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泣き虫魔法少年アーサーと白猫ノーラの奇妙で憂鬱な冒険  作者: ヨシオカセイジュ


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ルーパスの悲劇 part2

ウォルズリー家の広大な領地内にある丘陵地を、ほとんど白馬に見える芦毛と、艶のある黒鹿毛の二頭の馬が進んでいるのが見える。

少し先をゆく芦毛には、いかにも乗馬慣れしてリラックスした金髪の少年が乗り、

黒鹿毛の馬には、黒髪でもう少し年長に見える長身の少年が、馬の背にしがみつくように乗っている。


『ま、待ってくれ、ぼ、ぼくは、う、馬は苦手なんだよ、エドワード』

黒髪の少年が、金髪の少年の後を必死で付いていきながら叫ぶ。

『ルーパス兄様、遅いですよ、さあ、早く早く!』

エドワードと呼ばれた少年は、からかう様に声をかける。


『兄様、乗馬の一つもこなせないようでは貴族として笑われてしまいますよ!特別にぼくが教えてあげますから。そんなに怯えているから馬に舐められてしまうんですよ。ほら!』


ピシッ!エドワードが突然、ルーパスの馬の尻に鞭を入れると、馬は火がついたように走り出す。


『あ、ああ〜、止めて、止めてくれえ!』


なんとか馬にしがみつくルーパスの滑稽な姿に、並走するエドワードは笑いをこらえきれない。

ルーパスが手綱を握りしめて必死で落ちないようにしていると、目の前に小川が見えてきた。

『ほうら兄様、小川がありますよ!タイミングよく飛ばないと!行きますよ!』

『え、ええ、ま、待ってくれ!!』

『1、2の、3!』


タイミングよく踏み切ったエドワードの馬は、まるで名画のような美しさで見事に小川を飛び越して着地したが、

躊躇したルーパスの馬は、小川の手前で急ブレーキをかけて踏みとどまり、その反動でルーパスは頭から小川に落とされてしまった。

『うわああああ!お、溺れる、助けて!』

ほうほうの体で川岸にたどり着くと、四つん這いのまま川の水を吐きだした。

すっかりずぶ濡れになってしまったルーパスの姿を見て、エドワードは涙を流しながら笑うと、再び小川を飛び越して反対側に戻った。


『じゃあルーパス兄様、ぼくは先に戻りますので、ごゆっくり練習してください!』

エドワードは鮮やかに馬を乗りこなし帰って行き、肝心のルーパスの馬もその後をついて走り去ってしまった。

『あ、ああ、ま、待って!』

ルーパスは四つん這いの姿勢のまま叫んだが、戻ってくるそぶりはなかった。


エドワードに去られ、自分の馬もいなくなってしまい、ルーパスは途方に暮れていた。

城までは歩いて帰ると1時間近くはかかるし、丘を渡る風がびしょ濡れの体を冷えつかせる。

しかも、もう直ぐお茶の時間だと言うのに、こんなにびしょ濡れで城へ帰ったら間違いなく母親に叱られるだろう。

『何で、何でぼくがこんな目にあわなきゃあいけないんだ』

半泣き状態でとぼとぼと歩いていると、突然、何かが割れるような音がして、目の前にすぐ下の弟のリチャードが出現した。

『うわああ!』

驚いたルーパスは、腰が抜けたように座り込んでしまった。


『ああ、これはルーパス兄様。驚かせてすいません。“姿くらましの術”の練習をしていたもので』

リチャードはハワードの無様な姿を見て、クスクス笑いながら話しかけてきた。

空間移動を行う“姿くらましの術”は、普通は18歳以上でないと使用を禁止されているほどの高度な魔法であったが、長兄ハワードには及ばないものの高い魔力を持つリチャードは、一族の長老たちから特別に許可されていた。


『ルーパス兄様、大丈夫ですか?それにしても酷い有様だなあ』

『エ、エドワードのやつが乗馬をしようって、つ、連れ出して、こんな目に』

『そうなんですか?エドワードのやつ、ひどいなあ。立てますか?ほら、手を貸しますよ』

『あ、ああ、ご、ごめん、リチャード』

差し伸べられた手をつかもうとすると、突然、その手が何十匹ものヘビに変わりルーパスの手に巻きついて来た。

『ぎゃあああああああ!』

驚いてひっくり返る様を見て、リチャードは腹を抱えて笑う。

『こんなことで驚いてどうするんですか!初歩の初歩の魔法じゃないですか』


リチャードはニヤッと悪戯っ子のように笑うと、腰が抜けたように四つん這いで這いずるルーパスの背中に向けて、指先から小さな火球をいくつも飛ばす。


『あ、あ、熱い、熱い、や、やめて!』

這いつくばって逃げるルーパスを見て、涙を流しながら笑っている。

『これで少しは服も乾くでしょう?じゃあ、そろそろお茶の時間だと思うので、ぼくもこの辺で帰ります』

『あ、リ、リチャード、ぼくも一緒に連れて帰ってくれないか』


“姿くらましの術”は、術者が手を握っていれば、他の人間も一緒に移動することができるのだが、リチャードは残念そうに首を振った。

『そうしてあげたいのは山々なんですが、ぼくもまだまだ未熟なもので、自分一人が精一杯なんですよ。

万が一失敗して、兄様を次元の狭間にでも落としてしまったら大変ですからね』

『そ、そんな。意地悪言わないでくれよ』

『ちょうどいい機会だし、兄様も練習すればいいじゃないですか。それじゃあ、お先に!』


乾いた破裂音とともに、リチャードの姿はあっという間に見えなくなってしまった。


しばらく呆然としていたルーパスだが、己のあまりの惨めさに地面に突っ伏して草むらに顔をうずめると、声をあげて泣き出してしまった。

『う、うう、ううう〜!ううううう〜!』


ふと顔を上げると、目の前の草に小さな甲虫コガネムシが掴まっているのが見える。

そのちっぽけな姿がまるで自分自身のように見えて、カッとなったルーパスは草ごとつかむと、

虫を握りつぶそうとしたが、どうしてもできなかった。

震える手を開くと、虫は硬い外側の翅を開くと、内側の透き通った翅を広げて静かに震わせたと思うと、手の中から抜けるような青空へと軽やかに飛び立っていった。


『お、おお……』

ルーパスは虫が描いたその美しい軌跡にしばらくの間見惚れ、殺さなかったことにホッとしていた。

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