いざロンドンへ!part2
「アーサー君、もうすぐロンドン市内だ。大丈夫かい?」
「だ、大丈夫じゃないでふううう」
アーサーは目をつむり、ぐったりとシートに持たれたまま小さな声で返事をした。
「ごめんごめん、トライアンフに乗せてあげようと思ってたんだけど、ダメになったからこれなら喜んでもらえると思ったんだけどなあ」
「……確かにスゴくかっこいいけど、こんなに揺れるとは思わなかったです」
ぼんやりとイギリスに到着した日のことを思い出していた。ひどい船酔いの後は列車酔い、馬車酔いで、ウォルズリーの城に到着した時点でもうフラフラだった。
それに比べたら随分とマシだけど、何だかイギリスに来てからというもの、乗り物でロクな目にあっていない気がする。
「お、見えて来たぞ。アーサー君、ほら目を上げてごらん」
ヘンリーが弾んだ声でアーサーの肩を揺さぶる。あんまり揺さぶられるとまだなんか出そうな辛い気持ちで恐る恐る目を開けた瞬間、アーサーは思わず大声をあげていた。
「うわあああ!」
郊外からロンドン市内に入ると風景は一変し、広い道路にはたくさんの車が行き交い、石造りの巨大な建物が整然と立ち並んでいる。
街中を流れる大きな川ーテムズ河ーには立派な橋がかかり、河畔にはゴシック調のひときわ豪華な建物と壮麗な時計塔がそびえ立っている。
「すごい、すごい!大きな建物ばっかりだ!」
車から身を乗り出し、夢中になっているアーサーを見てヘンリーは苦笑しながら声をかけた。
「おいおい、危ないって。あんまり身を乗り出すと落っこちてしまうぞ!」
「あ、ごめんなさい!パパに見せてもらった写真のままだから、びっくりしちゃって!」
「ははは、そりゃあそうだよ。君のパパの留学時代って、せいぜい十何年か前だろう?十年やそこらじゃあこの街は変わらない。ほら、あそこに時計塔のある建物が見えるだろ」
「はい、あの時計塔ってビッグベンで、あの建物って議会の議事堂ですよね?」
「元々はウエストミンスターって宮殿だったんだけどね。あれなんて一回焼けて立て直してるからこの街じゃあ新参者だけど、それでも百年以上は経っているからね。この街じゃあ百年、二百年の建物なんて当たり前のようにゴロゴロしてるよ」
「そうなんですか、ロンドンって、やっぱりすごいや!」
「まあ、世界に名だたる大英帝国様だからねえ。世界中を食い物にし、富を吸い上げて繁栄してきたって訳だ」
ヘンリーが皮肉っぽく語るのを聞いて、アーサーは不思議な感覚を覚えてたずねた。
「ヘンリーさんは、自分の国が豊かなのはうれしくないんですか?」
そのあまりにストレートな質問に、ヘンリーは一瞬言葉を詰まらせた。
「……そうだね。豊かになっても、そのほとんどは国王や貴族みたいな一部の上流階級に流れて、僕たち一般庶民には関係ないからなあ。あ、これは君ん家への嫌味じゃないよ?
というか……どこか自分の知らない世界の人間の犠牲の上での豊かさなんて、僕には理解できないな」
「そうか、そういう考え方もあるんですね。そうなんだ」
「まあ、こんな話は置いといて、ロンドン市内観光に出かけようか!街中はゆっくり走るから大丈夫だよ」
それからヘンリーのエスコートで、ロンドン塔やバッキンガム宮殿、トラファルガー広場など、いわゆる歴史的な観光名所を巡ったアーサーは、自分の故郷の町とのあまりの違いに改めて大英帝国の首都・ロンドンの凄さを思い知らされた。
歴史の舞台となった名所はもちろん、街の隅々まで発展していて、本当に世界の中心なのがよくわかる。
「悪い、ここでちょっと待っててくれるかい?」
運河沿いに車を止め、ヘンリーが一人でどこかへ出かけていった。
ど派手な真っ赤な車に子供がひとりで乗っているのはさすがに人目をひく様で、行き交う人々がジロジロと視線を投げかけてくる。
いや、それはイギリス人でもなく、アジア人でもない、どこの国の人間とも判断がつかない自分の風貌が注意を引いているのかもしれない。
そう思うとアーサーはなんだか恥ずかしくなり、通行人の視線から逃れる様に顔を背け、ぼんやりと生れ育った故郷・尾道を思い出していた。
おだやかな海、低く連なった家並み、山あいにひっそりとある古いお寺、ゆっくりと過ぎてゆく時間。
故郷を離れて、もう二ヶ月以上になる。
いろいろ嫌なこともあるけれど、それでもやっぱりあの町に帰りたい。
パパ、ママ、華子。みんなに会いたい。
アーサーは小さく鼻をすすった。




