たち庶民の食べ物だ。貴族様の食卓に上る事はまずないからなあ」
クイントンがアーサーに尋ねる。
「日本にはこんな料理はないのかい?アーサー君」
アーサーは一瞬考え込んで、話し出した。
「同じ様に魚やエビ、野菜なんかを揚げた“天ぷら”っていうのがありますよ」
「そりゃいいな。日本人は肉より魚をよく食べるんだろ?」
「そうですね、煮たり焼いたりして。でも一番のごちそうは“お刺身”ですね」
「サシミ?サシミって何だい?」
ヘンリーもクイントンも、想像もつかずに怪訝な顔で聞いている。
「生の魚をスライスして食べるんです。美味しいですよ!」
「なんてこった、魚を生で?うへえ、ちょっと想像できないな」
ヘンリーは一瞬しかめっ面をした後、ふっと微笑んだ。
「まあでも、君の故郷の料理ならきっとうまいんだろうな」
クイントンは、ヘンリーが少年に見せる、いつもと違った一面に内心驚いていた。
「ぼくの故郷は、目の前が海だから、美味しい魚が食べられるんです。ママの作る魚料理は最高ですよ。
ヘンリーさん、この件が済んだら日本に来てください。クイントンさんもぜひ!」
「そうだね、そうなるといいな、本当に。そのためにも早く解決しないとな」
ヘンリーはそういうと運転席に乗り込み、クイントンをじっと見つめた。
「クイントン、本当に助かったよ。ありがとうな」
「何だよ、いつもの君らしくない。それよりいい加減、ボスに謝って謹慎を解いてもらったほうがいいぞ」
「ま、そのうちな。じゃあな!」
颯爽と走り去る車の助手席からこちらを見ながら、何度も何度も手を振るアーサーの姿を見て、クイントンはトライアンフの修理を急ぐことを決めていた。
「さて、アーサー君。ここからはちょっと僕の用事に付き合ってくれるかい?」
「いいですけど、どこへ行くんですか?」
「ん?まあ、君が今まで見たのがロンドンの光だとしたら、影の部分かな」




