ルーパスの悲劇 part1
「さあ、こちらへ」
女はルーパスを、お客の相手をするための部屋のある二階へと案内した。
娼館とはいえ、高級客用ということもあり、室内は豪華なインテリアで飾り立てられている。
部屋に入り後ろ手で鍵を閉めると、ルーパスは女を強引に抱きしめようとする。
「ふふ……慌てないで」
女はルーパスの胸にそっと両手を当てて、逃れようとする。
「待て待て、逃さぬぞ!」
だらしなく笑いを浮かべながら女を捕まえようとするが、狭い室内の中、ひらりひらりと身をかわされてしまう。
「ふふ……ふふふ……」
妖しげな微笑みさえ、魅力的に見え、ルーパスは必死で追いかける。
やがて女の腕を掴むと、抱きあげてベッドの上にふわりと投げ出した。
「わしはな、自分の、欲しいものは、どんな、どんな事をしても、手に入れると、決めておるのだ」
女に覆いかぶさり、乱れた呼吸を整えながら精いっぱいの威厳を込めた口調で話すと、女が急に笑い出した。
「何だ、なにがおかしい?」
訝しげにたずねるルーパスの言葉を無視して、女は話し出した。
「あなたの様な人がそんなことをおっしゃるから、おかしくて、おかしくて。ふふふふ」
「何だと?」
「やはりあなたは、ヴェネチアでお見かけした時に思った通りの方」
「何?おまえ、おまえもあそこにいたのか?」
ルーパスの心に、小さなさざ波が立ちはじめた。
「ふふ、ふふふ。ふふふふ。ふふふふふ」
「……やめろ、笑うなと言っておるのがわからんのか」
ルーパスの声に、挑発的な女の態度への怒りが込められてくる。
女は下からじっとルーパスの目を見つめ、髪にその手を絡ませながら話しかける。
「自分が何も持っていないことを他人に悟られまいと、不安で仕方ないのに必死で虚勢を張っている哀れなお方。ふふ、ふふふ」
女はさらに右手を首へ、左手を背中へ回して下から強く抱きしめ、耳元へ唇を寄せるとそっと囁いてきた。
くすくすくす……。
『ルーパス兄様、そんなことではとてもではないですが貴族と呼べませんよ?』
くすくすくす……。
『こんな簡単なこともできないんですか?兄様は、何をやってもダメですねえ』
くすくすくす……。
『ルーパス、あなたにはウォルズリー家の人間としてのプライドがないのですか!』
くすくすくす……。
『ルーパスよ。おまえにはもうなにも期待はせぬ。一族の邪魔だけはするな』
くすくすくす……。
『ルーパス坊ちゃんだけがご当主さまの悩みのタネだな』
くすくすくす……。
どこかで聞いた様な声…長年聞かされ続けてきた、兄弟や父母、使用人たちの声が聞こえてくる。
「な、何だこれは!貴様、やめんか!」
ルーパスの顔色が変わり、女を突き放そうとするのだが、凄まじい強さで引き離すことができない。
「ふふふふふふ、一族のお荷物と呼ばれ、邪魔者扱いされて泣きじゃくっていたあなたが凄んだところで、滑稽なだけじゃございません?ふふふふふふ」
「な…なんだと、貴様!」
図星を突かれた怒りと恥ずかしさで、ルーパスの顔が真っ赤になってゆく。
再度、女の体を剥がそうとするが人間離れした力でビクともしない。
『あのおっさん、自分のことを庶民とも付き合う懐深い人間だと思ってるんだぜ!』
『惨めなもんだ!まともな連中は誰も相手にしないから、俺たちが遊んでやってるのによ!』
『貴族社会じゃあ引け目を感じて、小さくなっている哀れな野郎だぜ!』
女の口から、今度は階下にいるお伴たちの、自分を馬鹿にした会話までが聞こえてくた。
「き、きさま!わしを、わしをバカにしおって!」
ルーパスは怒りに体を震わせた。
それに合わせて心のさざ波が少しずつ大きくなり、広がり、体全体の隅々までどす黒く満たされていく。
「ふふ……そう、その調子よ。惨めで哀れな自分の心の叫びに耳を傾けてご覧なさいな」
「や、やめろと、言っておるのだ!」
ルーパスは馬乗りになり、細い首に両手をかけると、怒りを込めて強く締め上げた。
だが、女は嘲笑うことをやめない。
「ふふふふふふふふふふふふふふふふ、あはははははははははははははははは。」
「やめろ、やめろ、やめろおおおおお!」
首を絞められながらも女は笑い続けていたが、やがて目を閉じると、全身の力が抜け、こと切れてしまった。
「し、しまった。こんな、こんなつもりではー」
ルーパスが我に帰り狼狽していると、突然、生き絶えたはずの女の両目がカッと大きく開いた。
ただし、両の目は塗りつぶされた様に真っ黒で、笑った口元からじわりじわりと黒い何かが這い出してきている。
「な、何だこれは!」
女の体の周りからも黒い影のようなものが伸びてきて、馬乗りになっているルーパスの体をじわじわと包み込む。
ルーパスは想像を絶するほどの奇怪な現象に恐怖し、助けを呼ぼうとしたが、口の中、そして目や鼻からも黒い何かが入り込んできて、固まった様に動けなくなってゆく。
「〜!!!!」
女は声にならない悲鳴を上げ続けるルーパスに馬乗りになると、真っ黒な目で見下ろしながら囁いた。
「さあ、ルーパス。あなたの闇をじっくりと見せてちょうだい」




